第161話 希望
ソプレス王国の旧王都を馬車が走って行く。追手と思われる人々を見かけるが、彼らはこちらを振り向きもしない。護衛達は馬や別の馬車でバラバラに移動し、旧王都を出てあの村に戻ってくる頃には全員集合できていた。
「やった! 上手く撒けたわね」
喜ぶ私にシヴァは頷く。
「それにしても、上手くやったな」
村長へ帰りの挨拶をするため、私達は一度馬車を降りる。私とシヴァの共同制作により出来上がった馬車を、シヴァは感心したように撫でていた。
馬車は天井が低くなり、後ろに長い形のよくある商人の馬車とほぼ同じ形になっていた。カーテンや椅子に貼られていた布は幌にリメイク。形は変えられても色味は誤魔化せないので、そこはシヴァの魔法で補強してある。まさにコンビネーションの賜物だ。
「おお、お二人共。ご無事でしたか」
村長が一瞬私達を見て怪訝な顔をしつつも、笑みを見せてくれる。私は黒髪ピンク目だし、シヴァも赤髪の、しかも男性になっているんだから驚くのもしょうがない。
「魔法での変装ですかな? さすがです」
「まだ魔法の効果が残っている者はいますか? 今の内に解除しておきますけど」
褒めて下さる村長に、シヴァが伝える。あの村中の女性にかけた変装魔法は、今は効力を失っているのかぱっと見て魔法が残っている人はいない。
「もう全員元に戻ったと聞いております」
「そうか。良かった」
シヴァはほっと胸を撫で下ろす。
別れの挨拶に、私は村長と対峙した。真っすぐ彼の目を見つめて伝える。
「リヒハイム王国で、ソプレス王国を陥れた者の裁判が開かれ、断罪された話は聞いていますか?」
「噂程度には……ここには新聞すら届きませんので」
「その断罪により、リヒハイム王国はソプレス王国を見直し、国を挙げて復興のために努めるようです」
私の言葉に、村長は目を見開いた。噂程度の話が本当だと聞いて、驚いているようだ。
「だから、もう少しの辛抱です。この村のように国中の町や村が復興して、きっとかつての賑わいを取り戻せますよ」
私の言葉に勇気づけられたのか、村長は満面の笑みを返す。
「そうですか……そうなることを、願っております」
その笑顔が見られて本当に良かった。あの大変な思いをしていたロミーナにも、積極的に動いてくれたアレクサンドにも見せてあげたい。後で会ったら、お土産話として伝えてあげよう。
「では、また来ます。さようなら」
「さようなら」
私が馬車の方へ戻ろうとすると、村長が大きく手を振ってくれる。後ろで何人かの住民も、手を振ったりお辞儀をしてくれていた。つられて私も手を振ると、馬車に乗り込んだ。
***
「ロミーナ嬢、王城が見えてきましたよ」
ベアトリクスの言葉に私は体を起こした。彼女が開けてくれているカーテンから窓の外を見ると、いつも見ていたあの荘厳な城が目の前にある。
「この後、ロミーナ嬢には王城で暮らして頂きます。追手や暗殺者が来てもおかしくはありませんから。王城での警備は一流ですよ」
安心させるようにベアトリクスは言葉をかけてくれる。しかし、私は素直に喜べなかった。
この後、私が持ち込んだ資料を精査し、両親の罪と黒幕を暴いていく。その最中、私が襲われてしまったら意味がない。だから王城で暮らし、私は一切の外出ができなくなるのだ。
もう学園に行くことも、誰かと自由に会うこともない。全てが終わるまでの辛抱だと分かってはいるが、それは酷く孤独で、辛い。
未来がどうなってしまうか何も分からない不安。結局上手くいかずに、このまま王城で一生引き籠って過ごすしかなくなるのではないか。何かが間違って、両親と一緒に処刑されてしまうのではないか。そんなネガティブな思考に飲み込まれてしまう。
「……そんなに暗い顔をしないで下さい」
私の表情に気付いたのか、ベアトリクスが私の頭を優しく撫でてくれる。私よりも10歳は年上だという彼女とは、この旅の間に随分仲良くなった。もはや姉のようだ。
「何かあれば、私も助けに入ります。だから、本当に辛かったら言って下さいね?」
彼女の笑顔に助けられ、私もなんとか笑みを作る。このネガティブな思考も、ろくに休憩する暇がなかった長旅で疲れているせいだ。きっとそうだ。
頭の中で、いつも明るい誰かさんのことを思い出すが、私は頭を振ってその顔を忘れることにした。
ベアトリクスがトランクを持ってくれ、他の護衛と共に私はアレクサンド様の所へ向かった。誰かに見られるかもしれないことを考えると、正門から入るわけにもいかず、裏門からこっそりとだ。待ってくれていた従者の案内で王城を進むと、ようやくアレクサンド様の部屋の前までたどり着いた。
「どうぞ」
ノックの音に、アレクサンド様の返事が返って来る。その一言だけでも懐かしさを覚えた。
ドアを開けて中に入ると、アレクサンド様は立ち上がって私達を待ってくれている。両手を広げて歓迎の意を示してくれると、私の目の前まで来て深々とお辞儀をした。
「ロミーナ嬢、本当にお疲れ様。そして、ありがとう」
私の手を取り、手の甲に軽くキスを落とす。そこまで来て、私はようやく自分の仕事が全て終わったことを理解した。
全身の力が抜けて、崩れそうになる私をアレクサンド様が支えてくれる。少し驚いた様子を見せた彼だが、慣れた様子で私をソファに座らせてくれた。用意されていたティーカップを私の前に置いてくれる。ソファの柔らかさに体を預けつつ、カップを手に取り紅茶を飲む。香り高い紅茶は、さすが王族御用達の物。深い味わいと温かさで、全身に血が通うのを感じた。
「書類はこれです」
「私の部屋へ置いておいてくれ。警備は常に二人以上付けるように」
「はい」
私がソファでぐったりしていると、テキパキとアレクサンド様が指示を出していく。それに従ってベアトリクスと護衛達は礼をして部屋を去っていった。
去り際に一瞬彼女と目が合うと、にっこり微笑んでくれる。励ますようなその表情に、何も返せなかったのが悲しい。しかし、王城に居続ければまた会うことができるだろう。
「さて、ロミーナ嬢」
一通りの指示を終えたアレクサンド様が、正面のソファに座り私と向き合う。
「今回のこと、本当にお疲れ様だった。リヒハイム王国の第一王子として礼を言うよ」
「いエ。アレクサンド様からの話が無けれバ、両親の不正にも気付かズ、私も共に処罰を受けていたはずでス。礼を言うのはこちらの方ですワ」
姿勢を正し、言葉を交わす。いつも通りの笑顔を向けるアレクサンド様を見て、今までの緊迫感はすっかり抜けていた。とりあえず、身の安全だけは確保されたのだ。
「それで、今後について色々話したいんだけど。その前に、君に客人が来ているんだ」
「客人、ですカ?」
誰だろうか。リリアンナは早くてもまだこちらへ向かっている途中だろうし、ステファン様にだって現状のことは伝えていない。私のことを知る者は、他にいないはずだ。
私が首を傾げていると、アレクサンド様が何か合図をする。彼の視線を辿り、私もドアの方を見た。
「エ?」




