第32話 ラーディックロック-3
宿屋に着いてすぐのこと。エアリスが突然思い出したかのように「買いたい物がある」と言い出し、案の定フィンフィエはそれについていってしまった。
これから先、しばしば起こり得そうな嫌な出来事だ。いっそフィンフィエとエアリスの仲を引き裂いてやりたい。
ただ、そんな中でもいいことがあった。なんとエアリスがそこそこの大金を突然俺に渡してきたのだ。それも「路銀の足しにしていいよ」というありがたいお言葉とともに。
しばらくは食べる物に困らなそうなほどの大金をいったいどうして13歳の少女如きが持っていたのかというと、彼女曰くニノーチェスの人たちからもらったとのこと。
もちろん最初はその発言を疑ったが、冷静にエアリスと街の人とのやり取りを思い返してみると、心ならずも腑に落ちる側面はあった。
もしかしたらこのお金は旅立つ少女の安全を願う餞別として渡されたものなのかもしれない。あるいは盗賊団から取り返した分のお礼とか。
まあなんにせよ、今の気分は上々。これでようやく宿をふた部屋借りることが叶ったのだから。小物袋の中にあるお金を事あるごとに数える習慣ともいったんはおさらばだ。
魔法について記された紙の角を指の腹でいじりながらフィンフィエたちの帰りを待つ。場所は彼女らが一緒に寝る予定の部屋。
これは決して劣情が湧いたゆえの行動ではない。ただただ無事に宿に帰ってこられたのかをいち早く確認するためだ。きっとフィンフィエならわかってくれるはず。
「…………魔法使いは災厄の禍根か……」
否定する気はさらさらない。実際問題、俺の人生は魔法によって無茶苦茶にされている。
仮に魔法使いを排斥する運動がこの王都で生まれ、それが今後強まる一方だとするのなら、なおさら魔法が使えることをひた隠しておいたほうがいいだろう。
今までどおり。さして難しいことではない。
――ん。ふたつの足音が近づいてきている。思っていたよりも全然早い帰着。であるなら、イライラしている演技を見せつける必要はないか。
やがてドアが開く。先頭はエアリス。
「あれ? こっちがウチらの部屋じゃなかったっけ?」
「いや、合ってるよ。ただ街の雰囲気が物騒だったから心配で待ってただけ」
「……ふーん、そっか」
半信半疑のような反応をするエアリスではあるが、想定の範囲内なのでまったく問題なし。肝心のフィンフィエは――よかった。ほほ笑みながらこちらに近寄ってきている。
「ただいま」
「おかえり。危ないことに巻き込まれたりしなかった?」
「うん、特になにもなかったよ。あ、でもね、よくない話を街の人から聞いたの」
つい食いつくのも致し方ない話題。けれど、俺の口よりもエアリスの割り込みのほうがわずかに早かった。
「そうそうっ! 聞いてよライノにい。なんでも連続殺人事件が起こってるらしいよ」
「え……それって今いる王都の中での話?」
「うん。ウチらがすんなり入れなかったのは、たぶんそれが原因だよ」
……なるほど。エアリスたちが聞いた話が真実なら、門兵が素性の知れない者を拒んだのにも納得がいく。
「連続って、被害者はどれくらいいるの?」
「今のところは3人だってさ」
まださほど多くはない――そう思うのははたして不謹慎なのだろうか。
「ほかになにか聞いた?」
「うーん、あとは例の魔法使いがどうとかばっかりだったからなあ。……煙たがられてるマヴィルギーってさ、やっぱりウチらのこと、なんだよね……?」
俺らが噂になっている魔法使いであるという認識はすでに共有済み。この王都にいるあいだは特に秘匿すべき肩書きだということも。
「まあでも、人前で魔法を使ったりしない限りはバレようがないから大丈夫だと思うよ」
「あーいや、別に不安がってるわけじゃないよ。ただ、もっとかわいい感じがよかったなってだけ」
なんだよ。心配して損した。
俺はおもむろに椅子から立ち上がる。この部屋での目的は成された。まだ日が落ちるまでは少しばかりの時間がある。
「ちょっと俺、外行ってくる」
「え? なにしに?」
容易に推し量れるであろうことをフィンフィエが訊いてくる。
「情報収集」
「私も一緒に行くよ」
「いいーいい。今日のところはもう宿の周りでしかしないからさ」
なにか言いたげな表情は見ないふり。フィンフィエだけならまだしも、エアリスがついてくるとなると話が変わってくる。
俺は「気をつけてね」と「いってらー」というずいぶんと毛色の違うふたつの見送りの声を聞いたのち、部屋を出た。
いつぞやの緊張感が恋しい。
⭐︎
イファナの目撃情報は言わずもがなとして、早急に収集すべき情報はふたつ。
ひとつはこの王都で起こっているという連続殺人事件について。無論、正義のためなんかではなく、イファナが関与している気がしてならないからだ。
そして、もうひとつは魔法のあれこれを広めた発信源について。
どこぞのバカが適当に言ったのがたまたま当たったとはとても考えられないので、噂の出どころを辿る意味は十二分にあると思われる。
……しまったな。だったら、あの紙を頒布していた少年に接触しておくべきだった。一応、今から見に行ってはみるが、おそらくもういなくなっていることだろう。
なら、まず先に――
「すみません」
「はい?」
出会い頭に声を掛けた相手は、すらっとした長身に清潔感が漂う短髪の男性。彼が几帳面な性格をしていることは身だしなみを見ればすぐにわかる。勝手ではあるが、いかにも物知りそうだ。
どうか見込みどおりであってくれ――。
「ちょっと訊きたいことがあるんですが……」
「ああ、なんでしょうか?」
男は困っているなら助けますよ、みたいなほほ笑みを向けてくる。あまりにも紳士すぎるとそれはそれで話しづらい――とは言ってはいられない。
「ここ最近起こってるっていう殺人事件について知りたくて……」
「ええと、その前にあなたは……?」
「あ、えっと、今日来たばかりの商人です……まだ成り立てですけど……」
苦し紛れの嘘。詮索は頼むからやめてほしい。今日はもう色々あって頭が回らないんだ。
「…………なるほど。私も知っていることは多くないですが、それでよろしいなら」
……ふう、及第点といったところか。きっとフィンフィエが隣にいたらまた違ったんだろうな……。
「構いません。あくまでも興味本位なんで」
「そうですか。では、まず、被害者3人の共通点は知っていますか?」
「いや、知らないです。教えてください」
一番気になるのは遺体の状況ではあるが、共通点があるのならばそちらも聞き捨てならない。
気品のある男は俺の関心をより惹きつけるかのような間を置き、そして――
「3人の被害者は一様に屈強な肉体を持った大男でした。もちろん、いったいどうして体の大きい男性ばかりが狙われているのかは私にはわかりかねますが。ただ、今この王都が大きく揺らいでいる要因のひとつなら明確です」
「と、言うと?」
「実は最初の被害者は騎士団の団長だったのです」
聴かされる情報はどれも歪な形をしていて、どうもすんなりと入ってきてはくれない。
でも、どうだろう。まだ偶然の可能性はあるにはある。というのも、自分の肉体に自信を持っているヤツは得てして群れないがゆえ、狙われやすいと個人的に思うからだ。
まあ、4人目も偉丈夫だったら、さすがに認めざるを得ないけれども。
「ほかにはありますか……?」
「あと知っているのは現場の場所ですけれど、今日来たばかりなら口で言ってもわからないですよね」
「あ……はい」
とりあえずは十分か。見ず知らずの人を長く引き留めるわけにもいかないし。
「ありがとうございました。おかげで今夜はビクビクせずに済みそうです」
そう言うと、目の前の男はフッと笑った。おそらく俺の大柄とは程遠い体格を見て。
「ああ、そうそう。犯人を目撃したって言っていた人をひとり知っているのですが、よければ名前を教えましょうか?」
ほお……そんなの決まってるじゃないか。
「ぜひお願いします――」
――――宿に戻るまでのあいだ、忘れないようにすべく頭の中で反芻する。ドランビィ――それが連続殺人事件の犯人を目撃したとされる者の名前だ。




