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第33話 ラーディックロック-4


 ひとりぼっちの朝。いつも決まって俺より先に起きていたフィンフィエは当然この部屋にはいない。


 長く続いた「当たり前」が途切れると、どうもその途絶部分を指で触りたくなる。取るに足らないならそれでいい。危機感を覚えるなら、ひとまず眠気を吹き飛ばす。


 あの少し甘ったるいおはようの声は、あってもなくてもいいもの。そのはずだ。


 俺は、顎関節の辺りから無意識に鳴ったポキッという音とともにベッドから降りる。


 仮に起床早々、寂寥(せきりょう)感に襲われているとしても、そんなのフィンフィエがいる真下の部屋に行けばいいだけの話だ。


 きっと今日も(せわ)しなく動き回る1日になると思う。だからこそ、不要な感情はこの部屋にしっかりと置いていき、帰ってきたときに思わず踏み潰してしまうくらいの心持ちでいたほうが絶対いい。

 絶対……いい……。


 ⭐︎


 しかし、困ったな。しばらく待っていれば、フィンフィエが起こしに来ると踏んでいたのだけれど……。俺のほうから女性の部屋に赴くというのはどうも気が引ける。昨日のは例外として。


 よし。今からするノックは、さながら火災を知らせるかのような大きさで行おう。でないと、俺の尊厳が燃える。


 ――ドンドン。


「は、入っていい……?」


 ……返答なし。というか、物音ひとつすら聞こえない。まさかまだ寝ているのか?

 外の明るさ加減からして、いつもよりもずっと早く起きたというわけではないはずなのだけれど。


 ――ドンドン、ドンドン。


「入るからね」


 致し方なし。(きびす)を返すのは論外。こんな場所でもじもじするのだって当然嫌だ。

 

 たとえ着替えの真っ只中(ただなか)に出くわして、こっぴどく怒られたとしても、そのときはまず申し訳なさそうな顔をつくってから、次にひと言謝ればいいだけのこと。懸念するまでもない。


 ドアノブを握る。そこはかとない緊張感。実に鬱陶しい。もうなるようになれ――。


 入室してすぐに目を向けた先は、もちろんベッドの上。いる。そこには綺麗(きれい)とは言いがたい寝姿勢をしている女の子が確かにいる。


 だがしかし、確認できたのはそのひとりだけ。そう、肝心のフィンフィエがいない。


 散歩とかか……? いや、ないな。エアリスならまだしも、フィンフィエがそんな身勝手な行動を取るとは思えない。書き置きがあるなら別だが、今のところはそれも見当たらない。


 そもそも、俺の知っているフィンフィエは早朝に散歩をしたりしない。


 とりあえず、先にこの寝坊助を起こすか。


「おい、起きろエアリス」

 

 下腹部をわずかに露出させた少女の体を、俺は容赦なしにぐらんぐらんと揺らす。


「んん……なになに……だれぇ……?」

「フィンフィエがどこ行ったか知らないか?」

「んー? あ、ライノにいだ。ふ、懲りずにまた侵入したのお?」

「んなことはどうでもいいから、フィンフィエは?」

「え? フィンねえ? フィンねえなら……あれ? いない」

 

 目元を指で(こす)りながら部屋を見回すエアリス。それらの言動からして、彼女の口から有力な情報が出てくることはなさそうだ。


「俺、ちょっと捜してくるから、エアリスはここで待ってて」

「え、ウチも行くよ」

「いい。誰かが待ってないと入れ違いになるかもしれないだろ」

「そんなの、書き置きを残しとけばいいじゃん」


 ああ、なんかイライラする。エアリスの態度がどうとかってわけではなく、なんでもかんでも最悪を想定してしまう自分が中心にいて、それなのにもかかわらず、くだらない結末を期待している奥底の自分と摩擦が生まれている。

 でも、それを目の前の少女にぶつけたってしようがない。なんの意味もないし、そもそも彼女にこれといった非はない。


「……お願いだからここにいて。エアリスまでいなくなったら手がつけられないからさ」

「うーん、わかったよ。じゃあ、せめて宿屋の周りだけでも捜させて?」

「まあ、それくらいなら」

 

 過度な制限は逆効果か。こいつの場合は特に。


 エアリスに関してはこれでいいとして、問題のフィンフィエだが――やはり彼女が自らの意思でいなくなったとは到底思えない。


 とすると、昨日の夜のあいだになにかがあった。そう考えるほかない。


 道理に従っただけとはいえ、それによって生まれた空白が俺を苦しめる。埋められるのはこの世でただひとりのみ。


「なあエアリス。昨日の夜、なにかおかしなこととかなかったか?」

「おかしなこと? んー、なにもなかったと思うけど」

「じゃあ、俺と別れてからすぐ寝た?」

「あーいや、ちょっと夜更かししたかな」

「なにしてたの?」

「えっと、眠くなるまでフィンねえの魔法の練習を見てた」


 不用心な。この街で魔法を使用するということがどれほど危険な行為であるのかを昨日教えたばかりなのに。

 

「理由もなく魔法を使うなって言ったよな」

「それ、言う相手ウチじゃないでしょ!」


 はあ……まったく、どいつもこいつも危機感がなさすぎる。でも、あれか。魔法のあれこれを知っているのにもかかわらず、そのすべてを話していない俺にも責任の一端はあるのか。


 いずれにしろ、これで極楽とんぼの影が目の端にチラチラと映ることはない。


 最悪のケース。昨夜の魔法の練習が魔法使い(マヴィルギー)に対して恐怖の念を抱く者の目に入り、就寝したあとで連れ去られてしまったという可能性。

 

 その場合、もしかしたらフィンフィエは異端審問に掛けられたのち、公開処刑されてしまうかもしれない。


 まあでも、公開処刑ともなると、こちらとしてはいくらでも対処の仕様があるので、正直ありがたいとも思えるが。


 よって本当に最悪なのは、例の連続殺人事件に巻き込まれた可能性だ。だが、フィンフィエは誰がどう見ても小柄な少女。万にひとつとしてありえない。

 屈強な男がたまたま3人連続で狙われただけとかではない限りは。

 

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