第九話
自転車に乗って家から出発して十分とちょっと、わたし達は目的地の運動公園に到着して自転車置き場に自転車を止め、走るためのコースに移動していた。
この運動公園はかなりの敷地面積を誇っており、わたし達が今向かっている場所はサッカーコートやテニスコート、体育館などが併設してあったりで、別の方向に向かって少し離れると遊具などが設置されて家族でピクニックしたりするのにバッチリな景色のいい広場があり、その隣には広い池のある庭園のようなまったりとした雰囲気の場所もあったりする。
わたし達も小さい頃はたまに家族でそっちの広場方面にお弁当をもってピクニックしに来ていた。池には綺麗な蓮の花が咲いていたり沢山の鯉が居て、設置されている自動販売機で餌を購入して餌やりをするのがわたしもお姉も大好きで、そこに行くたびに両親にねだっていた。
夏には夏祭りが開催されて賑わったりしていて、毎年お姉と2人でだったりお父さんかお母さんのどっちかに車で連れてきてもらったりで祭り時期に来てはいたものの、何もない日は今回のようにわたしとお姉の2人で運動する目的で来ていたので、久しく向こうの広場のまったりとしたのんびりできる時間は味わっていない。
後で久しぶりに行ってみないかお姉に提案してみようかな。
「着いたよ、環樺」
「あ、うん」
考え事をしながらひたすら前を歩いていたお姉の背中を追いかけていると、いつの間にか目的の場所に着いていたようでお姉に声を掛けられることでようやく気付けた。気づいた瞬間すぐには止まれずに、そのままお姉に軽く突っ込んでしまって振り向いたお姉に軽く抱き止められる。
「わ、大丈夫?」
「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた。さ、早速始めちゃおっか!」
「ストップ。自転車に乗って少し動きながら来たとはいえ、軽く準備体操だけはちゃんとするよ」
切り替えて走り始めようとコースに入ろうとするとお姉に止められる。そして屈伸、伸脚、アキレス腱を伸ばしたり軽く準備体操をする。
「体育の授業で運動しているとはいえ長距離を走るのは全然別だからね。久しぶりだからやっとかないと」
「確かに、走るのは去年の夏以来だもんね。危ない危ない、筋肉痛で動けなくなったりしちゃうよ」
「軽い筋肉痛はどうしてもなっちゃうと思うけどね」
「なんか、いつも同じ足を動かしてるはずなのに使う筋肉が違うからって痛くなるのって不思議だよねぇ」
そして準備体操をすませてから今度こそコースに入るために移動する。
「よし、じゃあ始めよっか環樺」
「オッケー! どうするお姉? どっちが早いか勝負しちゃう?」
「そんなことしたらそれこそ筋肉痛で動けなくなっちゃうでしょ。それでもいいなら負かしてあげてもいいけど?」
「勝つのはわたしだけどね! でも勝負するのはまた今度にしよっか。今日は一緒に走ろうね」
まぁ別に本当に勝負をするつもりはないんだけど。
なぜかと言うと、いつも一緒に助け合って過ごしているわたし達姉妹の間には一つの決まりごとがある。それはお互いが同意した時にのみ本気で勝負をして勝った方が負けた方を一日好きにできる、というものだ。
その罰ゲーム(お互いにご褒美かもしれない)があるのでこういう小さい事でそれが始まることはなく、小学生の頃から始まってから今まで、この勝負が開催されたことは片手で数えられるほどしかない。小さい勝負事もほとんどないし。
今みたいにお互いにたまに圧を掛けたりするのを楽しんだりはするけど。
過去にあったのはテストの合計点数の勝負だったり中学二年の時のクラス対抗の行事だったりだけど、本気でやる決まりにしているのでその期間は一緒に居られる時間が減ってしまうというとてつもなく大きな欠点があるからだ。
ということで口にしたところで本当にやるつもりはないんだけど、今年はクラスも別だしどこかで勝負することになるかもしれないので今から意識しておかなくては。
コースに入って横に並ぶと、同じタイミングで一緒に走り始める。
「しょっぱなからあんまり飛ばしすぎないようにね、お姉」
「大丈夫、最後までなるべく同じペースでね。そういえば、どのくらい走る?」
「一周が400メートルとかだっけ? うーん、どうしようね。とりあえずゆっくり五周くらいならいけそうじゃない?」
「オッケー。話しながらだったらあっという間でしょ」
話しながら少しだけスピードを緩めていって最後まで走り切れそうなペースに落ち着ける。
わたしとお姉は身体能力もほとんど一緒なので、きっと最後らへんはきつくなって無言になり始めるタイミングも一緒だ。でも話してないと疲労を認識してしまうので、息継ぎを邪魔しすぎない範囲でなるべく沢山喋りたい。
「ねぇ、お姉は部活とかって考えたりした?」
ウチの高校は部活動に入るのが強制ではないので部活に入らない方がお姉と自由に色んなことをして高校生活を送れると思っているのでわたしは部活に入るつもりはない。
でも今週は部活動ごとの部活勧誘の発表会があったりしたのでもしかしたらお姉は何か惹かれるものがあったかもしれないし、そうだとしたらわたしもどうするか考えないといけないので念の為聞いてみる。
「う~ん」
お姉が前を向いて走ったまま真剣な顔で少し考えるそぶりを見せるのでもしかしたら何かあるのか? と一瞬身構えるが。
「そういえば、何も考えてなかったな」
と拍子抜けな答えを返される。
「びっくりしたぁ。何かあるのかと思った」
「だってそもそも二人の時間を大事にしたいから一番近いところを選んだんだし、最初から入る気なかったから」
「そ、そっか」
そう言われて安心すると同時に改めて同じ気持ちだったことが分かって嬉しくなる。
「環樺は? 何かあったりしたの?」
「ううん、わたしもお姉と同じ」
「そっか。でも一緒に部活に入って何かひとつに打ち込んで青春を謳歌するって言うのも良いかもしれないけどね」
「それは確かにいいかも。でも、うん、こうして休みの日に二人で色んな事する方がわたしは幸せかも」
「ふふっ、私も。じゃあやっぱりやめとこっか」
という事で部活には入らないという方向で話は落ち着く。小学校も中学校も部活には入っていなかったので今まで通りではあるんだけど。環境の変化があっても変わらない今まで通りがあるのはとても幸せなことだと思う。
そういう話をしているうちに最初の一周を走り終わって二周目へと突入していく。
良いペースで走れていてお互いにまだそれほど息切れしていないようだった。
「あ。それと部活のついでなんだけど、来週委員会決めがあるらしいけどお姉はどうするつもり?」
こっちは部活とは違って全員何かしらの委員会に入らないといけないらしい。
今までで言うと、中一の時はお姉が保健委員会でわたしが環境美化委員会、中二の時はどっちも図書委員会、中三の時はお姉が図書委員会でわたしが環境美化委員会だった。
委員会は枠の人数の関係だったり、活動もそんなに多くない事から各々好きなものに入ろうという事で別々の方が多かった。
「委員会は......成り行きに任せようと思ってるけど。多分今までみたいに保健委員とか図書委員とか、忙しくて時間を取られるのにはしないかな、くらいで」
「文化祭の委員とかも、はぁ......やってみたら面白そうだよね!」
「一緒に出来たら良い思い出になりそう。来年以降クラスが一緒になれたら、やってみたいかも......」
「いいね、それ......!」
その調子で二周三周と話しながら走っていたが、だんだん息が苦しくなってきて会話が難しくなってきた。
そして最後の一周半くらいはお互いに喋らずに気合で走り切ったのだった。
「はぁーー! 終わったー!」
「はぁ、はぁ......。いきなり止まると危ないから歩いて一周しよっか......」
「はーい」
息を整えながら一周して、その後はなるべく身体に疲労を残さない為にコートの端の芝生の上で二人で柔軟体操を始めた。座って足を広げてお姉に背中を押してもらう。
「もうちょっと押していいよお姉~。あ、痛い! 痛いけどぎもぢいい~」
「おじさんみたいになってるよ。余裕そうだからもっと押すね」
「あ! ちょっと待って! 痛い痛い、お姉ギブ!」
「はいじゃあ交代ね」
「いったた......次はこっちの番だよお姉、覚悟しろ!」
交代なのにギリギリまで押されてなかなか立ち上がれないわたしの隣にお姉が座る。遅れてわたしもゆらゆらとゆっくり立ち上がってお姉の背後に行って先ほどと前後を入れ替え、お返しをしてやろうと意気込む。
「環樺、やさしくしてね?」
「ぐっ......!」
ずるい......! でも今日は負けないんだから。
そう思って思いっきり押してあげたけど、お姉が本気で痛がったら少し手加減してあげちゃう。
......わたしは弱い。
「ふぅ。気持ちよかった、ありがと環樺」
「はい、どういたしまして......」
ストレッチも終わって帰る準備をし始める。
「あ、お姉。久しぶりにあっちの広場の方に行ってみない? 今は桜も見頃だろうしさ」
「え、見たい見たい! 行こ!」
さっきしようと考えた提案をして広場の方へと歩みを進める。しばらく歩くと遠くからでも満開から少し時期が過ぎているがそれでも沢山咲いて綺麗な桜の木と、その花びらが散って緑の芝生にまばらな桜の絨毯が引かれている広場が視界に入る。
まだ朝早い時間なので人はほとんどいなかった。
「うわぁ綺麗......」
「学校とか家の近くにも桜はあるから小学校の時以来ここには来てなかったけど、こんなに綺麗だったんだね」
息をのんで二人でしばらく無言のまま立ち止まって景色を見る。
「お花見するつもりで準備してればよかったなぁ」
「お昼過ぎから明日まで雨が降っちゃうもんね......帰ってから買い物とかしてお弁当の準備してたら間に合わないし、ホントに残念」
「雨でほとんど散っちゃうだろうな......」
あまりに綺麗な景色を目の当たりにして、感動する反面お花見することができない悲しさも少しやってくる。
すると隣のお姉がこちらを見て突然ニコッと笑った。
「ねぇ環樺、来年はちゃんとお花見しに来よっか」
「うん! 約束ね」
「今日はこのまましばらくお散歩してから帰ろうね」
いつだって未来の約束は嬉しい事になる。
楽しみは来年まで取っておくことにして、今日のところは沢山の桜の木をぐるっと見て回って、春の柔らかい特別な雰囲気を堪能し尽くした。




