東京2
僕はノートを空間庫に収納して部屋を見回した後に部屋を出ていこうとしたが、どうしてもそのまま放置することがかなわず、結局、家具や服や、食器などを始めとした部屋中の全ての物をノートと同じように空間庫へと収納したが、誰かが自分と同じように帰宅した場合のことを考えてベッドと寝具を再度設置し直して、その上に簡単な保存食を並べておいた。
そして、きれいさっぱり物が無くなった部屋の中央に、『忘れ物を取りに来ました。蓬莱怜』と書いた紙を置いて、ようやく部屋を出て鍵を閉めることができた。
そのまま非常階段から屋上へと出て、周りを見渡しても、異様に明るい月明かりに照らされた廃墟や森が灯り一つない空間に広がるだけだった。
「帰ってくるのが遅かったのかな?」
そう呟く僕の声に、背後から幼い声が答えた。
「儂のために申し訳ないことをしてしもうたの…」
「だ、誰だ!」
そう応えると同時に、僕は両手に二本の刀を出現させた。
振り返った僕の前に、申し訳なさそうに立っていたのは、まだ園児に見えるほど小柄な白銀の長い髪と深紅の瞳をした二本の可愛らしい角を持つ幼女だった。
その顔にはかつて嫌と言うほどに見慣れた女性の面影があり、僕は大きくため息をついて刀を収納した。
「なんで?なんであんたがここに居るのさ?それにその姿は何なの?僕を誑かす為にそんな姿になったの?」
その少女は、その言葉に自分をマジマジと見つめ直し、初めて知りましたというような表情を見せて、戸惑うように僕を見つめた。
「儂にも判らん。気づいた時にはお主の後ろに立っておった。力も以前に比べると比較にならんほど矮小になっておるし、魔力も百分の一程しかない。まるで魂の器が縮んでしまったようじゃの。」
その呑気な言葉にホッとする自分を感じて、僕は素直に彼女を受け入れていた。
「ところで、ここはどこじゃ?まったく見慣れぬ世界で、感じたことのない魔素に満ちておるのじゃが?」
僕は大きくため息をついて彼女の質問に答えた。
「ここは僕の元いた世界だよ。思いっきり変わってしまったけどね。」
「ん?お主の世界は魔素や魔法などない世界ではなかったのか?それにそこにあるのは特級クラスのダンジョンであろ?そんな物が魔素のない世界に存在できるのか?」
そんな質問ばかりの彼女に、僕は彼女の姉が教えてくれた状況を懇切丁寧に説明し、この世界の人間がどんな行動を取ったのかを簡潔に説明した。
「…やはり、神という存在はクソじゃの。いくら異世界人にボロボロにされたと言っても、その後に幾らでも修正は可能であろ。魔素の全くない世界に強引に魔素を持ち込み、その体系を根底から覆してしまうなどもってのほかじゃ。儂がこの世界の神なら反逆間違いなしじゃの。」
その言葉は、重く沈みきっていた僕の心に染み渡り、そして広がっていった。
「そうだよね。こんなのおかしいよね。元に戻してしまっても構わないよね。」
その僕の言葉と表情に彼女はニヤリとした笑みを浮かべて答えた。
「それでこそ儂を倒した男じゃの。間違っていると思えばぶち壊してやれば良いのじゃ。そして、こんなことをした神達に復讐してこそ、儂を倒したお主と言えるぞ。」
そう言って、彼女は小さな手で僕の背中を思いっきり叩いて言葉を続けた。
「今度は一人ではないぞ。儂が協力してやる。今はこの矮小な存在であるが、この世界の魔素に適合し、それを吸収して元の身体を取り戻した暁には、それなりに頼りになる存在だと思ってくれて良いぞ。」
そのニンマリした笑顔は、僕の落ち込んだ心に火をつけたようだった。
「そうだよね。今度はお互い一人じゃないもんね。やろう!こんなクソみたいな世界をぶっ壊してやろう!」
そう言ってハイタッチした後に、彼女の両脇に手を添えて持ち上げるとクルクル回って、もう一度目の前に広がるダンジョンを見た。
「先ずは、あの特級ダンジョンの攻略だね。一年分くらいの食糧は空間庫にあるけど、今後のことも考えるともっと準備したいね。協力してくれるかな?」
「もちのろんじゃ。お主と一緒に戦える。こんなワクワクするのは久しぶりじゃの。」
その言葉にニカッと笑ったミシエルの笑顔は、とても可愛らしかった。
僕は飛ぼうとしても飛べなかった彼女を肩に乗せ、先ずはそこそこの生活に必要な知識と道具を得るために、破壊や強奪されていない物を探し出す為に、かつての日本の首都であった街へと飛び立った。
「呼び方だけど、毎回ミシエルって呼ぶのなんかめんどいんだけど、なんか愛称ってないの?」
少し困ったようなはにかむような表情を見せながら、彼女はボソッと応えた。
「まだ儂が子供だった頃、姉は儂のことを『ミィちゃん』と呼んでおった。」
「ミィ…良い名前だね。これからはミィって呼ぶね。」
その呼び名に顔を真っ赤にしたミシエルだった。
「では、お主のサトシという呼び方も変えなければ変であろ。これから一から始めるんじゃ。新たな旅立ちであることも含めて、お主も呼び名を変えるべきじゃ。」
「そうだよね。ホントだったらこの世界の僕は六十過ぎのお爺さんなんだから、昔の呼び名じゃおかしいよね。でも『怜』という字は捨てたくないから、『レン』って呼んでくれるかな?」
「その字にはなんか特別な思い入れがあるのか?」
「外国の人の中には、あまり良いイメージを持っていない人がいたけど、この字には『心優しき賢者』という意味もあるんだよ。僕は異世界にいた時からそうありたいと思って頑張ってきたんだ。だからこの字を捨てたくないんだ。」
「お主にピッタリな字じゃの。儂は賛成じゃ。レン、これからよろしくな。」
「こちらこそ。ミィ、よろしくね。」
そんなことを話しながら、僕は昔通ったことのあるホームセンターを探して上空を飛び回った。東京にはもう殆ど人が住んでいないようで、上空から見る大地には人口の灯りどころか焚き火一つも見当たらなかった。




