第38話 廃屋敷-1
「は? 今なんて言った?」
前を歩いているエアリスが振り返り、不快感をあらわにする。その矛先は俺の横にいるドランビィだ。
「いや、だからお前は特に目的もなく勝手についてきてるんだなって」
緩やかな山道を下っているあいだ、俺はドランビィにオーバストールからラーディックロックまでの出来事をかいつまんで話していたのだが、それによってまさかの衝突が生まれてしまった。
「あのさ、ライノにいの話ちゃんと聞いてた? ウチの目的は被害に遭ったおばあさんの無念を晴らすことだって。あと勝手じゃないし、最終的には許可もらったし!」
「んー、そんな正義感が強いようには見えねえけどなあ」
「ライノにいーこいつやっぱいらなーい。返しに行こー?」
「喧嘩すんなよ……」
すまんすまん。エアリスとおばあさんは面識がなかったという事実を俺が補足してしまったのが悪いな。指摘されたら謝ろう。
それからしばらくは当たり障りのない内容に切り替えてドランビィと会話を続ける。そして、話すことがだんだんなくなってきたあたりで、少し開けたところに出た。
「うっ……」
風が強くて、前髪が吹っ飛ぶ。それに若干肌寒い。
今までで一番有益なイファナの情報を掴めたからこそ、目的地までガンガン進みたいところではあるのだが、もしそのせいで誰かが体調を崩すなんてことが起こってしまった場合、その場に停滞が余儀なくされ、かえってシュドシュロに着くのが遅くなってしまうだろう。
たくさん歩いた。疲労も当然ある。今日はここまでにするか。
「ねえ見てー! なんかでっかいお家があるよー!」
崖際に立つというリスク管理がまったくなってないエアリスが指を差しながら言う。
「危ないって」
と注意しつつも、俺は指し示された方向に目をやった。
でっかいお家。まあ、間違ってはいないけれど、もう少し的確な言い方をするなら、あれはお屋敷だ。
鬱蒼とした森に囲まれた瀟洒な建築物。ただ、よく目を凝らして見てみると、外壁の漆喰がところどころ剥がれており、 うっかり踏んでしまったクッキーみたいなひび割れもあちらこちらにある。そして、建物周辺に蔓延る雑草たち。
――あの洋館は誰がどう見たって朽ち果てている。
俺は率直に思った。好都合であると。
もう野宿は慣れっこではあるものの、しなくていいならそれに越したことはない。
「今日のところはあそこに泊まろうか」
俺がそう提案すると、すぐ横のエアリスがブンブンと首を縦に振った。
「そうしよそうしよ! ベッドとかあるかなー?」
おいおい、これからのためにも贅沢を望むのはやめろ。室内で寝られるだけでもありがたいと思え。
⭐︎
廃屋敷の前。
「こんないいお家を手放すなんてもったいないよねー」
屋敷の扉にまで伸びたツル草を足で払いのけながら呟くエアリスに、俺は淡々と言い放つ。
「持ち主の意志で退去したとは限らないだろ」
「確かにー」
「てか、気をつけろよ。勝手に入った放浪者あたりが住み着いてるかもしれないからさ」
「まさしくウチらみたいな?」
うるせえよ。
「オレがよじ登って、窓の外から中のようすを確認してこようか?」
冗談みたいなことを顔色ひとつ変えずに言うドランビィ。
「いや、そこまでしなくていいよ」
理にかなってはいるけれど、その光景を想像したらなんとなく嫌だった。
よし。俺がここで休むと決めて、俺が警戒を促して、俺がせっかくの提案を却下したのだから、俺が先陣を切るのが道理だろう。
「じゃあ入るよ」
斧を振りかぶった大男が突然襲ってくることを一応想定しつつ、俺は扉を押し開けた。
右、左、左斜め前、右斜め前。そして、正面。
――ふう。放浪の末見つけたねぐらを守らんとする者はひとまずは見受けられない。
俺は後続のために、もう2、3歩進んでから、辺りを再び見回した。
ひどく荒らされた形跡はない。ホコリやらなんやらは堆積しているものの、中は思っていたよりも綺麗だ。
……大丈夫そうだな。
「念のため、ひと部屋ひと部屋回って、人がいないか確認しておこうか」
そう言うと、後ろから肩をトントンと叩かれる。――なんだフィンフィエか。
「ん?」
「広いし、二手に分かれたほうがいいんじゃない?」
「んーー、そうだね。そうしよう」
「なら、ウチはフィンねえとー」
案の定、すぐそばにいたエアリスが行動をともにする相手を勝手に選ぶが、そうはさせない。
「ダメ。フィンフィエは俺と。お前はドランビィと行け」
「は? なんで?」
「もしものことがあったとき、そっちのほうが相性的な意味で対処しやすいんだよ。ほら、行こっフィンフィエ」
彼女が今の説明で納得するとは思っていないがゆえに、さっさと調査を始める。「またあとでね」と手を振るフィンフィエ。悪意はないのだろうけれど、それはたぶん火に油を注ぐ行為だ。
「もおーー! ライノにいのバカーー!!」
「喧嘩はダメだからなー」
最後に聞こえたのは「むしろしてやるわ!」という激声。ごめんなドランビィ……。
それからは、ただただ部屋をひとつずつ巡るだけの時間が続いた。体感ひと部屋あたり40秒くらいだろうか。別に物資を漁っているわけではないのだから、大雑把も大雑把。
そして、今いるのが6つ目の部屋だ。
「エアちゃん大丈夫かな……?」
フィンフィエが浮かない表情で呟く。
「心配いらないよ。ここ最近、人が出入りした痕跡は見つかってないんだから。それに、ドランビィだっているしさ」
「私、あの人とまだあんまり喋ってないんだよね……」
「あー言われてみれば、フィンフィエとドランビィが向かい合ってるところを見てないな。信用できない?」
「ううん、そんなことはないよ。この前は助けてもらったし」
性格的に合わなそうではあるふたり。みんな仲よく――なんて微塵も思っていないけれど、気まずい関係がそばにあり続けるというのも、それはそれで嫌だ。
よって、ここはささやかなアドバイスをひとつ――。
「フィンフィエのペースでやっていけばいいんじゃない? そもそも目的が明確にあるドランビィにとって、友情は二の次だろうしさ」
「うーん、なんか恋愛相談したみたいになってる」
「好きなの?」
「怒るよ」
「すいません」
そういえば昔、ポンジュおじさんが言っていた。「女というのは、アドバイスを素直に聞かない生き物だ」と。頼むから偏見であってくれ。
部屋を出て、次に向かう。ようやく突き当たりだ。まだ上の階がある? そんなわけないだろうが。
俺はひと息吐いてから、ドアノブに手を掛ける。そして――
「ぎゃあああああああ!!」
突然の悲鳴。こちらに向かってくる廃屋敷を駆ける少女。例の如く、そいつはフィンフィエの胸の中に飛び込んだ。
「ど、どうしたの!?」
「お、お、お」
「お?」
「お化けが出たあ」
ふん、人騒がせな。
少し遅れて、ドランビィがやって来る。
「いってえ……思いっきり足踏まれたわ」
申し訳なさで彼の顔が見れない。いったんエアリスの頭を撫でているフィンフィエの顔に逃げる。
「エアちゃん大丈夫だよ。お化けなんてものは存在しないから」
フィンフィエさん、顔が引きつってますよ。
「でもでも、急に変な声がしたの」
「そういうのは隙間風かなにかだよ、きっと」
「ううん絶対違う。だってそのお化け、フィンねえの名前を呼んでたんだもん」
そんなバカな――。




