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第165話 初恋

 学園に通っても、正直気の合う人なんていなかった。

 同じクラスには僕が年下だから、女物を身に着けているからと馬鹿にしてくる男子生徒。それを遠巻きで見つつ、アレクサンド殿下の側近候補に収まった僕を自身の結婚相手にしようと見定める女子生徒達。

 同級生になった第二王子の婚約者マルグリータ・ヴァイゲル嬢は、僕を普通に扱ってくれた。でも、人見知りがあるのかそこまで親しくはなれない。

 だから、ロミーナ嬢に依存してしまったのは必然かもしれない。すでに婚約者がいる身だからなのか、年下だからと弟のように接してくれるからか、彼女の隣は居心地が良かった。




「なんだよ、これ」


「女物だろ? こんな物付けて、なよなよして、お前本当に男かよ?」


 毎回休憩時間になると、逃げるようにいなくなる僕に苛立ったのか。ある日、男子生徒はそう言って僕に詰め寄って来ていた。相手にしたってしょうがないと黙ってはいるが、内心腹立たしくてしょうがなかった。

 反抗も反論も無意味だ。どうせ状況が悪化するだけ。それに、対人経験の少ない僕にはどう言ったらこの状況がおさまるのかもよく分からない。

 そうして教室のドア付近の壁に押しやられて詰め寄られていた時、すぐ隣のドアがノックされた。首を傾げながら、僕を取り囲んでいた男子生徒の内の一人がドアを開けると、そこにはロミーナ嬢が立っていた。


「ありがとうございまス」


 丁寧に男子生徒に礼をしながら教室に入ってきた彼女は、すぐ傍で男子生徒に囲まれている僕を見つけた。僕は彼女にこんな状況を見られた恥ずかしさで、一気に顔が熱くなる。

 目を丸くして驚いているロミーナ嬢に、皆は慌てふためいていた。


 アレクサンド殿下の側近候補の1人、ステファン・サンスリード公爵令息の婚約者であり三学年。そんな上級生であることは、さすがに入学して三か月も経てば皆が理解していた。

 気まずい雰囲気だが、気を取り直したのか、ロミーナ嬢はにっこりと微笑んだ。そのまま、僕らの方に近付いてくる。


「何をしているんですカ?」


「あ、いや……」


「ほら、こいつ女物の飾りなんて付けてて。元から小さくて女みたいなのに、見苦しいからやめろって年上の俺らからアドバイスしてやってたんですよ」


「なるほド。そうなんですネ」


 男子生徒の一人が苦笑いしながら誤魔化す。ロミーナ嬢は変わらず綺麗な笑顔を向けていた。


「セドリック様、その髪飾りを付けるなト、ご家族から言われたことはありますカ?」


「いえ……別に……」


「いつも大事に付けているんでス。大事な方から頂いた物なんでしょウ?」


 これをくれたのは父だ。元は母の物だったが。父が大事かと言われると首を傾げたくなるが、僕の生活を支えるキーマンであることに変わりはない。

 気まずそうにしながら頷いてみると、彼女は笑みを深くした。


「ご家族も何も言わないのなラ、それくらい思い入れがある大切な物ということでス。外野である貴方達ガ、口を挟む心配はないと思いますヨ」


 上級生からはっきり言われた言葉に、他の男子生徒は何も言えない。


「それでも何か問題があると言うなラ、私にどうゾ」


 そう言いながら、ロミーナ嬢は男子生徒達に囲まれていた僕の腕を掴んで引っ張り出した。




『これでお相子ですね』




 一瞬、耳元で囁かれたライ語にびっくりする。彼女の顔を仰ぎ見ると、チラッと舌を出して笑っていた。そんな彼女の表情に、胸が高鳴る。

 戸惑う周囲をよそに、彼女は僕の手を離すと周囲を見渡した。マルグリータ嬢と目が合うと、彼女を呼び出す。


「これ、淑女クラスの先生かラ。皆さんに配布しておいて下さいト」


 高位貴族だと、特に先生と近しくなり用事を頼まれることもある。それだけあなたに信頼を寄せていますよ、という合図だ。見るとロミーナ嬢は紙の束を持っていた。

 教室の後ろの方からやって来たマルグリータ嬢が、紙の束を受け取る。彼女に雑用をさせられないと、慌てて周囲の女子生徒達が自主的に書類を配布し始めた。その様子を見て、ロミーナ嬢はぺこりとお辞儀をして教室を出ていこうとする。


『先輩!』


 そんな彼女を、思わず僕は呼び止めた。


『ありがとうございます』


 僕の言葉に、彼女は振り向きながら笑みを返してくれた。


 きっと、これが決定打だった。

 これが初恋だと知ったのは、もう少し後のことだ。




 婚約者がいることは分かっているし、年だって離れている。仲良くなって、彼女の中の良い後輩に落ち着く程度のことしか、僕にはできなかった。それでも彼女のためになりたかったし、彼女の傍にいたかった。

 そうして動いていると、ロミーナ嬢の婚約解消の話を耳にした。その話に、すぐに僕は飛びつく。だって、一生見ていることしかできないと思った彼女を、手に入れることができるかもしれないんだから。


「仲の良い人のことを知りたいのは分かりますが、やっていいことと悪いことがあります」


 僕の暴走に、あまりに距離感が近すぎるとリリアンナ嬢から注意をされてしまった。対人経験に乏しい僕には、距離感なんて分からない。仲良くなりたかったら近付いて、そうでもなければ話しかけもしない。選択肢はその二つしか無くて、どう動いていいか分からなかった。

 それを親切なリリアンナ嬢に教えられ、関係を再構築した。彼女のために何でも勉強したし、練習もした。準備だって万全だった。


『僕と婚約してくれますか?』


 僕の言葉に、頬を染めるロミーナ。

 僕が差し出した手を、温かくて柔らかな手が包んでくれるロミーナ。




『はい。喜んで』




 そう返事をしてくれた彼女の笑顔を、僕はきっと一生忘れない。


 父には頭を下げて結婚したい人がいると頼み込んだし、彼女のために指輪だって作った。

 それを彼女は笑顔で受け取ってくれたのだ。

 全てが順調で、後は彼女が正式に婚約解消して、両親から僕との婚約を認めてもらうだけ。


 それだけ、だったのに。




【急な連絡申し訳ありません。ロミーナ・アマトリアン嬢は、貴方との婚約ができなくなりました。詳しくはアレクサンド殿下に聞いて下さい】


 突然リリアンナ嬢から送られた手紙に、浮かれていた僕の心は一気に冷たくなった。

 何故? と聞きたかったが、その相手はここにはいない。


 ロミーナと結婚ができない。

 それなら、僕はどうすればいい?

 彼女以外の相手なんて考えられない。

 考えてない。


 跡取りには兄がいる。

 三男の僕なら、一生独身でも構わない。


 ロミーナ以外、僕はいらなかった。

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