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第25話 ニノーチェス-1


 ニノーチェスに着くまでのあいだ、俺はそよ風でなびく赤髪と黒髪を眺めながら物思いに(ふけ)っていた。主に「エアリスを旅に同行させるかどうか」について。


 感情論で言えば、もちろん否だ。しかし、彼女に宿った魔法の特性に着目すると、どうも考えが揺らぐ。


 俺とフィンフィエの魔法は、一度相手と距離を取りたい場面においてめっぽう弱い。その点、エアリスが仲間にいれば、当該の弱点を補完できると言えるだろう。


 おそらく俺の最大の敵となるのは、あの少なくとも2種類の魔法を扱える蛇もどきだ。さらには魔女となったイファナと交戦する可能性だって十分ありうる。

 

 やはりここは戦力を増やしておくべきなのか……。


 目の前を歩くふたりの少女。頭1個分小さいエアリスが、またフィンフィエの腕にしがみついている。


「おいエアリス、フィンフィエの負担になるからいいかげん離れろよ」


 そう言うと、エアリスは首を回し、横見でチラッとこちらを見てきた。


「んー? フィンねえは離れてほしいの?」

「えーっと……実は私もくっつくのは安心するから好きっていうか……」

「だってさー!」

 

 ほんとイライラすんなこいつ。


「ライノにいも真似(まね)すれば? フィンねえの腕、余ってるよ?」

「いや、いいよ」

 

 すれ違った商人に白い目で見られたくないし。


「あ、フィンねえ。今、残念そうにしたでしょ」

「し、してないしてない。さすがに両手が塞がったら困るもん」

「じゃあウチとライノにいで交代制にしよっか」

「いいーいいー。あっ、ほら、なんか見えてきたよ」


 あからさまに話題を()らしたフィンフィエの指の先――たいそう立派な城壁がこれでもかというほどの存在感を放っていた。


 どうやら目的地であるニノーチェスに着いたようだ。

 

 この街でやることは、パネアドノのときとおおむね変わらない。ただただイファナの目撃情報を訊いて回るだけ。


 違いがあるとすれば、エアリスにフィンフィエを任せれば手分けをして情報収集ができるという点だ。


 異郷の地でのフィンフィエとの別行動はなにかとそわそわするため、今までは極力避けていたのだが、魔法使い(マヴィルギー)がふたり一緒にいる場合においてはそれも杞憂(きゆう)となるだろう。


 なんだかエアリスを旅に同行させたほうがいい理由ばかり見つかっている気がする――。


 城門前。さてさて街の景観はどんな感じかな。


 ふと湧いた小さな好奇心。しかし、それはすぐさま消えることとなった。より正確に言うと、尋常ではない大きな音によってかき消されたのだ。


 その音は城壁の中から。


 目を丸くしたフィンフィエが真っ先に俺の反応をうかがってくる。エアリスは――すでに前傾姿勢をとっていた。


「ごめん、ウチちょっと見てくるっ!」

「エアちゃっ……あ……」


 フィンフィエの呼び声は空を切った。


 さすがの俊足。つい昨日まで盗賊団と追い掛けっこをしていただけはある。

 

 もしここがララカ村だったら、きっと俺も負けず劣らずの速さで駆けだしていただろう。街の中から聞こえてきた音というのは、それほどまでの衝撃音だったのだ。


 フィンフィエと再び目が合う。

 

「ライノ、私たちも行こっ!」

「え、ああ、うん」

 

 俺が棒立ちしていたからか、フィンフィエはその言葉とともに手を差し出してきていた。


 とはいえ、手を(つな)いだ状態で街中を疾走するわけにもいかないので、俺はフィンフィエの手をポンっと軽く触れるだけしてから、足を動かした。


 ⭐︎


 ニノーチェスは石造りの街並み――感想がそこから発展することはなかった。別に損をしたとは思っていない。俺の景色に対する興味というのは、ただひと息つくときのお供でしかないのだから――。


 ちらほらと耳に入る住民たちの慌てた声が道標(みちしるべ)となり、俺たちはまったく知らない街でありながらもぐんぐんと進んでいく。


 そして、ほとんど迷うこともなくエアリスの背中を捉えることができた。彼女は現在、人だかりの縁で立ち止まっている。


 ただ、俺もフィンフィエもすぐには声を掛けなかった。それもそのはず。視界内の情報には、赤ん坊でもわかるくらいの優先順位がつけられていた。


 一番に目が行くのは半円状に群れた人々の中心にある2階建ての家屋。いや、もう平屋とみなすべきか。すでに2階部分は見るも無惨なほどまでに崩壊しているのだから。


 うーん。崩れ方がどうも気になる。まるで巨岩がどこからともなく吹っ飛んできたかのような形跡だ。しかし、そんな岩などどこにも見当たらない。


 俺はひとまず考えるのをやめて、イファナの肩を(たた)く。


「あ、ライノにいたちも来たんだ」

「うん。それよりこれは……」

「大丈夫。奇跡的にケガ人はいなかったってさ」


 あっそうか。こういうときはまず巻き込まれた人がいないかどうかを気にするのが普通か。

 

 他人なんてどうでもいい。本来そういう思考はあっても抑えるべきなのだが、どうも今の俺はその考えに心地よさのようなものを覚えてしまっている。

 うっかりへたなことを口にしなくてよかった。


「それは……不幸中の幸いだったね。で、いったいなにがあったの?」

「待って、今から訊くところだから……あっネリール!」


 そのエアリスの声に「明確な」反応を示したのはひとり――野次馬の中にいた30代くらいの痩せた女性。即刻人だかりをすり抜け、駆け寄ってくる。


「エアリス! 今までどこに行ってたの? みんな心配してたんだから」

「ちょっとした冒険に行ってただけだよ。そんなことより、ここでなにが起こったのかわかる?」

 

 はたからは親子にしか見えないのに、あたかも同世代かのように話すふたり。


「あーやっぱり知らないんだね。今、この街は未曾有の危機に(ひん)しているの。一部の住民はもう城壁沿いの家に避難したりしてて、子どもだけの外出も控えるようにって促されているわ」

「それってウチも対象?」

「あ・た・り・ま・え」


 お前は子どもも子どもだろ。見てくれも内面も。


「えーウチはもう立派なお姉さん――じゃなくてっ! もっと具体的に教えてよ」

「ふっ、はいはい。といっても、私もまだ直接見たわけじゃないから人づてに聞いたものをそのまま話すのだけれど、なんでも近郊にある森のほうから『水の塊』のようなものが飛来してきているらしいのよ」


 水の塊? 確かにここら一帯が()れてはいるけれど、たかが水(ごと)きがこれほどまでの損壊を……いや、たかが水(・・・・)ではないから、この街の人たちは困っているのだろう。


 きっと魔法。どうせ魔法。災厄に魔法は付き物。もううんざりだ。


 すると、ネリールさんの視線がエアリスの腰辺り――盗賊団から取り返した財物がまとめて入った麻袋に移った。


「ちょうど今帰ってきたの?」

「ん? そーだよ」

「じゃあ早く孤児院のみんなに顔見せてきな」

「わかってるよ。このあとすぐ行くつもりだったのっ」

 

 そう言い放ったエアリスはくるりと向きを変え、フィンフィエの目の前に立った。


「ごめん。ウチ、やることがあるからいったんここで別れるね」

「うん、わかった。なんか大変なことになってるみたいだから気をつけてね」

「……じゃあ頭ポンポンして? そしたら気をつけられるからぁ」

「はいっポンポン」

「むふふふふふふ」


 やめろ、こんな公衆の面前で。

 

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