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第十五話 不可逆 中編


空気が変わった。合意へ向かいかけていた場、理が整い方向が定まり始めていたその瞬間、低い振動が床を伝う。

遠い。だが確実に近づいている。

次の瞬間、轟音。神殿の外壁のどこかが砕けた。

誰も驚かない。全員が即座に立ち上がる。


「……来たか」


セルケトが短く言う。バビはすでに窓際へ移動し外を見ている。その視線がわずかに強張る。


「……おいおい、どこにこれだけの戦力を隠し持っていたんだ……」


驚愕というより、理解の拒絶に近い声。

クロアの視界に外部情報が流れ込む。整列、統制、そして異様な密度。


(……創世教勢力、多数。規模、都市正規軍相当)


あり得ない。だが現実だ。


「狂信者……それに直轄精鋭部隊」


イシスが低く呟く。


「本気で来たにゃ」


ネフティスの声は軽い。だがその目は完全に戦場を捉えている。

コンスが静かに口を開く。


「指揮官がいるはずです。この規模を無秩序に動かすことはない」


クロアの演算が即座に対象を探す。そして。


(……特異点、検出)


前線中央に鎮座する。異様な安定。


「……ベルワルド」


コンスが名を告げる。


「率いる者」


視界が収束する。そこにいるのは人型だが、形状が歪んでいる。

腕部が裂け内側から刃が現れ、脚部が変形し筋肉が膨張する。

異様な跳躍姿勢をとりつつ、動かない。周囲が動く中、彼だけが中心に留まる。


「広域指揮魔術の使い手です。兵士たちの精神状態を制御する」

「恐怖を消し、勇気を供給する術式です」


ネフティスが眉をひそめる。


「にゃにそれ、ズルくにゃい?」


「ええ、非常に」


イシスが即答する。


「しかも理性は残る」


セルケトが低く付け加える。


「つまり――」


ゲブが引き継ぐ。


「“壊れない兵”だ」


その時、前線が動いた。突撃ではない。

設計された前進とでも言うのだろうか。隊列は崩れず速度は落ちず、損耗しても流れは止まらない。


(……統制、異常)


クロアの演算が警告を強める。

そして、もう一つの影が動いた。前線の一角。

質量兵器――それだけで説明できる存在。


「……ブレバーフォ」


コンスの声がわずかに低くなる。


「破砕する者」


次の瞬間、突撃が始まる。一直線に迅速で、回避は困難。

建造物が砕け壁が吹き飛び、防衛線が意味を失う。

止まらない。ただ猛進する。そしてその進路上にあるものはすべて破壊される。


「攻城戦特化……か」


バビが低く呟く。


「最悪だな」


事実だった。イデアの防衛構造が無意味化されていく。都市が再び揺らぐ。

ネフティスが楽しげに笑う。


「にゃはは、さっきまで仲良くお話してたのににゃ〜」


誰も応じない。もう神殿は会議の場ではない。戦場だ。

セルケトが即座に指示を出す。


「防衛線を再構築、各種族即時展開」


短いが十分だった。全員が即座に動く。

ゲブが大剣を担ぎ、ネフティスが窓から飛び出し、バビはすでに射線を取っている。

コンスは全体を見渡す。クロアとラテア。まずその二人に視線が向いた。


「……協働の最初の試練です。乗り越えられますか?」


問いかけ。だが試すような色は薄い。

クロアは既に動いている。


(……戦闘再開)


ラテアが剣を抜く。その動きに迷いはない。

つい先ほどまで敵だった者たちと、今、同じ方向へ走り出す。


イデアは再び戦場となった。



空が裂けたように見えた。

ベルワルドが変じている。腕が裂けて刃が伸び、脚が軋み異様な関節で地を掴み、眼が増える。左右に三つずつ、合計六。

視線は拡散しながら同時に収束する。さらに背後から尾が生え、細長くしなり、その表面には無数の棘。

人の形を保ちながら、明らかに人ではない領域へ踏み込んでいた。


「――来い」


声は落ち着いている。理性はあるのだろう。だが内側で燃えているのは獣じみた原初の戦意。

それに応じるようにゲブが一歩前へ出て、大剣を構える。呼吸は静かだが深い。

湖底で火が燃えているような、静かな激しさ。


「……相手に不足なし」


次の瞬間、激突が始まった。軍と軍がぶつかり、一瞬音が消え、次いで爆発する。


一頭のオークに無数の槍が突き立つ。それでも倒れない。腕を振るい敵ごと薙ぎ払う。

拝兵の頭部が大剣の重撃で真っ二つに割れ、血が飛ぶ。それでも後続は止まらない。

狂信者たちは崩れず、理性を保ったまま最適に動く。オークたちは怯まず、狂戦の中でなお技を保つ。

衝突、破壊、押し合い。前線は地獄だった。


その中心でベルワルドの尾がしなる。鞭のように振るわれたそれが三体のオークをまとめて穿ち引き裂く。

だがそこへゲブが踏み込む。大剣が振り下ろされ、ベルワルドが受ける。

衝撃が空気を震わせる。互いに半歩も退かない、正面からのぶつかり合い。


その隣で別の戦いが始まっていた。城壁を背にした平原を一直線に迫る影――ブレバーフォ。

その速度は既に人の域を超えている。重く、速く、そして止まらない。

進路上の瓦礫が弾け飛び、地面が抉れる。


(……進路予測、回避困難)


クロアの演算が即座に結論を出す。


(……ならば)


回避ではなく、敢えての迎撃。

クロアは真正面に立った。ラテアが何も言わずその背に乗る。

次の戦術を理解しているのだ。


(……履帯形態、移行)


ストラクチャーゲルが流れ四脚を覆い、接地面が広がり固定され、地に食い込む。

次の瞬間、ブレバーフォが迫る。そのまま衝突。

轟音が大地もろとも震撼させ、クロアの機体が後方へ押し込まれる。だが辛うじて食い止めている。


(……出力維持、損耗許容範囲内)


ブレバーフォの突撃は終わらない。それでも押す、さらに押す。

だがクロアは退かない。


(……ここで止める)


その理由は一つだ。


(……破城突撃の威力、発揮させない)


城壁、都市、背後のすべて。ここで破城槌を止めなければ無残に壊れ去る。

クロアの内部で別の演算が走る。


(……次段階、準備完了)


この戦術タイプ、この構造、この挙動。既に分析は終わっている。


(……撃破手順、確立)


ラテアが静かに言う。


「やるのね」


クロアは答えない。ラテアにはその必要がないからだ。

次の瞬間、履帯がわずかに緩む。均衡が崩れ、ブレバーフォがさらに踏み込む。

その一瞬を狙い澄ます。


(……ここだ)


クロアが動く。単純な受けから巧みな侵入へ。正面からではなく側面から内部へ。

腹案が起動する。隙のない戦場の中で、たった一つの弱点を狙って。



ブレバーフォが退いた――ではなく、溜めている。

半円を描く軌道で地を削りながら旋回し、その間に圧が蓄積される。速度が、重さが、破壊が。

次の瞬間、爆発的な加速が生み出され、一直線にクロアへ迫る。


(……再突撃、出力は前回以上)


クロアは下手に動かない。冷徹にじっと待つ。


(……許容)


踏み込むのではなく――跳ぶ。四脚が収束し地面を蹴る。

垂直跳躍。巨体が空を裂き、ブレバーフォの突進軌道を越える。その瞬間。


(……生成)


ストラクチャーゲルが腕部に集束し、流動し固着し形を成す。

二連装の重ショットガン。空中で交差し、クロアが破城槌の巨体に覆い被さる。

ゼロ距離。引き金が引かれる機構音。


ドゴゴォンッ――爆音が空間を叩き割る。

散弾、無数の鉛塊が楔のように撃ち込まれ、装甲を砕き内部構造を抉り、衝撃を叩き込む。

ブレバーフォの巨体が沈み、突撃が止まる。今度は完全に。


(……停止確認、構造崩壊進行)


クロアが着地する。重く、確実に。


「決まったわね」


ラテアの短い声。だがクロアの演算は止まらない。


(……違和感)


一瞬、音が消える。次の瞬間、破裂した。

ブレバーフォの全身が弾け、肉片と装甲片と骨格が四散する。

だがそれらは止まらない。空中で軌道を変え、集まり、再構成する。


(……自己再構成、損傷修復進行中)


クロアの演算が即座に危険域へ跳ね上がる。


(……未知構造、従来手順無効)


やがて形が完全に戻る。そこに立つのはブレバーフォであり、損傷はほぼ消えている。

その姿がわずかに歪む。


「……いい一撃だ」


低く、楽しげな声。


「だが――足りん」


一歩踏み出す。空気が再び張り詰める。


「第二ラウンドと行こうか、鋼の使徒よ」


構えは先ほどより軽く、より鋭い。

クロアの碧い単眼が収束する。


(……戦術再構築、撃破条件未達)


ラテアがわずかに重心を変える。


「どうする?」


問い。クロアはまだ答えない。既に次の戦術を演算している。

再生、再構成、無効化。ならば。


(……破壊では足りない)


別の解が導き出される。戦場の中で、たった一つの正解が。



再生、再構成、無効化。無尽蔵の戦闘継続能力を意味する破格の特性。

ブレバーフォは壊しても戻り、削っても繋がる。


(……破壊では足りない)


クロアの演算が結論を更新する。


(……再生速度を上回る必要あり)


瞬間火力ではない。一撃でもない。持続火力。


「……妙案が浮かんだようね」


ラテアがクロアの変化を鋭敏に感じ取るが、クロアは答えず、いつも通りの真剣さで次の段階へ移行していた。


(……生成開始)


ストラクチャーゲルが腕部へ流れ、集束し圧縮され、展開する。

骨格が組み上がり、機構が接続される。六つの砲身。長く、重い、大型ロングバレルガトリング砲。

ブレバーフォがわずかに身を低くする。


「……ほう」


微かな興味の色。だが恐れではない。再び踏み込んでくる。

クロアは不動を貫く。


(……照準固定、出力解放)


次の瞬間、機構が高速で回転していき、唸り、そして暴威が解放される。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ――弾幕。途切れない。切れ目がない。

鉛弾の群れが瞬く間に空間を席巻していく。


ブレバーフォの全身が穿たれ、砕かれ、削られる。

だが再生する。破片が戻り、構造が繋がる。

しかし間に合わない。再生が追いつかない。


(……相殺成功)


クロアの演算が確信へと変わる。

弾幕は止まらない。砲身が赤熱し、金属が悲鳴を上げる。それでも止めない。


(……出力維持、臨界に近似)


「……クロア、出し惜しむな。絶対にやり切れ」


ラテアが目を細め、眼前で猛然と弾幕に抗う狂信者を睨む。

弾幕はなお続く。ブレバーフォの形が崩れ、戻り、再び崩れ、また戻る。

その循環が次第に遅くなる。やがて崩壊が再生を上回る。


「……っ」


初めて声が漏れる。ブレバーフォが遂に身体を維持できなくなったのだ。

砕け、再生しようとするが、次の瞬間にはさらに削られる。もう繋がらない。戻れない。

そして最後に残った核のような塊が、粉砕される。


沈黙。

それを確認して初めて弾幕が止まる。砲身は焼け付くように赤く、煙が立ち上っている。


(……撃破確認)


クロアの演算が静かに結論を出す。そこにはもう何もない。

ブレバーフォは跡形もなく消滅していた。

ラテアが小さく息を吐く。


「……終わったわね」


クロアは応じない。代わりに記録する。


(……戦術更新)


持続火力、飽和攻撃、再生阻害。

この一連の手順が記憶に組み込まれる。


(……対多数、有効。対再生個体、有効)


新たな解。それはすでに次の戦いへ向けられている。

クロアはガトリング砲を解除する。戦場はまだ終結していない。

だが一つの脅威は、確実に消えた。




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