第31話 ラーディックロック-2
王都内に難なく侵入できた俺とフィンフィエ。煙が運んでくれた先が家屋の裏手だったおかげで、第三者から奇異の視線を向けられることはなかった。
まずはエアリスと合流を――とフィンフィエの表情が訴え掛けてきている。
まあ、そうすべきか。エアリスをひとりにするのはなにかと危険なわけだし。それに転送される間際に聞いた悲鳴のこともある。
よって次なる行動は即決した。予想もしやすい。どうせあの邪魔な門兵たちを魔法でどうにかするのだろう。なら、こうして休憩を兼ねて城門の近くで待っているだけでいいはずだ。
――ああ。まさしく今、それが行われたようだ。かわいそうに。大の男ふたりが熱烈に抱き合っているではないか。
もちろんその隙をムダにしない少女がするりと通り抜けるようすも視界に映る。
最初からそれでよかったんじゃ――いや、今現在、街の人らの視線が城門に集まっていることを踏まえると、あれはあれで悪くなかったのかもしれない。
「待っててくれなくてもよかったのに。でも嬉しい」
小走りで寄ってきたエアリスはフィンフィエに向かってそう言い、今度は女同士の甘い抱擁を見せてくる。
「さっきエアちゃんの悲鳴みたいなのが聞こえたけど、なにかあったの?」
「あー……大したことじゃないよ。ただ変態に襲われそうになったってだけ」
「それって――」
「あーあー! 思い出さなくていいよあんなの。それよりもさ、早く観光しようよっ!」
俺はすかさずカチンと来たがゆえの一撃をエアリスの後頭部に放つ。手加減したとはいえ、いい音が鳴った。
「いったっ!! なに!?」
もはや説教を垂れるのも面倒くさいので、ここは無言の圧だけを掛ける。すると、すぐにエアリスはハッとした。
「うそうそ、うそだよー。イファナを捜すんでしょ。ささ、人がいっぱいいるところに移動しよ!」
……ほんとに協力する気あんのかよこいつ。
あと、フィンフィエも一瞬残念そうにしたのバレてるからな。
⭐︎
「わあーでっかいお城だねー」
想像を優に超える荘厳さと常軌を逸した存在感を放つ白亜の王城。
人が一から造ったものとはとても考えられず、空から突然降ってきた謎の構造物と言われたほうがまだ納得できるほどの衝撃を受ける。
エアリスの「でっかいお城」とかいう浅薄な感想から滲み出る彼女の稚拙さがいつもより際立っているのは、きっとあのお城のせいだろうと本人の後ろで強く思う。
「1日だけでいいからあそこに住んでみたいなー」
俺にバカにされているとは露知らないエアリスが望み薄な願いを呟く。
「お姫様として?」
くだらない夢想に付き合うフィンフィエ。
「とーぜんっ。あーでも、フィンねえって庶民として生まれたお姫様って感じするし、ウチよりも全然ドレスとか似合うと思うなあー」
「えーそうかなー。えへへ、ありがとう」
それ褒めてるか?
まあ、お姫様かどうかは本物のお姫様を見たことがないからなんとも言えないけれど、でもそんじょそこらの少女と比べて頭一個抜けて華があるのは間違いないと思う。
――って、そんなことはどうでもいいだろうが。やっとの思いで王都まで来られたんだ。さっさと聞き込みをせねば。
「見つけ次第処刑するべきよっ!」
「じゃあ最近起こってるあの事件って……」
「おいお前ら、この街に悪魔がいるぞー!」
「私の貯蓄が減りに減っているのもそいつらのせいね、絶対」
「ねえ、あの人なんか怪しくない? 一度捕まえてみるべきだわ」
なんだか騒々しいな。いくら人が多いといえどもこれはさすがに……。
人の数が多いのは、望んでそういう場所に赴いたから当然として、飛び交う声に怒りや困惑、猜疑などといった感情が込められていることがどうも気になった。
明確な扇動者がいるわけでも、同志で小集団を形成しているわけでもない。単に、道行く人々が無視できないなにかによって引き寄せられたと表現するのが一番近いと思う。
そのなにかというのは、おそらく皆揃って手に持っているあの1枚の紙。
お。ちょうど物腰柔らかそうな好青年が前から歩いてきている。ちょっと訊いてみるか。
「あの、すみません」
「ん? なんだい?」
「あれって、なにを騒いでるんですか?」
青年は流し目で後方を見やったのち、鼻で笑った。
「ああ、これだよ」
そう言って差し出してきたのは、しばらく手持ち無沙汰だった俺の関心がついつい惹かれてしまった例の物。
「なにそれ見してー」
俺は人々の口の端に掛かる紙に顔を近づけようとしたが、それよりも先にエアリスの頭が脇の下から勢いよく飛び出してきた。
そのようすを見てか、青年が笑う。今度はよく似合う晴れやかな笑顔で。
「あげるよ。俺はこういうのあまり信じないたちだからね」
……うっ、どうしよう。正直ご厚意に甘えたいところではあるが、チラッと青年の後方に視線を向けると、この紙が金銭によって取引されているようすが目に入る。
初対面の相手からタダで物をもらうのはちょっとな……。
「えっと……お金、払います」
「いいよいいよ。たかだかストク銅貨1枚だけだから。それじゃ」
青年は手に持っていた紙をやや強引に俺に押しつけると、騒動に足を掴まれていたことが相当嫌だったのか、さっさと歩いていってしまった。
銅貨1枚…………ならいいか。
申し訳ない気持ちは一気に縮小していき、それこそ銅貨1枚分の価値くらいまで小さくなっていった。せめてあの青年の幸せを祈ろう――銅貨1枚分の祈りを。
俺は意図せず手にした紙をエアリスが見えやすい高さで持ち、いつの間にか右肩に張りついてきていたフィンフィエにもそれなりの配慮をする。
「魔法使い……」
背筋がゾワッとした。知る由はないはずの単語を呟いたのは、わずかばかり先に目を通し始めていたエアリスだった。
自ずと速読となる。
そこには、俺の認識とほとんど差異のない魔法の概念と、それを扱う者の呼称が畏怖交じりの言い回しで記されていた。
そして締めくくりは、この世のあらゆる災厄はその魔法使いが禍根であるという謂れのない文言。
先ほどの青年はこの内容を軽視していたが、俺には到底無視できるものではない。
――魔法を安易に人に見せてはいけないよ。
その訳がここに来てようやく垣間見えた。




