第18話 ポポゼア-1
パネアドノから一番近い都市「ニノーチェス」に向かう道中、空模様が怪しいといち早く気づいたフィンフィエの提案で、今日は雨宿りができそうな岩陰で休むことにした。
「――よし、これくらいでいいだろ」
任務達成。俺は厳選しながら拾い集めた大量の落枝を抱えて依頼主のところに戻る。
今日も今日とてたくさん歩いた。それはもう「空を飛べたら」などという自分の魔法では到底成し得ないことをつい思い耽ってしまうくらい。
まあ、汎用性に欠ける「魔法を跳ね返す魔法」よりかは幾分かマシではあるけれども。
「いい感じの枝、結構あったよ」
屈んで下を向いていたフィンフィエにそう報告する。彼女の視線はナイフで削ぎ集めたシラカバの樹皮の小山に注がれていた。
「ありがとうー。ここに置いといて」
フィンフィエが指で示した場所にドサっと置く。
「手伝おうか?」
「ううん。大丈夫。休んでていいよ」
それは俺に気を遣ったわけではなく、本当に助力が必要ないのだと勝手に解釈した。だって、もう動きたくなかったから。疲労困憊。
せっせと火をおこそうとしている彼女の背中を見て、申し訳ない気持ちが湧きつつも、俺は迷いなく岩壁に背中をつけて座り込んだ。
間もなくしてフィンフィエの輪郭が炎光に包まれる。
「お姉さん、手際がいいですね」
「むふふーん、でしょでしょ」
いまさらながらフィンフィエの同行を許可してよかったとつくづく思う。
釣りの知識さえあれば異郷の地であろうともなんとかなる、そう高をくくっていた少年は、今頃のたれ死んでいることだろう。
「ふわぁ……」
空はまだ明るいというのに、焚き火の温もりと、ちょうど降り始めた雨の音が相まって、ぐんと眠気が押し寄せてきた。
こちらを見ていたフィンフィエがくすっと笑う。
「疲れたし、早めに寝ちゃおっか」
彼女はそう言うと、パネアドノで買ったリネン製の背負い袋から薄手の毛布を取り出した。
「隣、いい……?」
「……うん」
昨日に引き続き、律儀に了承を得てきたフィンフィエが俺の隣に腰を下ろす。やがて互いの肩がピタッとくっついた。
これは体温を分け合うという理にかなった行為であって、どちらか、はたまた両者が発情しているわけでは断じてない――少なくとも俺は。
そして、彼女に毛布の端を手渡され、程なくして俺らはひとつになった。
「ねえ、ライノ」
「ん?」
「王都って、どんな感じなんだろうね」
「観光目的で行くわけじゃないよ」
「わかってるよ……」
まあ、浮かれるのも無理はない。俺だってラーディックロックのフブエース城をこの目で見てみたい気持ちは確かにある。
というのも、実際に見て魅了された者たちの感想が辺境のララカ村にまで伝わってきていたのだ。そんなの興味がそそられないほうがおかしい。
「じゃあ、早いとこイファナを見つけよ。そしたら、ゆっくり見て回れるようになるからさ」
「もし王都に着く前にイファナちゃんを見つけたら?」
「そのときは……まあ、フィンフィエの好きにしていいよ」
「ふふ、わかった」
期待させたところ悪いが、そううまくはいかないと思っている。なにせ、イファナはもうあの残虐性の高い魔女と化してしまったのだから。
いつかはフィンフィエに説明しないとな……。
「おやすみ、ライノ」
「うん、おやすみ」
全部はたぶん無理だけど……。
⭐︎
ひとりだと解決できない問題も、ふたりでなら切り抜けられる。ひとりでなら即断即決できる状況も、ふたりだと意見が分かれて立ち往生することがある。
まさしく今、起こっているのは衝突のほう。
「大丈夫だって」
俺はそう主張する。
「絶対ダメっ!」
フィンフィエが激しく言い返してくる。
争点は、少し先に見えている町に踏み入るか、否か。
フィンフィエが反発する理由が理解できないわけではない。俺だってイファナを捜す目的さえなければ迂回一択だった。
手持ちの地図には表記されていない場所。いや、厳密には小さな黒丸がぽつりと打たれてはいた。とはいえ、まさかそれがゴーストタウンを意味しているだなんて思わなかった。
「あのさ、こういう場所にこそ手掛かりがあるかもしれないだろ」
「それは、そうかもしれないけど……でも、危険だよ」
おそらく彼女の不安をかき立てている要因のひとつは、町の入り口付近であぐらをかいているあの男の存在だろう。
全体的に薄汚れている服に、むさい蓬髪。そしてなんとなくだけれど、俺らのことを横目で見ている気がする。
まるでようやく現れた獲物が自分の罠に掛かるまでの顛末をしかと目に収めようとしているかのような視線。
――まあ、だからといってどうということはないが。
「ごめんフィンフィエ。今回ばかりは譲れない。やっておけば、行っておけばっていう後悔だけはしたくないんだ」
淀みのない本音。彼女を言い伏せるには十分すぎるだろう。
「……わかったよ。でも、もし危なくなったら、迷わずあの力を使うけどいい?」
「うん。場所が場所だし、構わないよ」
俺も出し惜しみをする気はない。
今しがた注意を向けた男の前を横切る。――ふう。これといってなにかしてくることはなかった。ひとまずはほっとひと息。
進めど進めど目につくのは荒廃した木造の家屋。どうやら住民が去ったのはここ最近のことではないみたいだ。
「ライノ、向こうにも人がいるよ」
小声のフィンフィエに視線を誘導される。
「あんまりジロジロ見ないほうがいいよ」
「あっ、うん」
ときたま人を見掛けるものの、どいつもこいつも見てくれが怪しいせいで、しばらく徘徊するだけの時間が続く。
認めたくはないが、道端で死人のように横たわっていた老人が現時点で一番まともそうだった。
「フィンフィエ、とりあえず――」
そう言いながら振り返った俺は、咄嗟にフィンフィエの腕を引いた。「きゃっ」と小さな悲鳴。彼女の顔が俺の胸にうずまる。
こいつ、いつから後ろにいたんだ……?
「すまんすまん。へへ、驚かすつもりはなかったんだ」
ヘラヘラと笑う無精髭を生やした男。あと1歩近づいてくるようなら、問答無用で先手を打ったっていい。
俺は最優先でフィンフィエを自分の背中に隠してから問う。
「なんか用ですか?」
「あー、お前さんら通行料払ってねえだろ」
「通行料……?」
「そ。この通りはな、お金払わないと通れないんだよ」
そんなバカな。
「払いたくないです」
俺は横車を押してきた相手の目を見て、きっぱりと意思を表明する。
「ちなみに言うと、料金は銅貨1枚だぞ?」
「えっ……」
やっす。じゃあ……いいか。
ひとつの黒パンを我慢するだけで、無用な揉め事を避けられるのなら、むしろいい買い物と言えるだろう。
「はあ……まったく、看板とか立てておけよな……」
俺はベルトバッグに入っていた小物袋から銅貨を1枚つまむ。
そして、渋々通行料を手渡そうとしたそのとき、目の前の男が首を横に振った。
「ああ、悪い。俺はただの監視役だからよお、お金は管理人に直接払ってくれ」
「はあ? なら、その管理人はどこにいるんですか?」
「へへ、ついてきな」
ふとフィンフィエの表情を確認する。まずい、誰がどう見ても怒っている。すぐに俺は見るのをやめた。




