お台場ダンジョン9
「な、なんだか、とっても良い匂いがするの。これは今日の夕ご飯は期待しても良いのかなっ?」
玉天宮の王の間に据えられた玉座に座る、小学三年生程の少しふっくらした体格で五つの白い尾と白い耳を持つ少女が、どこからか漂ってくる良い匂いに鼻をクンクンさせていると、そこに高校生位のスラッとした体格で、スーツに身を包んだ青黒色の長いストレートヘアと尖った黒い耳を持つ女性が入ってきた。
「タマモ様、鼻をクンクンされてる音が部屋の外まで聞こえてきましたよ。」
「わぁぁ、シルクのイジワル!こんな匂いしたら、誰でも鼻をクンクンして当たり前だと思うの。」
そのタマモの言葉に口角を緩めたシルクは、それでも敢えて注意を続ける。
「あなたはこの獣王国の王であり巫女様なのです。どんな時でも威厳を保つ努力を忘れてはなりません。鼻クンクンなんて私達庶民のガキのすることです。身分をわきまえなさい。」
などと王に語る言葉とは思えないほど、ぞんざいで乱暴な言葉遣いの方が問題あるのではという突っ込みを入れたいのは我慢して、タマモは言葉を続けた。
「でも、この匂いは食事時以外で昔に嗅いだ事があるの。それが不思議なの?」
「食事以外で…?少し様子を見てきます。」
そこはさすがに女王兼巫女の教育係を任されるだけあって、シルクは情報を仕入れるために部屋を出ていき、緊張を身体中に纏った引きつった顔で、すぐに部屋へと戻ってきた。
「タマモ様、王城にすぐさまウィンドシールドを張って、匂いの侵入を防いで下さい!早く!」
尋ねる暇もなく、タマモは王城全体をクラス3のシールドで覆い、内部に漂う匂いを外へと排出して、ホッと一息つき改めてシルクに尋ねた。
「どうしたのです。シルクがそれだけ慌てた姿を見るのは、私がお餅を喉に詰まらせた時以外には見たことがありません。」
そんな冗談にもマトモに反応せず、シルクは結果を重々しく伝えた。
「かつての世界でエルフと戦乱を開くきっかけとなった世界樹モドキの葉が使用されている可能性があります。」
世界樹モドキの葉、それはかつての世界全てを相手にした大戦で、エルフ族が獣人の戦闘力を奪うために用いた麻薬の一種だった。その当時は、僅かな量で獣人の精神状態を興奮させ混乱状態に陥ることから、狂化させられた獣人が同士討ちすることを期待して用いられていた。
「ま、まさか!?すぐに回復に向かいます。」
そう言って、シルクと二人王城入り口付近へと向かったタマモの前には、確かに興奮して快活な兵士達がいたが、その顔は狂化とは正反対の、多幸感溢れた顔を見せており、思考力も低下しておらず、争いとは無縁の光景が広がっていた。
「これは、闘争心を奪うための新手の麻薬ですか?」
シルクの問いかけに、タマモは静かに首を振って答えた。
「あれ見てると、昔イタズラでシルクに白マタタビ食べさせた時を思い出すの。」
そのタマモの言葉を聞いて、シルクの目がスッと細まった。
「やはり、あれはお前がやったのか?」
尊敬など全く感じさせない冷たい声だったが、昔を思い出して必死に笑いを堪えているタマモは全く気づかなかった。
「まるで赤子のようにフニャフニャ、ゴロゴロ甘えてきて、ミライヤや他の長老達に叱責されたら大泣きしながら私に抱きついてきて、教育係を剥奪しろとか周りは騒ぎ出すし、ホントに大変…」
そこまで喋って、タマモは突き刺さるような背後からの冷気に背筋が震撼して、おそるおそる後ろを振り返ると、そこには鬼がいた。タマモの背中を一筋の冷や汗が流れた。
「ウッヒャァァァァ!」
奇天烈な悲鳴を上げて全力ダッシュを始めたタマモの後ろを、漆黒の尾を棚引かせながら、獲物を狙うブラックパンサーが音もなく追いかけていく。
何事もなかったようにそれを見ている周りの人達は、今日も平和だなぁとつくづく思うのであった。
ーーーー
「ごめんなさい。」
シルクの前に土下座して頭を下げるタマモであったが、怖くてシルクの顔をマトモに見ることは叶わなかった。
「あの時、私はこれだけ厳重に確認しているのに、どうして食事にマタタビが入っていたのか全く理解できなかった。お前でさえあんなバカなことをすることはないと考えるほどには、お前を信用していたんだ。この罪に対する罰は生半可なものではないと心せよ。対価はそれなりの物を用意してもらうからな。」
「ヒイッ!」
シルクの感情の籠もらないセリフに、タマモは思わずゴクリと生唾を飲み込んで引きつった。
「話は変わるが、お前はこの匂いをどう思う?」
突然変わったシルクの口調に、さすが有能秘書やることはやると思いながら、変な答えをすれば新たな雷が落ちるに違いないと考えたタマモは必死になって脳を絞った。
「匂いは、確かに世界樹モドキに通じるものがあると思うの、でもあれのように狂化作用はないように思えるし、どちらかと言えば、多幸感を与えるような作用だと思うの。」
「麻薬のたぐいか?」
「麻薬ならば、多幸感を与えたり興奮作用を有したりもするでしょ。思考力も低下して道徳観が薄れて秩序は崩壊するはずだと思うの。でも、この門付近の兵士達を見回しても、笑顔にあふれて活動的で、秩序は全く問題なく維持できているし、まるでパーフェクトヒールや万能薬を使用した後の少しハイになった印象に近いように見えるから、少なくとも悪いものではないように思えるの。」
二人がそんな話をしていると城門の見張りの兵士が声を上げた。
「ダンジョン入り口付近から、子供二人を追いかけるように戦闘集団が近づいています…集団先頭はミライヤ様です。間違いありません!」
「「な、なんですの!」」
二人が驚いたと同時に、城門を高く飛び越えて脇に幼女を抱えた少年が目の前に舞い降りた。
「ごめんなさい。断りもなく飛び込んでしまって、こんな風になるとは思わなかったから。」
まるで爽やかな風が吹くように詫びる少年の顔を、タマモとシルクの二人はボーッと見つめてしまっていた。
そして、それに気づいた小脇に抱えられていた幼女は、降ろされたと同時に、少年の脛を思いっきり蹴り飛ばしていた。




