ブルームーンの夜空に!
「きなこ、起きてるっ?」
ベッドに入ってすぐのことだった。
コルネットさんの声と扉がどんどん叩く音が聞こえた。
「起きてるなら開けて欲しいんだけど」
なんだか声の感じが違って聞こえる。
「分かりました」
ぼくはベッドから降りて扉を開けた。
そこには真っ赤な顔をしたコルネットさんがいた。
真っ赤な顔と言っても恥ずかしいといったものはなかった。
「ガキの癖に夜更かししてんじゃないわよっ!」
言いながらがばっと抱きついてくるコルネットさん。
強い力だったので体がすごく密着する。
「ちょっ! コルネットさんっ!」
「やっぱりきなこって抱き心地がいい大きさしてるわよね。肌もすべすべしてて気持ちいいし」
入り口すぐ。扉も開けっ放し。
色々と恥ずかしいく状況だった。
少なくともクイーカさんに見られたら大変なことになりそう……
「コルネットさんっ! その……むっ胸とかが……」
「ガキがそんなの気にしてるんじゃないわよっ!」
「そんなの無理ですよっ!」
それにとても息がお酒臭かった。
様子が変なのはお酒が原因っぽい。
「お酒飲んできたんですか?」
「うん。クイーカと飲み勝負してきたわ」
「勝ったんですか?」
「ばっちり。クイーカは酔いつぶれて眠ってるわ」
「水欲しくないですか?」
「……欲しいわ」
「持ってくるから離れて欲しいです……」
「分かった……」
言いながらコルネットさんは離れてくれた。
ぼくは急いでコップに水を入れてコルネットさんに渡す。
「ありがとう」
コルネットさんは水を一気飲み。
そして少し休憩。
少し時間が経過しただけでだいぶ落ち着いたみたいだった。
「ちょっと酔覚めたわ。こんなに酔っ払ったのは本当に久しぶり」
にこりと微笑むコルネットさん。
思わずどきりとしてしまうような笑みだった。
「クイーカは途中でばたりって倒れるように寝たけどね」
「だっ大丈夫だったんですか?」
「眠ってただけだし、アタシがここまで運んであげたからね。朝まで起きないんじゃないかしら」
「ありがとうございます」
「なにが?」
「クイーカさんを運んできてくれて」
「仲間だから当たり前じゃない」
「それもそうですね」
「きなこ、ちょっと付き合ってくれない? 外を歩きたい気分なの」
「いいですよ」
ぼくとコルネットさんは宿を出た。
外は昼までの賑やかさは少なくなっている。
いくつかの酒場で盛り上がっている声が聞こえるだけ。
明かりもほとんどなかった。
「とても暗いですね」
「夜なんだから当たり前でしょ」
ぼくが住んでいたところは夜でも明るかった。
だから夜が暗いということがなんだか新鮮な気がする。
「たくさん星が見えますねっ!」
見上げた空には数え切れないぐらいの星があった。
こんなにたくさんの星がある空はみたことない。
それに……
「月が青いっ!」
この世界の月はとても綺麗な青色をしていた。
青く光る月がぼくたちを見下ろしている。
ぼくの世界の月も色が変わるけれども、こんなにはっきりとした変化はない。
「月が青いですよっ!」
驚いて言うぼく。
「何言ってるのよ」
呆れた感じで言うコルネットさん。
「月の色が日によって変わるなんて常識じゃない」
「日によって色が変わるんですねっ!」
「……きなこってもしかして移住人?」
「そうですよ」
隠そうとしたことなのに不思議と素直に言えた。
「今日の昼ぐらいにここに来ました」
「アタシって移住人って初めてみたわ」
コルネットさんは興味深そうにぼくを見る。
「でもあんまりアタシ達と変わんないわね」
「そうみたいですね」
「そっちの世界の月は色が変わらないの?」
ぼくは見慣れていた月を思い出す。
懐かしい気もするし、そうじゃない気もする。
「変わるのは変わるんですがこんなに青くなることはないです。それにぼくが住んでた街は夜でも明るかったからこんなに星は見えませんでした」
「夜でも明るいのっ!」
びっくりした声。
「そっちの方が驚きだわ。夜でも明るいなんて」
「言われてみれば変ですよね」
「絶対に変だわっ!」
夜でも明るい街。夜には暗くなる街。
どちらも好きだなって思った。
「でもきなこって移住人に見えないわよね」
「そうですか?」
「会ったことはないけど移住人はみんなステータスが高いって聞いてたからね」
「ぼくのステータスはこっちの世界人基準でもとても低いですからね」
「そうねっ! ギルドに行ってたらみんなに笑われたと思うわっ!」
言いながら楽しそうに笑う。
もしもあそこにコルネットさんがいなかったら、そうなっていただろうことは容易に想像できた。
きっと嫌な気分にもなってただろうって思う。
でも……
「コルネットさんのかげでそうならなくてすみました」
「本当にそうよねっ! アタシに感謝しなさいっ!」
「はいっ! コルネットさん、ありがとうございますっ!」
言ったらコルネットさんは顔を赤くさせる。
「そんなに見つめながら言わなくてもいいと思うわ」
顔をそらしながら言う。
褒められ慣れてないのかなって思った。
多分、ぼくと同じ。
「それにあのステータスだったからアタシも仲間になろうって思ったんだし」
「そうなんですか?」
ぼくは驚いた。
ぼくのステータスで断る理由になっても、その反対はないと思っていた。
「きなこは冒険者になりたいんでしょ?」
「そうです。色々なところを冒険したいです」
「アタシもそうなの」
コルネットさんはぐっと背を伸ばす。
その目はどこか遠いところを見ているみたいだった。
「昔からずっと冒険したいって思ってた。だから紅蓮術を学んだ。だけど……ほらアタシってステータス高いじゃない?」
「そうですね。本当に凄いと思います」
「アタシもそう思ってた。今でも思ってるけどね」
自虐的な笑みが浮かべる。
「だから自分にふさわしい凄いパーティーじゃないと嫌だって思った。そうじゃないなら向こうからお願いしてこないと駄目って思ってた。だからずっとパーティーを組めなかったのよ」
「そうなんですね……」
「そこにきなことクイーカが現れた。そのステータスで冒険者になりたい。はっきり言って馬鹿げてるわ。アタシなら絶対にしない」
……でも。
とコルネットさんは小さく呟く。
「それだけ冒険をしたいってのも分かった。そうしたらつまらないプライドで冒険をできない自分が馬鹿らしく思えた。だからアタシが冒険者になれたのはきなこのおかげだわ」
「でももう少し待っていたら凄くてコルネットさんにふさわしい……」
ふさわしいパーティが来たかも。
そう言おうとした。
でも途中でコルネットさんがぼくの唇に指を置いて言葉を止める。
「アタシにふさわしいのはあんたたちのパーティーに決まってるわ」
満面の笑み。
時が止まったかのような錯覚を覚えるぐらいに。
コルネットさんは唇から指を離すと、数歩離れてくるりと振り向いた。
背後に青い月がある。
「満月のブルームーンは願いを叶えてくれる」
歌うような声だった。
ずっと聞いていたくなるような。
「移住者ならこの話も知らないわよね?」
ぼくは夜空を見る。
大きな満月。綺麗な青い色。
とても幻想的な空。
「初めて知りました。そう信じたくなるような月だと思います」
「アタシもそう思う。でも本当の願いは自分から動かないと叶わないって今日学んだわ」
うふふふふふふふ。
そんな可愛い笑い声が聞こえた。
「なんだか変な感じがするわ。素直に言葉が出てくるっていうか、本当に変な感じ。酔ってるせいかしら。それともこのブルームーンのせいかしら」
「たぶん、両方だと思います」
「うん。それが正解だわ」
コルネットさんは言って大きな欠伸をする。
「そろそろ戻ります?」
「そうね。戻って眠ることにするわ」
そしてぼくとコルネットさんは宿屋に戻った。
「じゃあね。明日はクエスト頑張りましょう」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
扉を閉める最後までコルネットさんは手を振ってくれた。
ぼくは自分の部屋に戻って窓の外を見た。
明日もいい天気でありますように。
ぼくはブルームーンの夜空にお願いした。




