皇居ダンジョン
「さて最下層のボスは、どんな魔物かな?」
と言いながらミィがボス部屋の扉を開けると、そこには巨大な年を重ねた老龍が横たわっていた。
「ほぅ、久方ぶりに扉が開いたと思えば幼子ばかりではないか?儂は夢を見ておるのかの?」
すぐにも飛びかかろうとするミィとメギドを引き止めて、僕はその龍に話しかけてみた。
「初めてお目にかかります。私はレンといいます。このダンジョンにはこの国の皇統に繋がる方を救助しに参りました。決して争うために来たのではないことをご理解頂けると嬉しいです。」
その言葉に、ミィもメギドもウェストリアまでもが目をまん丸くして僕を見つめた。
「な、な、なんなのじゃ!お主はそんな言葉遣いまでできるのか?ならばどうして我に対しても、その態度を取らなんだのじゃ!」
怒るメギドに僕は穏やかに答えた。
「しっくりこなかったから。」
「な、なんじゃとぉ!」
そこまで激怒したメギドを、ミィとウェストリアが口元を押さえつけて下がっていくのを見送った老龍が戸惑うように答えた。
「よ、良いのか?彼女達も神に連なる者達であろ?あのようにぞんざいに扱って良い方々ではないと思うのじゃが。」
「ではお聞きします。あなたは家族に対しても礼儀を尽くしますか?」
その言葉に老龍は口元に笑みを浮かべ穏やかに笑った。
「そうか、お主は良い家族を持ったの。」
それは後ろの三人にも聞こえていたようで、三人ともに急に頬を染めてモジモジしていたが、ウェストリアまでもが頬を染めていたことで、彼女は残りの二人に思いっきり突っ込まれていた。
「失礼ですが、あなたはこの国の皇統にご縁のある方ではないのですか?」
僕の問いかけに、龍は感心したように頷きながら答えを返した。
「お主はこの星にできたダンジョンをどのように考えておる?」
その問いかけに、僕は知っていることを隠さず答えることにして、これまでの経緯を説明すると、その老龍は絶句して固まっていた。
「この星の神のなしたことではなく、異世界や外星の神々からの罰だというのか!我々が一体彼らに何をしたというのだ!」
そう叫んだ龍の身体全体から、真っ赤なオーラが噴き上がるのを見て、僕は慌てて更に説明を続けた。
「な、なんと、わが国よりそれらの国に召喚された者達がやり過ぎて、その国の神にまで迷惑をかけたというのか…」
言葉が途切れてしまった龍に、僕も彼らの立場を少し弁解させて貰った。
「突然この星から拉致された彼らの中には、所詮は他人事、他人の土地ですから、その鬱憤を晴らすために暴れた者もいたと思います。でも拉致された側からすれば、だったら連れてくるなよとなりますし、召喚した側が彼らを奴隷として束縛し洗脳して道具として扱おうとした場合もあったようですから、ある程度暴れても情状酌量すべき部分もあったと言えます。それに暴れた子達は結局は神に殺されてますから、それで帳消しだと思うんです。」
そこまでの僕の説明を聞いて、龍は訝しげな表情を浮かべて尋ねてきた。
「もしやお主も?」
「はい、あそこにいるミィの姉の創造神に五十年程前にあちらの世界に召喚され、五千年程ずっと彼女と闘い続けておりました。」
「少し待て、お主は人間よの?なぜに歳を取らん。」
聞かれるのも当たり前の質問に、僕はありのままを告げた。
「ダンジョンにひたすら潜り続け、食事や休みも十分に取れることなく魔物と闘い続けておりましたら、いつの間にか世界の魔素や神素を糧とするように身体が変容し、それなりに老齢な姿だった身体は、結局このような姿に落ち着きました。異世界に召喚された時期と過ごした時間が異なるのは、あちらの創造神が、僕が生きていた時代にできるだけ近づけようと努力してくれた結果です。」
老龍は語る言葉を失ったように、呆然と僕を見つめていたかと思うと、突然土下座するように頭を下げた。
「あなた様にお願いがあります。この下の階層は本来ダンジョンマスターである私が管理する階層ですが、そこに来孫である男児を眠らせております。どうか彼を地上へと導き、現実社会へと復帰させて頂きたいと存じます。その為ならばこの身をあなた様に捧げることも厭いません。どうぞどうぞご高配頂けるよう御願い奉ります。」
だいたいは想像できていたので、僕は老龍の願いを素直に受け入れた。彼は自身は消滅する覚悟でいたみたいだったが、その辺は新たなダンジョンマスターの裁量に委ねられることを説明し、彼には来孫の守護者として傍にいることを勧めると、涙を流して喜んでいた。
老龍が自死して開いた下層への階段を降りた部屋の中心には、一メートル程の球状の水晶が据えられており、中には五歳くらいの少年が眠るように閉じ込められていた。
「仮死の状態で閉じ込められているようじゃの。ダンジョンからのラインが繋がっとらんところを見ると、ダンジョンの維持には先程の老龍の神素が使われておったようじゃな。レン、任せてもらっても良いか?」
「どうしたの?何か気になるの?」
普段と異なりあまり笑顔を見せないミィが気になって尋ねると、
「先程の老龍の言葉を疑うわけではないが、このダンジョンを作った連中の性格を考えるとあまりに不用心過ぎると思っての。まさかの時に備えてお主にはフリーでいてほしい。」
そう言ってミィが水晶球を台座から外した途端、四方八方から彼女に向かって先端を尖らした管上の物が打ち出されてきたので、僕とメギドでその全てを叩き落とした。
「この童を助けようとしたものを変わりの贄とするシステムか、ホンにムカつくの。」
メギドの声のすぐ後に続いて、いつもの神の声とは異なる声が響き渡った。
【皇居一級ダンジョンがレンにより制覇され、その消滅を確認しました。同時に日本国第百三十三代智仁天皇が復活されました】
「この声は何?いつもの声じゃないよね。特級は世界が管理して、一級は各国や地域が管理するということかな?でも、これで面倒は省けたね。この子が天皇であることは国が認めたということだから、いちいち説得する必要ないもんね。」
「そうじゃの。まごうことなき正統の天皇の復活じゃ。」
その声に僕が振り返ると、ミィが助け出した少年の傍らに浮かんだ体長一メートル程の蒼いミニ龍が、嬉しそうな顔をしながら器用にこちらにVサインを見せていた。
ーーーー
「なんだと!どういうことだ!智仁天皇だと、それはいったい誰だ?天皇はこの淡路島で日本政府が保護している黎輝天皇こそが正統だろ!」
そう叫んだ岸破総理の背後の扉が強く開け放たれた。
「総理!先ほど皇居のエリア一帯が暗雲に覆われ、雷が嵐のように降り注いで全てが破壊されたとのことです!生存者は不明です。素早い対応をお願いします。」
その報告に、岸破の頭がすーっと冷えた。天皇が復活したという神の声と同時にこの天変地異…これが神の意志ということなのか?皇統を騙った者達に天罰が下ったということなのか?という考えが頭の中でぐるぐる周り、すかさず部下に命令を下した。
「品川前線部隊に伝えろ!直ちに天皇陛下を保護してお連れするように伝えるんだ。」




