第2話 ララカ村-2
「はあ……はあ……はあ……」
村の中心。半壊した石造りの教会の近く。襲撃者らしき集団を捉えた。
いかにも上質そうな黒いマントを羽織った者が20人ほど。
揃いも揃ってフードを深くかぶっているため、顔はまったくわからない。
俺と同じような方法で村に入り、救助活動を行っている旅人もしくは商人――いや、そういった雰囲気は一切感じない。
村を襲ったのは十中八九こいつらだ。
ただ、あまりの人数に気圧されてしまい、ぎゅっと握り締めていた拳を緩めざるを得なかった。
一度、腰程度の高さの石積み塀に隠れてようすをうかがう。
大きな動きもなく佇立している黒き集合体。眼球がひとつとて視認できないがゆえ、どこに目があってもおかしくはない。
そして、しばらくの膠着状態ののち、教会のそばの家屋からまたもや黒ずくめがひとり出てきた。
まだ仲間がいるのか。けれど、それが必ずしも俺にとっての向かい風だとは思わない。ヤツらが襲撃者なら、漏れなく掃討するべきだからだ。
「……あっ」
遅れて気づく。新たに現れた黒ずくめの人物の手中に子どもの頭が。
「――たい――て――なしてよ――」
かすかに聞こえるか弱い声。
あれは、チャミだ。いつも人の後ろに隠れている内気な男の子。
「――れか――たすけ――」
勢いよく飛び出す。
大丈夫、俺なら救ってあげられる。
チャミのいる方向に手を伸ばす――――が、それがまるで合図のように見えてしまった。
これから成功体験を積んだりして、人として強くなっていくはずだったチャミはふたつになった。掴まれた状態のままの頭部がだらだらと涙を流して地面を赤く染めていく。
虚しい。生きるのってすごく大変なことのはずのに、死ぬときはこんなにも一瞬で、無慈悲。なんか……生き物ってくだらないよ。
じわじわと俺に「視線」が集まっているのがわかる。
でも、もうなにもかもどうでもいい。集団からぬるりと先頭に出てきた者の体格が、周りと比べてひと回り小さいことも含めて。
背中から肩、肘、そして右手まで。身体はこの奔流を認可している。人に向けるのは初めて。けれど、躊躇いは微塵もない。
「…………死ね、クズども」
怨言は言霊へ。手のひらから刺状の突起がある朽木色の茎――「イバラ」を射出。何本も何本も何本も――。
「こいつ、魔法使いか!?」
誰かがそう言った。命乞いだったら気に留めないこともなかったのに。
「イバラ」は外道らを脱兎の如き速さで囲い込み、そして抵抗の隙を与える間もなく赤みを帯びて、爆発。
即座に浴びた轟音と衝撃波が確かな手応えを表していた。
やるべきことをやった。ただそれだけ。
しばらく、辺りは想定以上の規模の爆煙に包まれる。
「……けほっ……ん、けほっけほ」
無理に耐えようとしたせいで、変な咳が出る。
まだ背を見せてはいけない。生き残り、ないしは先ほどのように群れから離れていた者がいるかもしれない。
上昇気流によって、次第に視界が晴れていく。
「うっ?!」
一瞬だった。反応する暇なんてなかった。右肩が強く後方に引かれ、重心が崩れる。
赤い。血だ。俺の、血。肩に突き刺さっているのは、木の棒――いや、これは、クロスボウの矢だ。
「……ぐ……っ!!」
障害になりうると咄嗟に判断し、苦痛に耐えながらも矢を引き抜く。
次いで、左手で出血箇所を強く押さえるが、どう見てもまったく間に合っていない。
ひとまず退いて止血を優先しようとした。手を伸ばせば触れられる距離に人が立っていなければ。
目と鼻の先にいるのは、ついさっき着目したばかりの、あの小さな体躯の人物。
見下ろし、見上げられて――目が合う。
さすがにこの距離ならばその容貌を捉えることなどたやすかった。
そして、背筋が凍る。それはもう肩の痛みや体に沿って流れる血液の感覚が霞んでしまうほどに。
白い前髪に赤い瞳。人殺し集団の一員とはとても思えない儚げな少女がそこにはいた。
小さな小さな口が開く。
「君はこの村の人?」
その淡々と発せられた問い掛けに対して、俺は痙攣とも取れるかすかな頷きで返すほかなかった。
「うーん、おかしいなあ。いないって言ってたのになあ」
気づけば視界は良好。俺は少女と目を合わせることから逃げるように彼女の後方を見やった。
地に伏している黒装束はふたり。
茅葺き屋根の平屋なら跡形もなく吹き飛ばせるほどの爆発だったのに、ふたり。
だったら、もう一度。もう……一度……。
「ねえ、シャムルが隠れていそうな場所に心当たりない?」
赤目の少女が俺の意識にふーっと息を吹きかけてくる。
どうしてシャムルおばさんの名前が……。
……いや、捜してるってことはつまり…………。
「…………し、知らない……」
「そう」
すると、少女がゆっくりと手を伸ばしてきた。
死期が瞬く。
……早く、抵抗しなきゃ……。
――――あれ? な、なんで……? 「イバラ」が……魔法が、使えない。
「血、結構出てるけど、大丈夫?」
反射的に、困惑も、気味の悪い気遣いも、向かってくる手も、まとめて振り払った。
パチンと音が鳴る。
ただ、少女は動じない。むしろ、もうすぐそこまで近づいてきていた黒い群衆のほうが騒がしくなった。
逃げないと。まだあの人が生きているかもしれないから――――。




