第37話 ラーディックロック-8
あのあとのことは、ドランビィが後始末を買って出たため、俺にはわからない。
腹部からかなりの量の出血をしていたパイレンが、結果どうなったのかさえも。
ただ、去り際にパイレンが敬服する「あのお方」について本人から聞くことができた。
蛇のような見た目をしていたか? ――頷き。
そばに女の子はいたか? ――頷き。
どこに行ったかわかるか? ――少しの間を置いたのち、『ここから北側の地理を気にしていました……』と。
思わぬ大収穫。これであれば、魔女と化したイファナと対顔する日はそう遠くないと言えるだろう。
さらに、地下水道からの帰り道に聞いたフィンフィエの話によると、どうやらパイレンはフィンフィエを仲間に引き入れようとしていたらしい。拉致した理由はおそらくそれだ。
きっとそれも「あのお方」の命令なのだろう。
いったいなぜ魔法使いを集めているのかに関しては依然としてわからないにしろ、俺に追い風が吹いていることだけは確かだ。
ひとつ気掛かりなのは、パイレンが言っていた洗脳魔法についてだが。
魔法が生まれる数日前のことを思い返してみても、あのときのイファナが洗脳されていたとはどうも考えられない。
ようすは確かにおかしかったけれど、それは彼女の意志が感じられないような変化ではなかったはずだ。
とはいえ、操られていたほうがまだ救いがあるため、俺としてはそちらであってほしいと願っているのも事実。
どちらにせよ、まずは彼女の背中を視界に捉えることから、だ。
⭐︎
地下水道での一件から一夜明けた朝。宿屋の前。
「ぜーーったい、もう離さないからね!」
「ふふっ、そんなに巻きつかれたら、さすがに歩きづらいよお」
フィンフィエとエアリスのじゃれ合い。いつもだったら見苦しい以外のなにものでもないのだが、今は心なしかほほ笑ましいと思ってしまう自分がいる。
「ねえライノにい。次の目的地ってどこなの?」
エアリスからの質問に俺は即答する。
「次はシュドシュロってとこ。地図を見た感じ、結構歩くことになると思う」
「おっけー。まあ、まったり行こうよ」
「休憩は取るけど、まったりはしねえよ」
「えー、じゃあどうすんの? へとへとになってるときに災難に出くわしちゃったら」
「物は言いようだな……」
そんなくだらない話をしながら城門まで歩く。
ドランビィから昨日教えてもらった秘密のルートは、王都内外を人知れず出入りできるものの、悪臭漂う地下水路を通らないといけないという大きすぎるデメリットがあるため、ここは思い切って堂々と城門から出ることにした。
たとえ呼び咎められたとしても、当分この街には来ることはないのだから走って逃げてしまえばいい。
強行策になにかと反発的なフィンフィエの同意も得られたことだし。
そして、そのときがやってくる。ドキドキ。自然と早歩き。「あっどうも、おはようございまーす」みたいな表情を意識する。門兵と門兵のあいだ。はたしてどうなる――。
「――ふう、なにも言われなかったね」
振り返ったフィンフィエが言う。
「ウチがとびっきりの変顔をしてたおかげかな」
続けてエアリス。こいつほんとバカだな。
昨日の出来事との温度差も相まって、ややめまいがする。
頼むからシュドシュロでは大人しくしててくれよ……。
それから北に向かって10数歩進んだあたりで、道端に座っているひとりの男が目に入った。
まあ、あいさつしておくか。
「よっ、ドランビィ」
「おう、待ってたぜ」
ん? 待ってた?
「ええと……」
すると、ドランビィはさも地面に頭突きをして自害でもするかのような勢いで頭を下げた。
「頼むっ。オレもお前らと一緒に行かせてくれ!」
……そうきたか。
「それはやっぱり、パイレンのことが関係しているのか?」
「ああ。あいつを嗾けたヤツをオレは許せねえ。ここ何年かすれ違っていたとはいえ、ガキの頃はいつも一緒に遊んでた仲なんだよ。だから、頼む。お前らはその辺のことでなにか知ってんだろ?」
別にこれといって断る理由はない。むしろ、近接戦闘に長けた存在がいない現状、ありがたい申し出でしかない。
真剣な眼差し。生半可な気持ちではきっとない。アホのエアリスとは違って――。
「俺はいいけど、フィンフィエたちは?」
そう言いながら、俺は首を後ろに回す。
「ライノがいいならいいよ」
フィンフィエは予想どおりの返答。エアリスは――。
「ウチもいいよ。だってこの人のおかげでフィンねえを助けられたんでしょ。全部聞いたよ。ふふっ。もおー、いい変態さんなら先にそう言ってよねー」
問題なさそうだ。
ドランビィは立ち上がり、今度は感謝の意を込めたであろうお辞儀をした。
魔法使い3人と、魔法使いに打ち勝った兵士がひとり。この戦力は過剰なのか、それとも不足しているのかどうか。
敗北はなにがあろうとも許されない。払える限りの犠牲は払うつもりだ。




