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第24話 ポポゼア-7


 ドアを前にしてくっと伸びていた背筋が少し丸くなる。

 イファナに()うことが当面の目的であるはずなのに、中から物音が一切しないことに安堵(あんど)してしまっている自分がいる。


 その理由は明白。すでに俺の中でのイファナは恐怖の対象となりつつあるのだ。その上、魔法をこの世にもたらした元凶と考えられる、あの正体不明の蛇もどきがそばにいる可能性は極めて高い。


 敵は強大。

 たぶん今のままじゃ、なにも変えられない……。


「ライノにい? 入らないの?」


 わりと真剣に自己分析をしていたというのに、横から顔を(のぞ)き込んできたエアリスによって中断を余儀なくされた。


「入るよ。いちいちうるさいなあ……」

「うるさい!? せっかく教えてあげたのに!? フィンねえー、ライノにいが意地悪してくるー」


 はいはい、ごめんごめん。


 ここはエアリスが根城にしていた修道院から程近い2階建ての、ある廃屋。

 エアリス(いわ)く、白髪の女の子はこの家の2階の窓から顔を出していたとのこと。それもそこそこ長いあいだ。


 1階とほかの2階の部屋は、くしゃみが止まらなくなるぐらい(くま)なく探したが、その甲斐(かい)なくめぼしい痕跡は見つけられなかった。

 残すは、目の前にある一室のみ。


 すーっと深呼吸。そして、背後からする声がピーピーうるさいながらも、俺はゆっくりとドアを開けた。


「……ふう」

 

 視界に収まり切る猫の額ほどの部屋。ベッドに、椅子に、机――。調べる場所が少ないというのは、この場合喜ぶべきなのかどうか。


 とりあえずは、いっそうまとわりつく安心感を引き連れつつ足を踏み入れる。


 ふと木の床を踏むと鳴るギシギシという音が隠れたなにかを目覚めさせてしまうのでは、と案じて、つい忍び足になってしまう。


「あっ……」


 まずひとつ。痕跡を見つけた。机の天板。手でホコリを払ったような跡が確かについている。

 その払われた部分にはホコリがほとんど付着していないことから、この痕跡はそう日が経っていないと判断できる。


「ねえ、エアリス。イファ……白髪の女の子は、どんなようすだった?」

「ど、どんな……? んー、ただぼーっと空を眺めてたとしか……。あーでも、なんとなく表情は暗く見えたよ。まあこんな廃れた町にいるからってだけかもしんないけど」

「……暗い……。そばに誰かいた?」

「さあ。こうやって部屋の中を直接見たわけじゃないし」


 それもそうか。エアリスが見掛けた少女というのは、髪色と失踪時期からして十中八九イファナなのだろうけれど、いまだこれといった決め手がないのがなんとも歯がゆい。


「ライノ! これ見てっ」


 窓際にいたフィンフィエに手招きで呼ばれる。


「なにか見つけたの?」

「ここ、ここ」


 彼女が指を差しているのは、木製の窓枠の一部分。そこには自然にできたものとは到底思えない特徴的な傷があった。


 逆三角形にくっついたふたつの小さな三角形。


 ――これってもしかして、キツネの顔か……?


 深く考えず、率直に感じ取ったせいか、もうそうとしか見えない。


 イファナとキツネ――思い当たる節がある。そう、イファナとの関係が始まったのは、俺がラネイロノ森で珍しいキツネを見たと言って、彼女の好奇心をくすぐったのがきっかけだった。


 この刃物で刻みつけたような跡をイファナからのメッセージと捉えるべきか。それとも彼女とはまったく関係のない人物が面白半分で残しただけのものなのか。


 なんにせよ、気に留めておいたほうがいいな。


 ⭐︎

 

 このゴーストタウンともおさらばするときが来た。

 たった2日間で、自分の弱さと強さをしみじみと思い知らせてくれたとても素晴らしい場所。もう二度と足を踏み入れたくない。


「やだやだやだやだやだやだー」


 まあでも結果的に見れば、フィンフィエの反対を押し切ってよかったと思っている。なにせ暗中模索で始めたこの旅を、まだなんとなくではあるものの、軌道に乗せることができたのだから。


「一緒がいいー、一緒がいいー」


 …………はあ。

 地面に仰向けで寝転がってじたばたしている少女がひとり。


 できることならこのまま無視して町を出たいところだが、困惑した表情でこちらを見つめてきているもうひとり少女がそれを許してはくれないだろう。


 仕方なく、俺はフィンフィエの肩をトントンと優しく(たた)いたのち、駄々をこねるエアリスの足元に立った。


「だから次の街までは一緒に行くって」

「そのあとは?」

「まあ……うん、エアリスが想像してるとおり、かな」

「……てことはウチを仲間に入れてくれるんだねー。あーよかったー」


 わかってるくせに。


「うん、そうそう。それじゃあ早く行こうか」


 俺があしらうようにそう言うと、エアリスはひょいと起き上がり、フィンフィエの胸に飛び込んだ。もう見慣れてしまった光景だ。


「うええーん、フィンねえの弱みを握りさえすれば連れていってもらえると思ったのにー」


 弱み……?


「んんんっ?! エアちゃん!? な、なにを言ってるのかなー?」

「昨日のよるんむぉっ」

 

 残念。フィンフィエの脂肪によって発言権を取り上げられてしまったエアリス。

 そのまま窒息してしまえ。


「ら、ライノ。とりあえずさ、この件は保留にしない?」

「えー、先延ばしにしたところで、俺の考えは変わらないけどなあ」


 とはいえ、こんなしようもないことでありながら真剣な眼差しを向けてきているフィンフィエを無下にもしづらい。あと、弱みを握られていてかわいそうだし。


 俺は渋々の決断であることを存分に伝えるために、わざとらしくため息を()いてから言う。


「わかったよ。どうせニノーチェスまでは一緒なわけだし」


 もぞもぞ。すると、エアリスが締めつけからするりと抜け出した。


「ぷはあ! いやあー溺れるところだったよおー」


 こいつ、さては堪能(たんのう)してやがったな。


「ライノにい、ありがとう」

「いや、フィンフィエのためだから」

「うんうん、そうだよね。愛、だよね」

「エアちゃんっ!!」


 …………もう、なんでもいいや。

 

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