日本防衛軍品川前線部隊司令部
「土方副隊長お話しがあります。」
岸壁で釣り糸を垂れている土方に、後ろから声がかかった。
「どうした?お米屋さんから催促されたか?」
その言葉に、話しかけてきた尾形軍曹の顔は真っ青になった。土方は振り返りながら軽く笑みを浮かべて、答えられずに下を向いたままの尾形に更に声をかけた。
「今日の夕食に一品増やそうと思って頑張ってるんだけどな、まだ足りないんだよ。協力してくれるか?協力してくれるなら、後ろの釣り竿使ってくれれば良いよ。」
土方の穏やかな声に、尾形は頷いて彼女の隣に座って釣り糸を垂れた。そのまま静かな時間が流れていき、時々針に掛かる鯖を釣り上げては魚籠に移す作業を二人で続けてしばらく経った頃に、尾形が重い口を開いた。
「いつから私が米国の草だと気づかれていたのですか?」
恐る恐る尋ねる尾形に、土方はあっけらかんとした声で答えた。
「そんなのこの部隊に入った時からに決まってるじゃん。その位はできないと危機管理能力疑われちゃうよね。」
「し、しかし、私の先祖がこの国に根付いたのは、第二次大戦後間もない頃ですよ。ダンジョン出現で行政がボロボロになった現況で、そこまで遡っての調査を行うなど不可能ではないのですか?」
少し声を荒げた尾形に対し、土方はそのまま穏やかな声で会話を続けた。
「調査?調査なんてしないよ。この世界でそんな暇なんてどこを探しても見つかるわけないじゃん。それが答えだから、その後は自分で考えてみて。」
履歴書に書くのは精々住所、同居家族、職歴程度で、それから漏れることはあり得ない。面接でそんなことを確認されたこともない。他にあったことは簡単な学力試験と体力試験だけであったが、尾形は学力試験の時に席の間を歩く土方を覚えていた。
長い黒髪を下の方で軽く止め、優雅に歩くスレンダーな彼女を見て、こんな人と一緒に仕事ができたら最高だなと考えていたことを思い出した。
「一緒に仕事をしてみてどうだった?楽しかったかい?」
土方のその一言で、尾形はその時に彼女に思考を読まれた、ないしは人物鑑定されたことを確信した。
「も、申し訳ありませんでした!」
「えっ?謝ることなんてないよ。男なんてみんなそうだから。その時にエロいことを考えてたら、間違いなく私の部隊には配属されてないから。それなりの所に配属されるから。」
そう言って笑う土方の笑顔に、尾形の背筋に冷たい汗が流れた。
「ところで、話を戻すけど、あちらはなんて言ってきたの?」
その質問に尾形の背はピンと伸びた。
「はい、『この度の日本国の台場ダンジョン制覇を心から祝福すると共に、同盟国として、これ以降のダンジョン対策について協議を重ねたいので是非とも時間を都合してほしい』とのことでした。連絡に制限があるのでそれ以上の情報は提供されませんでした。」
「やはり、米国は淡路の日本国政府を見限りましたね。」
二人の会話に、後ろから明らかに切れ者と思われる人間の声が加わった。
「だ、誰だ!」
尾形が振り返ると、そこにはスーツ姿で髪の毛をオールバックに纏めた細目の男が立っていた。
「やぁ、遅かったね。尾形君心配いらないよ。この子はね僕の学生時代の後輩で、ついこの前まで淡路の日本国政府で岸破総理の秘書を務めていた沖田君だよ。かなり優秀な人間だから、今度の米国との協議にも参加させるつもりだよ。日本国政府の方針や現況にも詳しいだろうからね。」
その土方の言葉に、少し怒ったような表情を見せた沖田だったが、土方の次の言葉に細い目が薄っすらと開いた。
「多分数日以内に提案される台場ダンジョン制覇したレン君とミィちゃんとの会合にも同席して貰うよ。今後のこちらの方針とあちらの方針との折り合いもつけないといけないだろうしね。キミ、そういうの得意だろ?明日、いや今から、キミは僕の副官だから問題ないね?」
その土方の言葉に沖田は口角をクイッと上げて、嬉しそうに答えた。
「予想通りの展開で、ここに来た甲斐があるというものです。楽しみにしています。」
そこで、土方は尾形に振り返ると話を続けた。
「ということで尾形君。『数日以内に台場ダンジョン制覇した英雄との会合を予定しているので、協議はその後になる。場合によっては英雄もその協議の場に同席させることになるかもしれない。』そう伝えてくれるかな?返事はいつ頃貰える?相手にも都合があるだろうから少し余裕をもってくれるとありがたいかな。」
その言葉に敬礼で答えた尾形が踵を返してその場を離れようとすると、背後から更に土方の言葉がかかった。
「ついでに今日の炊事班にも、釣り上げた魚を捕りに来て貰うよう声をかけてくれるかな。さすがにこれだけの量は私一人では無理だから。」
そう言いながら、土方が岸壁に引きずり上げた魚籠の数はやたらと多く、数百匹の鯖が水揚げされたのは間違いなかった。
尾形が去り、岸壁に残された二人は表情がガラッと変わり、真顔で会話を始めた。
「あちらの様子をなるべく詳細に教えてもらえるか?」
「先ずは岸破からですが、相変わらずの自己利益優先の政策を進めています。身内への利益供与など数えればきりがありませんが、他の閣僚も似たようなものなので、当分あの体制に変化はないでしょうね。」
「外国からの干渉とか、地方からの陳情とかはどうなんだ?」
「まぁ、当然と言えば当然ですが、あの二カ国は、ダンジョン制覇の一報が入った時点でコンタクトを取ってきています。執行部は適当に話を合わせていますが、紐付きの議員も多いですから突き上げがありそうな気配です。」
「例えば、どんな?」
「『その戦力はわが国由来のものである。所有権は我らにこそある。』とかですね。」
その言葉に土方は大きくため息をついた。
「地方の方は?」
「佐渡に展開している北陸守備隊から、食糧、燃料等の支援要請が入っていましたが、無い袖は振れないと一蹴していました。」
「他には?」
「五島列島に展開する南方守備隊からは、人員の派遣、武器の供与の要請がありましたが、これも同じです。」
「お前の目から見て、この日本の防衛軍はいつまで維持可能だと考える?既に北部方面隊はほぼ壊滅して、残党が人間の集落を守護している状態だし、四国から近畿の部隊は十年前の東南海地震でまともに機能していないし、東北の守護隊は三十年前の地震の傷が癒えていない。全てのデータを知るお前なら的確な答えが出せるはずだ。」
その質問に、沖田はおちゃらけることなく素直に答えた。
「もって五年。場合によっては三年程しか保たないと考えます。」
少し黙り込んだ土方はひどく落ち着いた声でそれに答えた。
「私もそう思う。お前から見た素直な意見が聞きたい。私達がこの関東に新しい国を興した場合、それを維持することは可能か?」
沖田の細い目がカッと開いて、口角を上げながら答えた。
「やはりここへ来たことは間違いじゃなかった。あなたは私の期待通りの人間です。」
そう答えて、更に嬉しそうな笑顔を見せながら言葉を続けた。
「他の国民に認めてもらうには大義が必要になりますが、一つ面白い情報があります。皇居に出現した一級ダンジョンに皇族が生存しているという情報が入っています。岸破はその情報を握りつぶしていますが、おそらくは間違いないと思います。その方を立てれば新日本国の建国は可能だと判断します。」
その沖田の言葉に、土方の顔が引き締まりその瞳にただならぬ生気が宿っていた。
その三日後、近藤、土方を始めとした品川前線部隊司令部と、レン達の会合が品川埠頭で開催された。




