第30話 ラーディックロック-1
足の裏が悲鳴を上げたのはもうずいぶんと前。疲労が蓄積していくにつれて口数は当然減っていく。無論、俺だけに限った話ではない。
フィンフィエは「はあ」とか「ふう」とか息を漏らし、エアリスは「あと10歩……追加であと5歩…………本当の本当にあと10歩……」と自分を鼓舞しているのかどうかもよくわからない言葉を発し続けている。
ただ、いまさら「休憩」を口にする者はいないだろう。なぜなら目的地はもうすぐ目の前に見えているのだから。
そうだな。あと40歩といったところか。
ニノーチェスとは比にならない規模の城塞都市ラーディックロック。城壁は正面からでも、とびきり分厚いであろうことがひしひしと伝わってくる。
さすがは王都だ。
「――勘弁してくれよお。せめて、せめて服だけはっ!」
城門前。ひとりの門兵の足元で土下座をしている男がいる。しかもなぜかパンツ一丁で。
僧帽筋、広背筋、三角筋。ほぼ全裸男は、大半の男性が羨む筋骨隆々の肉体美を持ち合わせているものの、その格好と情けない声のせいでせっかくの筋肉が赤っ恥をかいていた。
ひとまず耳を傾けてみるか。
「お前がいくら注意されても言うことを聞かなかったのが悪いんだろ」
「だからって、身ぐるみを剥ぐのは違うだろうが!」
「これも命令のうちなんだよ」
「ちっ……どいつもこいつもほんとごみだな――どああっ」
あ。憎まれ口を叩いた土下座男はパンツまでも脱がされてしまった。
「て、てめえ、ふざけんなっ!!」
「これが最後通告だ。斬られたくなかったら、とっととここから去れ」
「嫌だ! 服を返してもらうまでは絶対に動かん!」
「ふん、面白い。いつまで耐えられるか見ものだな。おい誰か水持ってこい」
……うーん。街に入るためには「あれ」を横切らなければいけないというなんたるお出迎え。
ふと横を見ると、エアリスがフィンフィエの目元に手をかぶせていた。
「なにしてんの?」
「いや、あんなのどう捉えても目の毒でしょ」
……自分はいいんだ。
フィンフィエはフィンフィエで、のんきに「手、冷たーい」と言いながら白い歯を見せている。
まあなんにせよ、引き返すだなんてことは万が一にもありえないので、俺はできるだけ衆目に晒された屈強な肉体を視界に入れないようにしながら歩みを進める。
そして、顔を前に向けてさえいれば裸体を見ずに済むところまで到達すると、言い争っていた者とは別の門兵によって進行を止められた。
「旅人か?」
「あ、はい」
「すまんな。今は立ち入りを制限しているんだ。だから一介の旅人じゃあ中には入れられない」
「え……」
まさかの門前払い。もちろん、そう簡単には引き下がらない。
「どうして制限が掛かってるんですか?」
そう素直に訊くと、門兵の男はなんとも渋い表情を見せた。
「んー、俺の口から言うのはちょっとなあ……。あ、次出てきた商人にでも訊いてみてくれよ。止めはしないからさ」
「わかり、ました……」
困ったな。「あれ」のそばで立ち往生するだけならまだしも、王都に入れないとなるのは非常にまずい。
とりあえず、ふたりに相談を――
「こっち見んな変態っ!」
突然響いたエアリスの罵声。その矛先はわざわざ確認するまでもないだろう。
まったく……。もしかしたら、今後遭遇しうる面倒事を避けるために、口枷の購入を検討したほうがいいのかもしれない。
「はあ? 変態はこんな堂々としねえだろ」
そのきつい口調の応答に反応するように、俺は土下座男の顔を見た。
栗色の髪に思いのほか甘い顔立ち。首から下のたくましい肉体のせいなのか違和感がすごい。
まるでゴリラの体躯と猫のかわいいお顔が合体したみたいだ。
あと、膝立ちで腰に手を当てた体勢でエアリスを睨みつけているため、イチモツが丸見えである。確かにそこまで胸を張られると勇ましくも見えてくるが。
エアリスの感想はいかほどに――
「……まじできもい」
無念。
「もう行こっ。こんなところにとどまってらんないよ」
依然としてフィンフィエの視界を奪っているエアリスがこちらを見ながら言う。
「いや、でも……」
「大丈夫っ、ウチに任せて!」
任せてって…………ああ。なんとなくだけれど、なにをしようとしているのかわかった気がする。
⭐︎
城壁沿いを一心不乱に進むエアリスとそれにただただついていく俺とフィンフィエ。自分のことながらどう見ても怪しいと思う。もし衛兵に声を掛けられでもしたら、エアリスという尻尾を切って逃げよう。
しばらくそんな追随するだけの時間が続き、そして唐突にエアリスが壁に顔を近づけたことで不審な行動に区切りがつく。
「ここからなら行けそうー」
経年劣化なのか、施工不備なのか、自然災害によるものなのか、エアリスの鼻の先には小指2本分くらいの穴が空いていた。
要は、煙の魔法を使って俺とフィンフィエを街の中へと飛ばすつもりなのだろう。
エアリスが巡らしている策が自分の予想しているものと合っているのかどうかは特に確かめずに、俺は話を進める。
「お前はどうすんだよ。自分自身は移動させられないんだろ?」
「ウチはー、まあうまいことやるよ。正直、忍び込むことに関して言えば、ライノにいたちはお荷物だからねー」
「あ、そうですか……」
えらく便利な魔法が備わってよかったですね。であるならきっとこれからの旅路で大いに役立ってくれるに違いない。
そんなくだらないことを思い浮かべているうちに、俺とフィンフィエの体は薄灰色の煙に包まれた。
「――ぎゃー!! なんでいんのー!? こっちくんなー!」
ん? なんだ今の悲鳴は……?




