第36話 ラーディックロック-7
解せない点はいくつもあった。でも、それらを紐解くのはさして重要ではないと思ったから、見て見ぬふりをした。
後悔みたいなものはない。今あるのは純粋な驚き。
まさか、こうなるなんて……。
俺らの向かいにいるのは、ドランビィが「パイレン」と呼んだ小綺麗な男性。ただ、俺としても初めましてではない。昨日の今日だからしっかりと憶えている。昨夕、俺に連続殺人事件についてのあれこれを教えてくれたあの男だ。
すると、パイレンの視線が俺に向いた。
「おや、まさかあなたがいるとは。できれば、ドランビィと接触したあと、ドランビィのいないところでまたお会いしたかったのですが」
「ん、なんだお前ら知り合いだったのか?」
俺がなにか言う前にドランビィが横槍を入れる。
「いえ、一度お話ししたことがあるだけで、名前すら知りません」
俺への注意が逸れた隙に、フィンフィエに耳打ちで確認を取る。
「フィンフィエをここに縛りつけたのは、あの人?」
こくり。彼女のその小さな首肯を受けて、俺の照準にブレがなくなる。
フィンフィエを拉致した理由。犯人が自ら事件について教えてくれた訳。そもそも、本当に彼が連続殺人事件の犯人で合っているのだろうか。
疑念は依然として多いけれど、俺がそれを努めて晴らす必要はおそらくない。
雰囲気からして犯人と知り合いなのであろうドランビィがいるのだから、彼にひとまずは任せておけばいい。別に是が非でも知りたいというわけではないのだし。
「お前がここにいるってことは、そういうことでいいんだよな?」
おもむろに剣を抜いたドランビィは、切っ先をパイレンに向けて言い放つ。
「そういうこと、とは?」
「ガヴィン、ラパス、ウグリーノ。その3人を殺したのはお前だろっつってんだよ」
「まさか。どうしてそう思ったんだい?」
「この期に及んでシラを切るつもりか。まあいい、全部言ってやるよ。ラパスが殺された現場で、オレはお前を見た。お前もその少しあとにオレを見たはずだ。あのときのお前は犯罪者らしく顔を隠していたが、体格や走り方なんかですぐにわかった。
おまけにここ最近、あんま家に帰ってこないってお前の弟が言ってたぞ」
こいつ、やっぱり色々知ってて隠してたな。
「なんのことだかよくわかりません。体格? 走り方? そんなので犯人扱いされても」
「あー確かに決定的な証拠はねえなー。困った困った。うーん、じゃあ、明日からお前に粘着してボロを出すのをひたすらに待つしかねえかなー」
挑発の意を孕んでいるであろうドランビィの白々しい口調。それを聞いたパイレンは大きくため息を吐いた。
「まったく……真っ先にあなたを殺しておくべきでしたよ」
「あ?」
肝が冷える。途端にパイレンの背後にある扉がずっと遠くにあるように感じた。俺はすぐに反応できるよう神経を研ぎ澄ませておく。
「昔のよしみで後回しにした結果、まさかこうも面倒なことになるとは……」
「その態度、認めたってことでいいんだな?」
「ええ。どうせこの場で始末しますし」
そう言うと、パイレンは左手に握っていた鞘から剣を抜き、不要になった鞘は地面に捨てた。
「ふん。お前の剣を構える姿なんて久しぶりに見たな」
「まあ、およそ5年ぶりですからね」
「参ったで止めてやるほど今のオレは優しくねえぞ」
「……お構いなく」
始まる。若者同士による命のやり取りが。
「ライノ。ああは言ったが、お前は手を出すなよ。これはオレがどうにかしないといけねえ問題だからな」
こちらを向かずにドランビィが言う。
「わかった」
元より俺は局外者だ。フィンフィエを救い出せた今ならいっそう。それに、ついさっき知り合ったドランビィの生死を心底案じるかと問われれば、正直そうでもない。
でも、だからといって隙を見てこの場から脱するというのも違う気がしてならない。
つまり、手出し無用を告げられてしまった俺は、フィンフィエを守りながら、ドランビィたちの行く末を見届けるしかないのだ。
そして、少しの静寂ののち、まずドランビィが動いた。勢いよく地面を蹴って、一気に距離を詰める。
斜め下からの斬り上げ。力いっぱいの振り下ろし。流れるような連続斬り。
そのすべてはパイレンの剣捌きによって防がれてしまうが、純粋な筋力の差があるのか、パイレンはうっすらと苦渋の表情を浮かべている。
「なんで人殺しなんかしてんだよ」
しばらく剣と剣がぶつかり合う金属音だけだった空間にドランビィの声が交ざる。やがて鍔迫り合いは示し合わせたかのようにピタリと止んだ。
「くっ……ふう。気になりますか?」
「あたりめえだろ」
「ふふ、それはですね……この王都を弱体化させるため、ですよ」
「は? 弱体化? なんのために?」
予想だにしない犯行の目的。いや、俺なら十分予想できたはず。
彼は魔法使いで、およそ50年後の王都の状況は――。
「それが私に与えられた任務だからです。もちろん、殺人は数ある手段のうちのひとつに過ぎませんが」
「要は、お前を唆したヤツがいるってことだな」
「ええーええ、唆されましたよ。ですが、騙されているわけではありません。あのお方は、私の至上の願いを叶えられるだけの力があることをわざわざ誇示してくださったのですから」
そう言って、不気味な笑みを浮かべるパイレン。
あのお方って……まさか……。
「人を殺してまでして叶えたい願いって、なんなんだよ」
「ドランビィ、あなたなら知っているはずですよ」
「知ってるって……だってここ数年まともに会話してねえんだからわかるわけねえだろ!」
「……アピアラ王女」
ドランビィは剣を握っていないほうの手を自分の額に当てる。
「お前、まだ好きだったのかよ。呆れた。過剰なまでの妄想だけならまだしも、届くことのない恋のために人を殺すだなんて。この……バカ野郎がっ!!」
ドランビィが再び斬り掛かる。パイレンはまだ剣を構えていない。今の怒号からして寸止めはまずありえない。敗者は必ず決まる。
そして、叫び声が響いた。
「ぐああああああああ!!」
――俺はわかっていた。こうなると。
悲鳴を上げたのも、膝から崩れ落ちたのもドランビィだ。出血は見られないけれど、全身が小刻みに痙攣している。
常人が魔法使いにかなうはずがないと理解していた上で助言すらしなかったのは、相手の魔法を安全圏から観察したかったがゆえだ。
咄嗟に魔法を使おうとしたであろうフィンフィエを制止して、「俺に考えがあるからへたに動かないで」と目で訴え掛けたのも、当然そのため。
人柱に使ったこと自体は悪いと思っているが、そもそも俺はドランビィを利用できるかどうかでしか見ていない。
伏した敗北者にゆっくりと近づき、膝を折るパイレン。
「届きえますよ、魔法があればね」
「……魔法……あれは、どこぞのバカが流した浮説なんじゃ……」
「いいえ、違います。こうしてあなたを一瞬で瀕死に追いやったものがまさに魔法なのですから。そして、あのお方の魔法は人を洗脳することができるのです」
「は……それで王女様と結ばれるってか……気持ち悪りぃ。そんなまがい物の愛で満足できるだなんて、憐れだな……」
ドランビィの犠牲をもってして観察できたパイレンの魔法。彼の手から放出されたのは、数枚の紙切れのようなものだった。
まだ詳細はわからないが、ドランビィの反応からして、当たると非常にまずそうだ。
と、ドランビィが伏せた体勢のまま剣を振るった。苦し紛れの遅い一撃。当然、ひょいと後退して避けられてしまう。
俺かフィンフィエが魔法を使えば、状況は大きく変わるだろう。ただ、その行動はリスクを伴う。俺らが魔法使いであることを、はたしてドランビィは秘密にしてくれるのだろうか。
今の俺は他人の命なんかよりも、離すとすぐさま介入してしまいそうなフィンフィエの手を握り続けるので精一杯だ。
よろよろとドランビィが立ち上がる。
「ライノ……オレはこんなヤツにぜってえ負けねえから、助けようとなんてすんなよ」
色は違えど方向性は一致。
「ああ。お前の散り様を見届けるよ」
「ふん、負けねえっつってんだろうが」
パイレンの手のひらの前に、無数の紙片によってできた球状の集合体が生まれる。
「これに当たるとあなたは即死します。なにか言い遺すことはありますか?」
「んーそうだなー……ガキの頃のお前はいいヤツだったよ」
そうほほ笑みながら言ったドランビィは、グッと腰を低くし、両手で握った剣を脇に構えた。
「それ、まだやっていたんですね。聞きましたよ、その剣技は皆から非難されていると」
うんともすんとも言わないドランビィ。
「さすがに精神集中の時間までは待ってあげられません……さようなら」
死に至らしめるために放たれた魔法は、まったくの猶予もなく若き兵士に命中した。
即座に彼の体が激しく震える。それはまるで筋肉という筋肉がそれぞれの場所で悲鳴を上げ、のたうち回っているかのような痙攣。
ドランビィは構えた体勢のままあっけなく死んでしまった。彼の意志による動作が皆無に等しいのだからそう思わざるを得ない。
なにか策があったんじゃないのか。あの自信はいったいどこから……。
まあいい。別に期待を寄せていたわけではないのだし。負けてしまった、ひいては死んでしまったのなら、代わりに俺が――と右足を踏み出したとき、奇しくもそれは重なった。
片方は単なる動き始めの一歩目。もう片方は劣勢を跳ねのける兆し。
わずかに空いていた間合いはまばたきの合間になくなり、彼の剣は一閃した。
――――敗者は、パイレンだ。




