第34話 ラーディックロック-5
額から汗。だだっ広い王都の中を奔走したから? フィンフィエが一向に見つからなくて焦っているから? フィンフィエの身体的特徴を添えて聞き込みをしてみても、集まるのは、街の人たちの首を傾げる仕草だけだから?
ふと空を見上げると、太陽が南中していた。
よし、まだ暗くなるまではだいぶ時間がある。次は北側のほうを――と、がむしゃらな思考を後押しするのは、バカの考えだ。
聞き込みの途中、俺は不本意ながら舵を切った。フィンフィエの姿をこの目で直接捉えられるのなら、それに越したことはない。けれど、そんな手を伸ばせば触れられる結末は往々にして訪れないもの。
それに、痛手にはならない順に模索するというのは、どうも現実逃避の側面が拭えない。
例の魔法使いを捕らえた。そういった類いの噂がひとつでもあればよかったのだが――。
もうフィンフィエは連続殺人事件に巻き込まれたと仮定して動いたほうがいいだろう。
大丈夫。フィンフィエには黒曜石の魔法がある。きっと生きてはいるはずだ。
目的地。宿屋の前に座り込んでいるエアリスと目が合う。
「ライノにい! フィンねえいた?」
「ううん。そっちはなにか収穫はあった?」
「こっちも特にはなにも」
うん、想定の範囲内だ。もちろん本心では戻ってきていてほしかったけれど。
「書き置きはしてある?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと協力してほしいことがあるからついてきて」
「え、どこに行くの?」
現状、エアリスにしかできないため仕方のない要請。
「いったんこの街から出たいんだ」
⭐︎
エアリスに煙の魔法で城壁の外へと出してもらう直前、俺は自分の考えを彼女に伝えた。
フィンフィエが失踪した理由に関しては、いくつかの推測が立てられるが、まずなによりも先に連続殺人事件に巻き込まれた可能性を潰しておきたい、と。
それを聞いたエアリスは、いつもの空返事とは違って、はっきりと「わかった」と答えた。
誰だって「殺人」という言葉を前にしたら、緊張する。彼女が狂人でないのならそれで十分だ。
王都内はエアリスに任せ、俺は単独で事件を追う。
なんでも一連の事件の犯人を目撃したとされるドランビィという兵士は、現在王都の外にいるとのこと。
ただ、辺りを見渡してみても、それらしき人物は見当たらない。となれば、すぐ近くにある木立の中にいるのだろうか。
迷っている暇はない、行こう。
そう意気込み、踏み出したそのときだった。ちょうど目の前の茂みがガサガサと揺れ動き、そこから間もなくしてそれは姿を現した。
魔法を扱える俺としてはまだ猿とか熊のほうがよかったと率直に思う。まさか茂みの中から果物らしき物体を手に持った野蛮人が出てくるとは。しかも見覚えがある。
「ドランビィってのはお前のことか……?」
どう見ても相手は年上なのだが、この状況においては礼儀の必要性が微塵も感じられず、勢いだけで俺は声を掛けた。
「ああ、そうだが、オレになんか用か?」
……やはりこいつか、こいつなのか。
草で隠した腰回り以外の素肌を剥き出しにした男。昨日、城門前で門兵にいじめられていた男。そして、フィンフィエの行方に関しての鍵を握っているかもしれない男。
「訊きたいことがある」
「ちょっと待て。お前がその手に持ってるのって……」
「ああ、これか?」
俺は右手に握り締めていた長細い物体を掲げて見せる。
「その柄の傷……間違いねえ。オレの剣だろそれ」
「あとこれも」
すかさず背負っていた麻袋を自分の腹の前に移動させる。
「ん? なんだそれは」
「お前の服一式だよ」
「おお、ありがてえ」
そう言うと、ドランビィは片腕10本分くらい空いていた距離を一気に詰めてきた。
これらは、俺がエアリスに頼んで取ってきてもらった物だ。問題の保管場所については、俺の予想どおり城門そばの門番所の中にあったとのこと。
個人的には徒労であってほしかったのだが……。自分の勘の鋭さがときたま憎く感じる。
ドランビィは俺から麻袋と剣を受け取ると、すぐさま身につけ始めた。
「すでに知ってるみたいだが一応。オレはドランビィ、年は18だ。お前は?」
「俺はライノ。年は……16」
ふたつ上なのか。まあ、だからといっていまさら礼儀を改める気はさらさらないが。
「なんでかはよくわかんねえけど、さんきゅーなライノ。それで、訊きたいことってなんだ?」
「ああ。王都で起こってる連続殺人事件の犯人を見たっていうのは本当か?」
「ふ、なんだそのことか。てかお前、昨日城門前にいた旅人かなんかだよな? なんで関係のないヤツが嗅ぎ回ってんだ?」
推測の域を出ていない以上、関係があると断言はできない。でも、そんな事情こそ関係がない。
「実は旅の仲間がひとり失踪しちゃって、どこを捜しても見つからないんだ。だから、もしかしたらって……」
「ほーん、なるほどな。そりゃ大変だ」
すると、ドランビィは少し考えるような素振りを見せたのち、ドサッと地面に座り込んだ。
「お前、戦えるのか?」
「ん、まあ一応」
「強いか?」
「時と場合によっては」
「そうか」
はて、いったいなんの確認だったんだ? あーいや、おそらく犯人と遭遇したときのことを言っているのだろうな。
「お前も座れ。服と剣を取り返してくれた礼に全部教えてやる。ただ、もし犯人を追うんならオレも同行させてもらう。いいよな?」
「……わかった」
純粋に俺の身の安全を憂えているのか。それとも別の理由がなにかあるのか……。
「オレが居合わせたのは、2人目の被害者が殺された直後の現場だ。当然犯人もそこにいた。兵士としてオレは現場から立ち去った犯人のあとをこっそりと追跡したんだが……オレ自身隠密行動が不得手なこともあって、尾行はすぐにバレちまった」
ドランビィはひと呼吸置き、続ける。
「問題はここから、犯人が街の外に向かって全速力で走りだしてからだ。城門にはふたりの門兵がいたんだが、驚いたことに犯人はそのふたりの兵士をものの一瞬で伸しちまったんだ。深夜で灯りも少なかったから、具体的になにをしたのかはわからねえ」
……魔法か。もう驚きはない。
「とにもかくにも、オレは追えるところまで追おうとした。だが、街を出てすぐ、全身に激しい痛みが走って、意識を失っちまったから、それ以上の情報はねえ。一応、気を失う直前で記憶が曖昧ではあるが、犯人は街から西に逃げていったような気はする」
ふむふむ。
「えーっと……で、犯人はどんな見た目だったんだ?」
「……さあ。顔は布みたいなのをかぶってたからな。背丈はまあ、オレとあんま変わんなかったと思う」
ん? 今、なんで一瞬目を逸らしたんだ……?
「てか、なんでお前は王都を追い出されたんだ? 目撃者っていう事件の重要人物をぞんざいに扱うとは思えないんだけど」
そう俺が問うと、ドランビィの表情がやや険しくなった。
「みんな、オレの話を嘘だと思ってる……ただそれだけだよ」
「ふーん」
こいつ、さてはなにか隠してるな。
とことん詮索してやってもいいが、それによって関係が悪化するのはなかなかにまずい。ここは我慢が合理的か。
俺はすっと立ち上がる。
「とりあえず、街から西の方角に進んでみよう。なんらかの手掛かりが残っているかもしれないし」
「ああ、そうだな」
謎は増えていく一方だ。でも、それでも俺は前に進むしかない。今の状況において停滞は他人の不幸を好むようなヤツらを喜ばせるだけでしかないのだから。




