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第163話 セドリックの過去

 もうずっと、人と関わることを諦めていた。

 誰とも深く関われはしない。

 僕の人生とは、ずっとそういうものだった。




 カンナバーロ伯爵家の三男に生まれた僕には、生まれつき途方もない魔力があった。最初は、将来有望な王宮魔導士になるかもしれないと盛り上がっていたらしい。しかし、現実はそう上手くはいかなかった。


「あら? 何でこんなところに赤ちゃんが……」


 最初は、そんなメイドの言葉から始まった。

 途方もない魔力は僕の体を蝕み、気付けばそれは【隠密】という性質に変化していた。存在感が薄くなり、記憶に残らなくなる。それは、まだ何もできない赤ん坊にとっては死活問題だった。

 そんな僕の性質が判明した頃。母は僕をなんとか育てることを決意し、自分の手の甲にタトゥーを掘った。


【セドリック・カンナバーロ。私の息子】


 父が、兄達が、僕を忘れても。母だけはちゃんと僕を覚え続けらえるように。

 メイドですら僕の子育てという仕事を忘れてしまうから、母自ら僕を育ててくれた。本来ならば、貴族では乳母を雇うものだが、母はそうしなかった。

 貴族の女性がタトゥーを入れるなんて、常識では考えられない。そのため、社交界に出る時に母はタトゥーが見えないよう厚めの手袋をするしかなくなった。それが真夏であっても、手袋の似合わないドレスであっても。


「お母様、ごめんなさい」


 僕一人のためだけに、そんな苦労をさせてしまって。僕が普通の男の子だったら、母だってそんな苦労はしなかっただろうに。

 たびたび影で泣いている母に、僕はいつもそう声をかけた。それは、孤独な育児で疲れてしまったからなのか、貴族女性が体に傷を付けたことなのか、僕をこんな風に産んでしまった罪悪感からなのか。それは僕にも分からなかった。

 それでも、僕がそう声をかけるたび、母は決まって僕を抱きしめてくれていた。これ以上僕の言葉を、聞きたくないとでも言うように。


 そんな中、僕が4、5歳になった頃。もう僕は見よう見まねである程度魔法が使えるようになっていた。それでも、正式に訓練を受けたわけではないから、性質が消えることは無い。

 閉鎖的な空間。誰も僕のことを覚えていない家族や使用人。痛ましい母親。そんなものに、僕自身疲れていたのだろう。どこか遠くに行きたいと願った時、気付けば僕は屋敷の入り口の門の前に立っていた。


 それが、はじめて転移魔法を使った時だった。


 どうやらこの魔法は、一度行ったことがある場所へと移動できる魔法のようだ。気付いた僕は、まずは屋敷のあちこちに自由に移動した。そして、自分の性質を利用してこっそり屋敷の外へ移動すると、魔法を使ってちょっとずつ移動範囲を拡大していった。

 用事があって母が出かけるたびに、僕は出かける。性質を利用してこっそり乗合馬車に乗車したり、荷馬車の中に隠れたり。そうして移動していきながら、行きついたのがライハラ連合国だった。


『よう、坊主。一人で何してるんだ?』


『こんな年の子が一人? お母さんは?』


 ライハラ連合国は、リヒハイム王国よりも文明が発展していない。それでも、地域に根差した生活や住民達の明るい性格が、僕の鬱屈とした生活に明かりを灯してくれた。たまに住民と慣れないながらに会話をしてライ語を習得する頃には、僕は7歳になっていた。

 正式に魔法訓練を受け、僕の【隠密】という性質は鳴りをひそめていった。母をこっそりライハラ連合国に連れて行っても良いかもしれない。そんなことを考えていた矢先のことだった。


 母が亡くなったのだ。


 長年の心労のせいなのか、元々の持病のせいなのか。はたまた、気にかかっていた僕の性質が消えて気が抜けたからなのか。その理由は、僕にはよく分からなかった。

 頼りにしていた唯一の人物がいなくなり、僕は再び一人になった。

 もう性質はない。それでも、父や兄達からすれば、急に7歳の家族が生まれたようなものだ。幼少期を一緒に過ごしても、その記憶は他の家族には残っていない。そんな奇妙な僕を、彼らは受け入れることはできなかった。

 そんな中でも、父は不器用なりに親として接しようとしてくれた。悲しんでいる僕に、母の大事にしていた髪飾りをくれたのが、彼なりの精一杯の優しさなのだと気付いたのは数年後のこと。それまで僕は、ずっと家族からいらないもの扱いされているんだと思っていた。

 それは、別に誰も悪くない。ただのすれ違い。それでも家に居づらくて、僕は誰よりも早く独り立ちしようと熱心に勉強した。

 家庭教師に頼んで二年、三年先に学ぶべきことまで学びつくした頃。”飛び級で入学しないか”という話が、父の下へやって来たのだった。




 そんな話を断るわけがない。父はどこか寂しそうにしていたが、僕は構わずその話を受けた。

 そして、入学式のあの日。


『大丈夫? 泣いてるの?』


 ロミーナ・アマトリアン嬢と出会ったのだ。

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