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第21話 ポポゼア-4


 町外れの小さな修道院。ほぼ全面が黒ずんだ石の外壁に、所々破損している瓦の屋根。黒髪の少女に連れられたのはそんな薄気味悪い見た目をしている場所だ。


 途中、「罠があるから気をつけて」と注意を促してきたわりに、どういった罠なのかを教えてくれなかったせいで、歩幅がコロコロと変わる、みっともない歩き方を強いられたりもした。


 そんなこんなあって、ようやく腰を下ろせたのは、修道院内の小ぢんまりとした一室の中だった。そこは、やけに綺麗(きれい)なベッドと、椅子が1脚だけ置いてある質素な部屋。


 フィンフィエと黒髪の少女は並んでベッドの上に、俺はボロい木の椅子に――という配置に自然となった。


 しばらくふたりの会話を聴くことにする。


「ウチはエアリスっていうの。お姉さんは?」

「私はフィンフィエ。あっちはライノだよ」


 紹介してくれてありがとう。「へえ」だってさ。


「ねね、フィンねえのさっきのあれ、もう1回見してよ」


 眉尻を下げたフィンフィエが俺の顔色をうかがってきたので、手のひらを上に向けて差し出す。


 いまさら隠したところでなんだよな……。


 許可を得たフィンフィエは、すぐさま手から角張った形状の黒曜石を生み出した。


「じゃーん!」


 なんでノリノリ……?


「わー神秘的ー。あ、ウチを守ってくれたときみたいに薄く広げたりできる?」

「うん、できるよ。ほらっ」

「すごーい! じゃあじゃあ、なんかの動物の形にしてみてよ」

「ごめん。そこまで器用なことはできないんだ」

「えー、ざんねーん」


 ……楽しそうでなにより。


 すると、突然エアリスがひょいと後転してベッドの中心へと位置を変え、仁王立ちをした。


「じゃあ、諸々のお礼にウチのも見してあげるね!」


 ウチのも……。どうやら探らずとも、エアリスが捕縛対象か、否かを自ら示してくれるみたいだ。


 彼女は右手を突き出し、ニヤリと笑った。直後、薄灰色の波がまるで長らくの我慢から解き放たれたかのような勢いで押し寄せてきた。

 あっという間に、小部屋が煙で埋め尽くされる。


 俺は反射的に口元を手で押さえたが、すぐに気づく。(せき)は出ない。目も痛くない。そもそも不快感がまったくない。魔法で生み出された煙だからだろうか。


「――窓開けてあげるねー」


 どこからともなく発せられたエアリスの能天気な声。次第に視界が晴れていく。それにしてもなんなんだろう、この大腿部に掛かったずっしりとした重みは――。


「はっ!?」

「えっ!?」


 目に飛び込んできたのは、大きなフィンフィエの顔。いや、そう見えてしまうほどに顔が近い。


 な、なんでフィンフィエが俺の膝の上に座ってるんだ!?


「んんー?!」


 状況が理解できないのは彼女も同じようで、咄嗟(とっさ)に両手で顔を覆い、鼻を慌てさせ、のけ反り、背中から床に向かって落ちていった。


 ――が、彼女の逃げはあえなく不発に終わる。俺が腰に手を回してしまったばかりに。


「あ、危ないって……」

「…………ありがと……」

 

 フィンフィエはうつむきながらゆっくりと立つ。


「あっはははははは。フィンねえ、顔真っ赤っかー!」


 ベッドの上で転げ回っている、奇怪な状況を作り出したであろう人物。


「もおおおっ!」


 そりゃ、怒るわな。

 

 とはいえ、暴力で報復するわけではなく、フィンフィエはただ頬を膨らませて、(にら)んだ。


「むうー。ちゃんと説明してくれないと許さないよ」

「するする、するよー。いひひ。えーっとねー、ウチもまったく原理とかはわかってないんだけどね、少し前から、この煙で包んだ相手の位置を自由に変えられるようになったの」


 へえ。まさに泥棒にはもってこいの魔法だな。


「ちなみになんで手から煙が出るのかもわかんない。でもでも、フィンねえもウチと一緒なんでしょ?」

「う、うん。あ、ライノもそうだよ」


 ようやくエアリスが俺に注目する。


「えっ、お兄さんも!? なーんだ、大して珍しくもなかったんだ、これ……」


 少量の煙を(くゆ)らせながら肩を落とすエアリス。

 ……珍しいはずなんだけどな。


「フィンねえは、これがなんなのかわかってるの?」

「ううん、私たちも詳しいことはさっぱりだよ」

 

 そろそろ本題に入りたいところだが、悩む。はたして、エアリスをヤツらに突き出してしまっていいのだろうか。


 暴力的な一面があるとはいえ、俺にはまだ彼女が普通の女の子にしか見えない。


 対して、エアリスを捕まえてきてほしいと依頼してきた連中は、見るからに怪しかった。

 イファナの目撃情報だって、もしかしたらでたらめかもしれない。


 うーん、ひとまず、双方の意見を照らし合わせてみるか。


「ねえ、エアリス」

「ん? なにー?」

「どうして追われてたの?」

「……さあ。求愛とかじゃない? ほら、ウチって結構かわいいし」

「人の財宝を奪ったからじゃなくて?」


 エアリスの体がびくんと跳ねる。そして、間髪入れずに手のひらをこちらに向けてきた。それは魔法使い(マヴィルギー)ならではの威嚇。


「なんで知ってるの……? や、やっぱりあいつらの仲間だったってこと……?」

「いーや、仲間じゃないよ。ただ、この町に着いてすぐ、エアリスのことを追ってた連中のひとりに絡まれただけ。えっと……ちゃんと説明するからさ、いったんその手を下ろしてくれない?」

「じゃあ、そっちが両手を後ろに回してよ。フィ、あんたもっ!」


 想定よりも強い刺激になってしまったようなので、とりあえずは要求に黙って応じることにする。


 また、同様に従ったフィンフィエのあの冷静なようすからして、彼女は俺の意図を即座に()んでくれたみたいだ。


「これでいい?」

「……じゃあ、包み隠さず全部言って」

「わかった。続きから話すと、俺らは通行料とその罰金とかいう理不尽な請求をされたんだ。しかも高額で。それで、そんな大金は払えないって言ったら、支払う代わりとしてこの町にいる黒髪の少女を捕まえてこいって頼まれたんだよ」

「ふーん、なるほどね。で、ウチを捕まえるの? 捕まえないの?」

「捕まえない、っていうより捕まえたくないって感じかな。フィンフィエもそう思うでしょ?」


 そもそもエアリスの魔法の性質からして、捕まえられないだろうし。


「うん。むしろ逃がしてあげたいって私は思うよ」

「フィンねえ……うぅごめん、疑っちゃって」


 そう言うと、エアリスは遠慮もなしに、フィンフィエの胸に顔をうずめた。


「全然大丈夫だよ。手、戻していい?」

「うん……頭()でてぇ……」


 俺はいったいなにを見せられてるんだ。


「えーっと、話は戻るけどさ、なんであいつらの財宝を()ったの?」


 エアリスは依然としてフィンフィエの胸に(すが)ったまま、顔だけをこちらに向けてきた。


「誤解だよ。ウチはただ盗られた物を取り返してるだけ」

「え? どういうこと?」

「はあ、そのようすだと知らないんだね。あいつらはね、そこそこ名の知れた盗賊団なんだよ」


 ほう。どうりで危険な匂いがしたわけだ。

 

「その盗賊団のボスは、エアリスのことをこそ泥呼ばわりしてたけど」

「……ぶっ殺す」


 お、落ち着いて。ほら、フィンフィエ。もっといっぱい撫でてあげなさい。


取り返してる(・・・・・・)ってことは、盗まれた物はひとつじゃないってこと?」

「あーいや、ウチのは形見の首飾りだけなんだけどね、せっかくだし、みんなの分も取り返してあげようと思って」

「みんなってのは……?」

「近くのニノーチェスに住んでるみんな。ウチはそこから来たの。ここまで言えばだいたいわかるでしょ」

「ああ、うん」


 危うく盗賊なんかの片棒を担いで、人情に厚い善人を陥れるところだった。


 エアリスが自分の顔面をフィンフィエの胸に数回(こす)りつける。そののち、彼女は満足げな表情とともにぽよぽよから離れた。


「ってかウチ思ったんだけどさ、なんでフィンねえたちは依頼を無視して逃げなかったの? 見張られてるわけでもないんでしょ?」


 エアリスはフィンフィエのほうを向いていたが、危ない橋を選んでしまった責任があるため、俺が代表して答える。


「実は俺ら、失踪した白髪の女の子を捜す目的で旅をしてて、それで、盗賊団のボスがその子を目撃したって言うから、仕方なく詳細を訊き出すためにとどまってるんだよ」


 ついさっきまで普通に捕まえようとしていたことはさすがに内緒にしておこう。


「白髪の女の子……あっ、それならウチも見たよ」

「えっ!?」


 ただでさえ存在価値のない盗賊がいよいよ……いや、そんなことはどうでもいい。


「頼むっ! 詳しく教えてくれ!」


 合わせた手の向こう――なぜかエアリスはニヤついていた。


「んんー? えー? どうしよっかなー」


 はあ……どいつもこいつも、なんなんだよもう。


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