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第23話 ポポゼア-6


 あまりの早業だったがゆえ、状況を理解するのに時間が掛かった。


 眼球を潰す勢いで背後から被せられたのは、ガサガサの手。

 口にきつく巻かれたのは、舌触りからして織り目の粗い布。

 がっしりと密着して身動きを封じているのは、おそらく筋肉質な腕。


 さらにそこから、顔を無理やり上に向けさせられ、首元に生命を脅かす無機質な感触。


 背後にいるのはひとりじゃない――それだけは瞬時に理解できたからこそ、俺は安易には抵抗しなかった。


「んーんんー」

 

 横からくぐもったフィンフィエの声。まずい、早くなんとかしないと。


「おいおい、そんなに首をかっ切られたいのか?」

「んんっ! んんんん!」


 ダメだ、フィンフィエ。今は大人しくするんだ。


 魔法を使って打開すべきなのはわかっている。けれど、対象が定まらないこの状況では、フィンフィエを巻き込んでしまう恐れが大いにある。


「おーーい! こそ泥ー! とっとと下りてきなー」


 聞き覚えのある(かす)れ声。盗賊団のボスだ。


 まさか親玉が直々に、依頼を無視した俺らに焼きを入れに来たのか……?


 いや、まだごまかせる。エアリスがなにも言わずにここから逃げてさえくれれば。


 しかし、そんな希望はあっさりと砕け散る。木箱に刺さっていた連中の歓声が響いたのち、階段のほうから木材が(きし)む音がした。


「な、なにしてんの?」


 エアリス……。


「フッ、なにをしてると思う?」

 

 盗賊団のボス――あの長髪の男がそう問い返す。


「やめてよ! そのふたりは関係ないじゃん!」

「いやあ、関係あるさ。お前のためにわざわざ用意した足枷(あしかせ)なんだからな」

「あ、足枷……?」

「フフッ、すべて俺の思惑どおりさ。たまたま見つけた善良そうなガキふたりを籠絡して、同じくガキのお前と出会うよう仕向ける。

 するとどうなった? ――そう、お前は足枷たちに気を許し、足枷たちはお前に鞍替(くらが)えをした。残念だが、その時点でお前は俺の手中に落ちてたんだよ」


 ……そうか、そういうことだったのか。ごめん、エアリス。俺らが――いや、俺があまりにも軽率だった……。


「あとは足枷としてちゃんと機能するくらいまで仲が深まるのを待つだけだったんが……フッ、やっぱガキ同士つうのは、さほど時間は掛からねえもんなんだな。助かったぜ」

「……そ、そんなの、ウチが見捨てたら意味ないじゃん」

「まあ、そうだな。そのときは仕方ない。こいつらの首をかっ切ったあとで、また別の方法を考えるしかないな。ハハハッ、そうなったら困るなあ」


 いや、なんとなくわかる。エアリスは俺らを見捨てられない。こればかりは直感がそう言っている。


「んんっんっんんー!」


 フィンフィエがまた抵抗を示す。彼女のことだ、きっと「いいから逃げて」と伝えたいのだろう。


「フィンねえ落ち着いて……。もうどうするか決めてるからさ……」


 緩やかな足音が少しずつ近づいてくる。誰もそれを止めようとも、急かそうともしない。この瞬間だけは彼女が手綱を握っているのだ。


「……全部、返せばいいんでしょ――ぐふっ!」


 打撃音と無理やり押し出されたような低い声。

 

「いつまで生意気な態度取ってんだよ。お前含め全員殺すぞ」

「うっ……ご、ごめんなさい。か、返します、から……だから、ふたりは、解放してあげて……」


 きっとどこかを殴られた。きっと激痛に襲われているはず。でも、それでも彼女は俺らを優先する。胸がどうしようもなく痛い。

 

「フッ、いいだろう。ああ、ちなみに『煙』が一瞬でも見えたら迷わず殺せって言ってあるからよお、まさかとは思うが、投降したふりをして実は隙をうかがっている――なんてことはねえよな?」

「か、考えてません、そんなこと……」


 この男、抜け目がない。俺がエアリスの立場ならきっとそうしていた。


「よし、じゃあさっそく行くか。おい、女のほうはこのまま連れてけ」

「えっ、待ってよっ! 話が違うじゃん!」

 

 鈍い音。先ほどよりもいっそう激しく。


「違わねえよ。ここで解放しちまったら、骨折り損じゃねえか。それに、この女もお前と同じで奇妙な技を使うらしいからなあ、厄介者同士、お互いの人質になってもらうんだよ」

 

 聞けば聞くほど、目先の足場が崩れていく。もう生半可な選択でひやりとはできない。


「ボス、こいつはどうします?」


 頭上から別の男の声。


「ん、まあ利用価値ねえし、軽く痛めつけて、あとはその辺に捨てておけ」

「うすっ」


 ぞろぞろとした足音。遠ざかっていくフィンフィエのこもった叫び。腹に2発。背中に1発。後頭部に1発――。


 圧迫による目の痛みが引いた頃には、もう人の姿を視界に捉えられなくなっていた。

 

 お腹を押さえながらよろよろと立ち上がる。


 ……ああ、こんなあっさりと終わりを迎えるなんて思わなかった。

 

 なにがそこそこ名の知れた盗賊団だよ、バカバカしい。

 付け入る隙がない親玉? いいや、くそ間抜けだ。

 自分たちがいかに詰めが甘いのかをとくと思い知れ。


 俺は、すでに外に飛び出していた意志に追随する。


 到達地点は廃屋を出てすぐのところ。標的の集団を視界に収めるだけでよかった。


 もう伸ばした手に――人差し指に隠れてしまうほどまで距離が開いている。

 

 でも大丈夫。今の俺なら狙ったとおりに遂行できる。彼らに対する恨みがまだ生ぬるいおかげで、手には一切の震えがないのだから。


 やっぱり、悪人は見下すに尽きるな――。


 俺は、集約された魔力に合図を送った――その直後、ご主人の手を躊躇(ちょうちょ)なく蹴って飛び出す4本の「イバラ」。ぐんぐんと伸びていく先は、フィンフィエとエアリスをそれぞれ押さえている2名の男のもとへ。


 最優先は鋭利な刃物を持った手首に。その次に最も効果的に意識を()らせそうな頭に、ぐるりと巻きつかせる。同時に上がるふたつの悲鳴。さぞ(とげ)が痛かろう。

 

 たとえ彼らの目が失明しようが、口角が裂けようが、そんなのはどうでもよくて、フィンフィエとエアリスが自由の身になった姿を確認したのち、俺は声の限り叫んだ。


「走ってっ!!」


 俺のほうに向かって駆けだすふたりの少女。その奥では、アホどもが無様にも慌てふためいている。

 

 そして、エアリス――と少し遅れてフィンフィエが俺のそばまで走り切ったとき、「イバラ」が赤く染まった。


 ――やられた分はきっちりとやり返させてもらおうか。


 込めて込めて緻密に編んだ魔力は、廃れた町を刹那的に活気づけ、激しく散った。

 

 たまらず目を細める。(とどろ)く爆音と砂塵を連れた爆風。倒壊するいくつかの家屋。それらが意味するのは盗賊団の壊滅だった。


 人体が宙を舞って――いや、今のはさすがに見間違いだ……うん、絶対そう……。


 と、横から服を引っ張られる。すぐ隣にいたのは、あんぐりとした表情のエアリス。


「……や……やりすぎじゃない……?」


 いやいや、なにを言う。ヤツらは悪党だろうが。ここは正直に答えてやろう。


「うん、やりすぎちゃった……」

 

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