第19話 ポポゼア-2
案内された先は、比較的まだ生活できる状態を保っている2階建ての家屋。
うっすらとだが、人の話し声が中から聞こえてくる。自分の選択が吉と出るか凶と出るかは、この箱に入ってみないとわからない。すでに凶だと決めつけているごようすの方が背後にいるけれども。
今のうちに、ご機嫌のいい取り方を考えておかないとな。
おいしい食べ物。誇張した褒め言葉。探すところから始める絶景。手札は――うん、選り取り見取りだ。
そんな些事に気を取られている最中、怪しい案内人が扉を開けた。
「ただいま戻りやしたー。ボス、お連れしやしたぜ」
大して広くない一室にその声が響くと、話し声はぴたりと止んだ。無機質な視線が出入り口に集まる。中にいるのは、いずれも人相の悪い6人の男。
円形のテーブルを囲んで木製のタンカードに口をつけている3人。壁に寄り掛かっているふたり。そして、部屋の隅でテーブルに足を乗せているひとり。
案内人の顔の向きからして、「ボス」というのは、あの孤立した男のことのようだ。
「おーう。あー、誰か、椅子、用意してくれー」
今の今まで寝ていたのか、ひどくしゃがれた声でボスがそう言うと、部屋の真ん中に集まっていた3人組が慌てて動きだし、2脚の椅子をボスの前に運んだ。うちひとりはやっているふりだけ。
「ささ、こちらへ」
案内人の役目が終わる。俺らが用意された椅子に腰掛けたと同時に。
足をテーブルから下ろした30代くらいの男は、鬱陶しそうに自分の長い前髪をかき上げ、口を開いた。
「えーっと……お前さんらはなんて言われて連れてこられたんだ?」
なんで親玉が把握してないんだよ、と内心突っ込みつつ俺はずっと握り締めていた銅貨をテーブルの上に置いた。
「これ、通行料……です」
「ああ、なるほど。――で、罰金分は?」
「えっ……なに、それ」
「なにって、お前さんら、勝手にあの道を通ったんだろ?」
「まあ、はい」
「だったら、その分の金を払わねえといけねえだろ。バレなかったらツイてる、バレたとしても銅貨1枚。普通に考えて、そんなのがまかり通っていいわけないだろうが」
相手方は詭弁を弄している。そう理解しているはずなのに身が縮む。男は声を荒らげたわけでも、目を三角にしたわけでもないからこそ、身を固くした自分に戸惑ってしまう。
「……いくら、ですか……?」
「ん、金貨10枚」
は!?
「そ、そんな大金払えるわけないじゃないですか」
「無理か?」
「はい、無理です」
「そうかそうか、無理なのか。じゃあ、お前さんらにひとつ依頼をしたい。報酬はその罰金をチャラにするってことでどうだ?」
……なるほど。それが狙いだったのか。
「……なにを、すればいいんですか……?」
状況的に、そう言わざるを得なかった。
「安心しな、内容はいたってシンプルだ。ある小娘をここに連れてくる、ただそれだけさ」
小娘……。彼の依頼内容には、奇しくも俺の目的に相通ずるところがあった。
当然、確かめずにはいられない。
「その子って、白髪だったりします?」
「ん? いや、髪は黒だ」
はあ、なんだよ。ならもうとんずらしたい。
「あーでも、少し前に白い髪のガキも見たな」
「えっ! く、詳しく教えてください」
「なんだあ、知り合いなのか? じゃあ、それも報酬のうちってことで」
くそ、イライラする。今すぐ「イバラ」で拘束して、無理やりにでも吐かせてやろうか。
――いや、落ち着け。1回お預けされたからってなんだ。むしろ手掛かりが眼前にあるという事実をまずは喜ぶべきだろう。
だから、落ち着け。確実にイファナの情報を得るためにも、今はそこに至るまでの道筋が途絶えないよう尽力するのが最善だ。
「……わかりました。えーっと、その捜してる女の子は、迷子かなんかなんですか?」
「迷子? あっははは、違う違う。そいつはな、数日前からここに住み着いた、こそ泥だよ」
男の目つきがいっそう険しくなる。どうやらちょっとやそっとのことではないみたいだ。
「泥棒を捜してるってことは、つまり……」
「は、お前さんの予想はたぶん当たってるよ。恥ずかしい話、俺らは大事な大事な財宝を小娘如きに盗られちまったのさ」
ふーん。正直、盗った盗られたのいざこざなんてどうでもいい。大人なのに情けないという軽蔑の感情すら湧かない。
まあ強いて言うなら、依頼の難易度がさほど高くもなさそうで安心したことくらい。
「だいたい把握しました。この町のどこかに隠れている件の少女を見つけて、ここに連れてくるだけでいいんですよね?」
「あーいや、隠れてはねえよ。よくその辺をほっつき歩いてるからな」
ん? どういうことだ?
俺はふと、ボスの手下と思しき5名の男を順々に見る。体格はふつう。鍛えているヤツもちらほら。だったら、どうして……。
すると、長髪の男がくすりと笑った。
「どうして俺らが小娘ひとり捕まえられないのか、疑問なんだろう?」
「あ、えっと……はい」
「フン、別に構わねえよ。至極当然の疑問だしな。ただ、俺らみたいな大の大人が手を焼いているのには、それなりの理由がちゃんとあんだよ」
男は再び前髪をかき上げる。
「いったいどんなからくりなのかはわからねえが、あの小娘は危なくなると、手から大量の煙を放出して姿をくらませるんだよ。追う側としてはそれがまあ厄介で厄介で。おまけに逃げ足は速いわ、平気な顔で壁を登るわで、捕まえられる気がまったくしないのが現状なんだ」
あー、そういうことか。まだ断定はできないけれど、魔法が関わっている可能性は大いにある。ふ、運のないヤツらめ。
そろそろ出よう。さっきからずっとフィンフィエが居心地悪そうにうつむいているし。
俺は静かに椅子から立ち上がる。
「最後に訊かせてください。どうして俺らなんかに頼むんですか?」
「別に。ただ単純に同年代の若者相手なら少しは油断するだろうと思っただけさ。だから、大した期待もしてねえよ」
「そうですか。――行こ、フィンフィエ」
なんだか癪に障る物言いだったが、イファナの情報のためだと思えば、なんてことはない。
「あ、そうそう」
もう聞き慣れたしゃがれ声に引き止められる。
「間違っても殺すなよ。盗品の隠し場所を吐かせないといけねえんだからよお」
「……わかりました」
こいつらの場合、吐かせたあとは殺す、ないしは売り飛ばしかねないな。
だって、揃いも揃って悪人顔なんだし。




