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第20話 ポポゼア-3


「あいたっ!」


 外に出るや否や、フィンフィエが肘で脇腹を小突いてきた。


「むうーーー」


 案の定のふくれっ面。


「ごめんって。……まあ、自分の選択が間違っていたとは思ってないけど」


 顔を背けてぼそっとそう言うと、彼女はまた同じ箇所を執拗(しつよう)にいじめてくる。


「やめてやめて――えっ……」


 か弱い攻撃が()んだのにもかかわらず、間の抜けた声を出してしまったのは、いきなりフィンフィエが抱きついてきたからだ。それも頼りのない腕の輪っかでがっしりと俺を捕らえて。


「……怖かった」


 ああ……そうか、そうだよな。人によって感じ方は違う――そんな当たり前のことを失念してしまっていた。


 俺が覚えた背筋が伸びる程度の恐怖も、フィンフィエからすれば、生命的脅威にほかならなかった可能性だって十分に考えられる。


 それに知っていたではないか。彼女が案外怖がりだということを。


 俺はそっとフィンフィエの後頭部に手を当てた。


「ごめん。次からはちゃんと相談してから決めるよ」

「……うん」


 少しして、フィンフィエの温もりが消える。なんだか目を合わせづらい。


「えーっと……じゃあ、さっそく黒髪の女の子を探そっか」

「そ、そだね。隠れてないって言ってたし、しばらく歩き回ってれば、いつかは出くわすんじゃない?」


 え、歩き回る? バカ言え。あてもなく歩くのはもううんざりだ。


「いや、俺に考えがあるから、とりあえずついてきて」


 ⭐︎

 

 階段上に積まれた木箱を踏み台にして、屋根の上によじ登る。

 我ながら身のこなしがなんとも軽やかだ。


 そして、すぐさまあとから続くフィンフィエの腕をしっかりと(つか)んで、助力してあげる。


「んっしょ。ふう、ありがとうライノ」

「膝、汚れてるよ」

「あ、ほんとだ」


 足を酷使する未来を避けるべく、俺が瞬間的に案じたのは、隠れて待ち伏せするという至って単純な策。


 この作戦ならへたに動き回って行き違うことはまずない。疲労云々(うんぬん)を抜きにしても、得策と言えるだろう。


 さらに付け加えると、待ち伏せをする場所をわざわざ屋根の上にしたのにだって、それ相応の理由がある。

 功を奏すかはわからないけれど。


 それからしばらくのあいだ、じっと待つだけの時間が続いた。

 たわいもない話を振ってくるフィンフィエ。

 手のマッサージをしてくれるフィンフィエ。

 うとうとするフィンフィエ。


 時間が経てば経つほど、殺風景な町並みに対する不満が募っていく。

 

 集中はそう長くは続かないもの。たとえそれが第一目的に関連する事柄だったとしても。だからこそ俺は、刺激を求めて、人が歩かなそうな場所にまで視線を巡らせているというのに。


 俺だってちょっとは寝たいよ……。


 そして、自分に正直になり、あくびをしたのち、ほんの少しのあいだだけ目を(つぶ)ろうとしたそのとき――ようやく視界の端に刺激が映った。

 

 すぐさま欲にあっさりと負けた人の肩を揺する。


「フィンフィエっ、起きて」

「んあ……ね、寝てないよ」

「いいから、あそこ見て」

 

 人差し指で示した先――建物上空の空気が局所的にかすんでいるようすが確認できる。


 距離はさほど遠くない。


「なに、あれ」

「はあ……寝ぼけてるし。さっき煙について話し合ったじゃん」

「だから寝てないよお。ちょっと焦点が定まらなかっただけだもん」


 それ寝てたからだよ。


「ほら、急いで向かうよ」

「あ、待って……あじ、じびれてる」


 はあ……。


 ⭐︎


 煙が立ち昇っていた地点にある程度まで近づくと、騒々しい物音が聞こえてきた。あと、男の怒声も。


「待ちやがれっ、くそガキー!!」


 不運なことに、その怒鳴り声の主と(おぼ)しき人物が、ちょうど目の前の曲がり角から出てきた。


 当然隠れる暇なんてない。目が合ってしまう。


 たくましい上腕二頭筋。爽やかな短髪。活力に満ちた瞳。そして、それらを台無しにしているのが、全身に付着したホコリっぽい汚れ。


 まるで10年以上放置された廃墟の中を転げ回ってきたみたいだ。


「んだおめぇら。見んじゃねえよ、ぶっ殺すぞ!」


 怖い怖い。さてはこいつ、あの通行料を徴収してきた連中の仲間か? うん、口が悪いからきっとそうだ。


 とりあえず、波風立てずにやり過ごすために「ごめんなさい」と素直に言う――つもりだった。


 男が顔面に飛び蹴りさえくらわなければ。


「ぶはっ!」

 

 ほんの一瞬、人間の顔の形が(うそ)みたいに(ゆが)む光景を目にする。まあ、別に見たくもなかったけれど。


 勢いよく倒れる男。そして、そのようすを嘲笑う――黒髪の女の子。


「あっははははは、バーーーカ」


 なんともまあ鼻につく口調と声音。それが自分に向けられているものではないとわかっていても、(しゃく)に障る。


 フィンフィエよりも少し背が低く、血も涙もない少女という想像からはかけ離れ、イタズラ好きの子どもが誰からも(とが)められずに成長した果てのような女の子。

 

 すでに内心で決めつけてしまっているけれど、本当に彼女が例のこそ泥で合っているのだろうか。


 黒髪の少女が俺らの存在に遅れて気づく。

 

「あれ、珍しい。こんな場所に目が澄んでる人がいるだなんて。あ、このデカブツの新しい仲間とかじゃないよね?」


 一度、頬に手を当てて痛がっている男を見る。

 ――仲間? ふん、とんでもない。


 俺はしっかりと否定をする。


「違うよ。俺たちはただ旅の途中でふと気になったから立ち寄ってるだけだよ」

「あー! なんだー旅の人だったのかー。いいなあ、ウチもお世話してくれる人がいたら、あちこち巡れたのになあ……」


 なんかグサッと来るな……。別にフィンフィエが優秀だからといって、それに甘えきっているわけではない。それなりには手伝っているし。


 蹴り飛ばした男のことなど意にも介さないようすの黒髪の少女は、1歩こちらに近づいてくる。


「しかもお兄さん、こんな優しそうでかわいいお姉さんがそばにいるなんて、余計羨ましいよお」

「えー、かわいいって、そんな……えへへ、ありがとう」


 喜びを隠さないフィンフィエ。確かに(つら)はいいほうだ。

 

「あっ、もしよかったらウチを旅の仲間に――」

 

 俺とフィンフィエならすぐに気づけたはず。倒れていた男が音もなく立ち上がり、拳を振り上げたその姿に。


「危ないっ!!」


 咄嗟(とっさ)に動いた、いや動けたフィンフィエ。


 黒髪の少女の背後に黒い障壁が現れる。それは火を見るよりも明らか。フィンフィエは迷わず魔法を使ったのだ。


 男の仕返しは耳に障る鈍い音が響いたのち、終幕となる。よくて指骨にひび、悪くて粉砕骨折。ああして悲鳴を上げるのも無理はない。


「うわっ!」


 黒髪の少女は驚き、再び倒れた男を見下ろす。

 そして――


「不意打ちすんなボケッ!」


 男の顔面を蹴り上げた。容赦のないダメ押し。かわいそうに。

 

 とどめを刺し終えた少女は俺らの前、もといフィンフィエの前に戻ってきた。


「お姉さんすごーい! さっきのどうやったの!?」

「えっ、いや、その……」

「あ、ここじゃなんだし、場所を変えて話そっ!」


 手を握られ、半ば強引に連れていかれるフィンフィエ。


 うーん、なんだろうこの疎外感は。俺だって守ろうとしたよ……気持ちでは。


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