お台場ダンジョン8
第四十一層から七十層までは草原エリアが主体のダンジョンが広がっており、どこから流れてきて、どこへ流れ着くのが判らないが、それぞれのエリアに川が流れ、池や小さな湖が存在しているとのことだった。
「この五十一階層から六十層までの草原を牧場に変えてしまったことは賞賛に値しますよね。通常のダンジョンは改変できないから、開墾したり、建物建てたりするのって不可能だと思うんですけど、ここは違うんですね。」
その僕の質問に納得しながらも、自分でも確認するかのようにミライヤは答えをくれた。
「例えば、丘を削るとか、ダムを作るとかはやはり不可能だ。が、限度を超えなければ木を斬り倒して木材にしたり、家を建てたり、柵を作ったりは可能だった。それは俺達の間でも疑問に上がってて七不思議に数えられてる。通常のダンジョンでは内部の改変はNGというのは当たり前のことだからな。」
その言葉に頷きながら、僕達は階層を下り続けて六十一層に入った。
「えっ?何これ!凄すぎる!」
僕達の目の前には一面に広がる金色の稲穂が見えていた。僕が思わず駆け寄り、手にとって確認してみると、それは間違いなく収穫間際の米だった。
「あなた方は、米を主食にしてるんですか?」
「やっぱり変か?前の世界でも俺達が米を主食にしてると、小麦を主食にしてる連中が『さすが獣ですね。家畜の餌を食べるなんて』と馬鹿にしてきたもんだが。」
その言葉に驚きを覚えたが、僕は即座に否定した。
「とんでもない!米は僕達日本人の主食です。僕は感動してます。ありがとう、米は僕達日本人の魂と言っても過言ではありません!」
僕の言葉に驚いたのは、その場にいた獣人達全員だった。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったんだと思う。僕は迷わず非常食として作ってあったおにぎりを空間庫から取り出した。
「これを見て下さい。僕が非常食としてキープしてあった。おにぎりというものです。少し早いですがこれをお昼にしませんか?」
即座に全員から歓声が上がった。
「こんな料理は見たことないが…」
そう言って、僕に渡された海苔で包んだ鮭むすびを口にしたミライヤが絶叫した。
「な、なんじゃこりゃ!適度に塩味が米全体に混ざっていて、中の魚?これにも塩味が効いている。外に巻いてある黒いのもパリパリして味がついていて、これ一つで食事として完結してるじゃないか!」
その言葉を聞いて、僕が取り出したテーブルの上の山のようなおにぎりに、その場にいた獣人達が群がって、それを頬張り始めると、至る所から賞賛の声が上がった。
「始めは単なるおべんちゃらだと思ったが、これだけのものを食わされると信じざるを得ないな。俺はお前と会えて嬉しいよ。」
上機嫌になったミライヤを前にして、僕の心にはこれはもっと驚かしてやりたいという悪戯心が湧き上がった。
「今日中にはボス階層の七十層に到達できそうですから、今夜の夕食は僕の得意料理の一つである従軍飯を出しますよ。任せて貰ってよいですか?きっと、腰を抜かすほど美味しいですよ。」
その言葉にミライヤはゴクッと唾を飲み込んだ。
「わ、判った。よろしく頼む。」
「ところで、こちらの獣人の方達はスパイスとか大丈夫ですか?」
「スパイス?料理に下味をつけたり香りをつけたりする調味料みたいなものか?」
「そ、そうです!それです!」
僕の勢いに彼は少し身を引いたが、すぐに望む答えを返してくれた。
「一部の獣人の中には、特定の植物に拒否反応があったり、興奮作用を誘発される者もいるが、よほど特殊なものでない限りは心配ないぞ。」
猫にマタタビみたいな物かなと思ったが、失敗した時には別な物を準備すれば良いやと、その時の僕は簡単に考えていた。
七十層に降り立つと遠くに幾つかの尖塔を持った城壁に囲まれた建物を見ることが出来た。
もう日も暮れており、朱色に染まった空を背景にして聳え立つ城は、当に豪放優美なものと言えた。僕がその姿に感動して目を離すことができないでいると、
「あれが我らが女王であり、メギド様の姫巫女であるタマモ様がお住いになられる玉天宮だ。到着が遅くなってしまったから、訪問は無礼にならぬように明日朝として、今日はここで夕餉をお願いしてよいか?」
と、ミライヤが声をかけてきた。
「判った。早速準備するよ。」
僕は空間庫から、こんな時の為に準備してあった非常用炊き出しメニューの中からカレーを選択し、直径2メートルはある温かな白飯の詰まった釜と、やはり2メートル径の温かなカレーたっぷりの大きな鍋をを大地に据えた。そこから漂う匂いは瞬く間に周囲へと拡散し、賑やかだった広場には静寂が広がってきたことを、その時の僕は気が付かなかった。
更に付け合わせとして、周囲に取り出したテーブルの上に付け合わせとして準備した、トンカツ、チキンカツ、唐揚げ、ソーセージが山盛りになった大皿を並べ、更に深皿には付け合わせの福神漬、らっきょう、紅生姜などもその横に並べた。
二百人対応の炊き出しセットだったから、今の人数なら大丈夫だろうと考えていたが、それは大きな間違いだった。
生ビールやジュース、水なども樽で準備して、いざ幕を開けようとして後ろを見た僕の目には、目をランランと赤くギラつかせ、大口を開けて涎を垂れ流す、獣人達の恐ろしいほどに興奮した姿が飛び込んできた。
「よほど特殊なものじゃない限り大丈夫って言ったじゃん…」
僕はミィを小脇に抱えると、一目散にその場を離れるように駆け出した。
「な、なんじゃ!いったい何が起こったんじゃ?」
困惑に思考が纏まらないミィが、目をまん丸くして後方を確認すると同時に、その広場には歓声というより狂騒とよんで差し支えない声が轟いていた。




