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第157話 気付いた辺境伯夫妻

 立ち止まった足音は再び動き出し、私達のいる扉の前を通過する。その際に、足音に金属音が混じっていることに気が付いた。

 それはヴォルフガングも同じだったのだろう。目を見開くとそっとドアを開ける。


「あ、ヴォルフガング殿」


 そこにいたのは、伝令のための騎士だった。鎧を付けていたため金属音がしたのが幸いだ。気付けて良かった。

 ほっと息を吐いた私達は、慌ててその騎士も部屋の中に招いた。ただのお風呂場でしかないこの場所に、ヴォルフガング含めた男性が3人もいるのは完全に定員オーバーではある。私とシヴァはカーテンを開けてバスタブの横に立ち、少し部屋の広さを確保した。


「アマトリアン嬢が先程出発しました」


「良かったわ。ありがとう」


 アマトリアン辺境伯夫妻はまだこの事実に気付いていないはずだ。恐らく辺境伯はまだ馬車をどうこうしようと足掻いているだろうし、夫人なら先程食堂に戻っていった。部屋の掃除や片づけも終わり、メイドや従者は夫人と共に食堂に行ったはずで、現在この階には誰もいない。


「絶好の脱出チャンスね」


「馬車の用意はできています。ヴォルフガング殿の馬も」


「おお、それは助かる」


 騎士の報告にヴォルフガングは嬉しそうに笑う。皆で目配せすると、私達はお風呂場を出た。






***






 それから三十分後。なかなか戻らないヴォルフガングにイライラした辺境伯は、屋敷内に戻って来ていた。

 あれから戻せた馬車はまだ2台。どう考えても手が足りないのだ。それなのに事件を起こした当の本人がいなくなるとはどういうことなのか。


「全く、こんなことなら倍くらいの金をモンリーズ家に請求してやる!」


 辺境伯の言葉に、お付きの従者は呆れていた。そんなことも気にせず鼻息荒くリリアンナの部屋がある階にたどりつく。

 しかし、そこには誰もいない。あまりの静けさに首を傾げ、辺境伯はまずは最初に用意したリリアンナの客室へ向かった。

 綺麗に掃除された部屋の中は空っぽだ。誰かが泊っている形跡はない。


「リリアンナ嬢はどこだ?」


「さあ?」


 つい隣の従者に尋ねるも、ずっと辺境伯と一緒にいた彼に分かるわけもない。食堂にならいるはずだと、今度は食堂に向かった。しかし、そこにも先に食事を済ませている夫人しかいない。


「おい、リリアンナ嬢を知らないか」


「リリアンナ嬢でしたら、先程までお風呂場に」


「風呂?」


「あの騒ぎで驚いた従者が、リリアンナ嬢のドレスを汚してしまったので。絨毯も汚れてしまったので、客室も向かいの部屋に変えるよう手配しました」


 夫人の説明に、何かを感じ取った辺境伯は顔色を青くして食堂を走り去る。その不自然な様子に、夫人も早歩きで後を追った。


 先程夫人が説明した客室のドアを開ける。ここも使用の形跡が一切ない、綺麗な部屋だ。

 次にお風呂場を見る。ここにも誰もいない。

 同じ階にあるロミーナの部屋を開ける。質素なその部屋に、娘の姿はなかった。


「どうしましたの?」


 辺境伯に追いついた夫人が尋ねる。振り返りながら、辺境伯は焦ったように叫んだ。


「いないんだ! リリアンナ嬢も、ロミーナも、あの大男もどこにも!」


 その言葉に表情を変えると、夫人は辺境伯と共に執務室へと向かった。執務室のドアは開け放たれたままになっている。不審な状況に眉をひそめながら近づくと、執務室の中はぐちゃぐちゃに散らかっていた。

 本棚の本は全て引っ張り出され、乱雑にページが開かれたまま床に放り捨てられている。あらゆる引き出しが引き抜かれ、積み上げられていた。確認すれば引き出しの二重底も開いている。こんなことができるのは、屋敷のことに詳しいロミーナしか思いつかない。


「……探せ」


 あまりの事態に辺境伯はわなわなと震えている。


「今すぐ探せ! ロミーナを見つけるんだ!」


「リリアンナ嬢は?」


「探したいところだが、最優先はロミーナだ。あいつが全部持っていったに決まってる!」


 辺境伯の声に、従者がはじかれたように走り出した。


「もう我慢ならん! 学園もアレクサンド殿下もどうでもいい。一生地下牢から出せなくしてやる! こんな辺境までどうせアレクサンド殿下もやって来られないだろう」


 足音を響かせながら騎士たちのいる外へ向かっていく。その後を夫人が急いでついて行った。怒りに支配された辺境伯の歩みを、止める者などいなかった。






***






 馬車は街を抜け、無事旧ソプレス王国へ向かう山道へと進んでいた。今の所、追手は見えない。


「どうやら大丈夫そうね」


「ヴォルフガングの屋敷の場所は知らせてなかったはずだし、オレ達を探すにも手間取るだろう。その間にさっさと課題を終わらせて帰るぞ」


 シヴァの言葉に私は頷いた。


「ワシなら一人残されても大丈夫だ。安心してモンリーズ家に帰ると良い」


 窓を開けていたので話声が聞こえたのか、馬に乗っているヴォルフガングが機嫌よく話に入ってくれた。

 今回は小麦の収穫量の確認と、道の整備の確認。旧王都周辺の物流をチェックして、日常生活に必要な物に関しては補助金を設ける予定だ。小麦と道の確認なら、上手くやれば今日中に終わる。補助金に関しては調査は一週間もしないで終わるだろうし、最悪信頼できる人物に任せてしまえばいいのだ。




 追手はないまま、旧ソプレス王国との国境の村までやって来た。馬車を降りると村長と共に小麦の量を確認する。


「なんとか冬の分を備蓄できる程度になりました。来年には販売できる分も確保できそうです。本当にありがとうございます!」


 村長は嬉しそうにしている。その報告を聞いて安心した私は、麦畑を離れて馬車の置いてある村の中心へと村長と共に戻った。


「え?」


 村に戻ると、奇妙な光景が広がっていた。私の隣で、村長も驚いたまま固まっている。




 村中の女性の髪が、淡い紫色と赤茶色になっていたのだ。




 よく見れば目の色も、淡い紫色の髪の女性は薔薇色。赤茶色の髪の女性はアプリコット色になっている。


「何がどうなってるの?」


 どう見ても私やロミーナを模した女性が村中に集まっている。不思議な光景に、私は戸惑うしかなかった。

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