第10話
入学式から二週間程経った頃、授業も本格的に高校の範囲のものになってきていた。それもそのはず、もう一か月もすると最初の中間テストがやってきてしまうのだから。
それはよく分かっているんだけど日が経つにつれて少しずつ授業に集中できなくなっているんじゃないか、という意識は自分の中でも少し自覚できるくらいには増してきていて。
「藤咲さん、集中できていないようですが体調でも悪いですか?」
現在お昼休み前の四時間目の授業中。
私はいつ振りかも分からないほどの昔以来、問題を提出して生徒がそれを解いている間教室を巡回していた先生に注意をされてしまう事態になってしまっていた。
「あ、いえ。すみません少し気が抜けてしまっていました」
「お昼ご飯前だからぼーっとしてしまうのも分かりますけど、高校入学して最初らへんの授業は一番基礎になる部分ですからね」
「はい......」
幸い先生が気を使ってくださったのか、教室全体に目立つくらいの声量ではなく私に伝わるくらいの小さい声での注意だったので気づくとしても私の周りの席に座っている人達だけだと思う。
自分でも優等生とまでは言うつもりはないが、それなりに授業態度や成績は問題なくこれまでやってきたつもりでいたので先生に注意されるという事とは長い間無縁であった。
だが今に至っては先生が近くに来ている事に気づけなかった。どころか問題を解く時間だという事すら半分ほどしか認識できていなかった。
原因は分かってはいる。現に今もそれが原因でこうなってしまった。
言うまでもないが、環樺の事を考えてしまっているからだ。
入学式に目が合って手を振り合ってから、そこから学校で一度も会話ができていないどころか姿を見かけることすらなかった為か、まさか自分でもこんな事になってしまうとは。
一応毎日一緒に登校してはいるし、家でも一緒に居て話しているのに。いや、むしろ一緒に登校して同じ屋根の下にいるのを知っているはずなのに家に帰るまで存在を確認できていないからなのか。
学校でたったこの短い期間、環樺の存在を感じられない日々が続くだけでこうなってしまうなんて......
中学の頃もクラスが別になった年があったが、事あるごとにお互いにクラスを行き来していたから授業が別なだけであまり離れているという意識はなかったかもしれない。
そう考えると自分が提案したとはいえ、今、というか最近の状況は初めてのものなのかも。
決してあえて避けているというわけではないのにこんなに会えないなんて。
でも環樺以外の人に置き換えて考えてみると、確かにクラスが別れた知り合いに別のクラスにわざわざ会いに行ったり、校内で探すという行為をしなければ数週間、一か月、またはそれより長く姿を見かけない事なんてざらにあったかもしれない。
......っ! いけないいけない、少し気を抜くとすぐに環樺の事を考えてしまう。
今は一旦授業に集中しなくては。
黒板の右側の最後の方に書かれている今出題されているであろう問題をノートに書き起こし、その問題と向き合った。
「藤咲さん、 先生に注意されてたけど何か考え事でもしてたの?」
授業が終わってお昼休みの時間になり、お弁当を食べ始めようとしたところで先ほどの事が話題に挙げられる。
今日は成り行きでお昼ご飯を食べることが習慣になりつつある席が近い子達、私と今質問をしてきた前の席の平野さん、よく一緒に帰っている真尋ちゃんと三人で机をくっつけて座っていた。
「円樺ちゃんでもそういうことあるんだねぇ」
いつもニコニコしている真尋ちゃんですら少し驚いた表情をしていた。
「あはは、ちょっと集中できてなかったかなぁ」
学校で妹に会えないのが寂しくてつい妹のことを考えていて授業を聞いていませんでした、なんて流石に人に言えるような理由ではないので適当にはぐらかすように手を合わせ、いただきますをしてからお弁当箱の中の卵焼きに箸を伸ばしてそれを口に運ぶ。
小、中学校では給食だったけれど、高校に入学してからはお母さんが張り切って毎日お弁当を用意してくれていた。
ウチの高校には学食もあるので無理して毎朝早く起きてお弁当を作らなくてもいいからね、とは言ったんだけど私達の為にお弁当を作るのは嬉しいし楽しいから、との事で本当にありがたいと思う。
とは言え今後ずっとというのは申し訳ないので、たまには休んでもらって学食を食べる日もあっていいと思っている。
それにここの食堂のご飯は美味しいと有名なので、同じく家の人が毎日お弁当を作ってくれている真尋ちゃんと平野さんとも今度食堂にお昼ご飯を食べに行ってみようね、という話もしていた。
それもあって毎日クラスの半分以上が食堂に食べに行っているのでお昼休みは教室を比較的自由に使うことができている。
「あ! もしかして藤咲さん、気になる男の子でもできてその人の事考えてたとか!」
「えぇ!? そうなの円樺ちゃん!」
「そ、そんなことないってば!」
「でもそのリアクションは怪しいな~?」
どうやらさっきの話題はまだ終わらせられてはいなかったようで突拍子のない事を言われて驚いてしまってさらに怪しまれてしまう。
いくら人が少ないとはいえ結構大きい声で平野さんがそう言う事を言うもんだから、クラスの何人かがこっちを見てきているのが視界の端に映ってまた少し恥ずかしくなってしまう。
「もぅ声が大きいよ......。全然そういうのじゃないから。真尋ちゃんも本気にしないでね」
「そっかぁ」
周りの人にも聞こえるように少し大きい声で否定すると感じていた視線がなくなっていく。
否定はしたものの、よく考えてみると今気になっている人(環樺)の事を考えていたというのはあながち間違っていないのかもしれなくて、なんか、少し複雑な気持ちになってしまう。
何かで気を紛らわせようと思い、ニュースでも見ようかとスマホを取り出して画面を付けると、入学式の時に撮ってお揃いでホーム画面に設定した私と環樺が映った写真が目に入ってきてそれにすら少し動揺してしまってサッと机の中にスマホをしまう。
それを二人に見られていたようで不思議な顔をされる。
改めて私の周りってこんなにも環樺であふれているのかと認識させられる。でもこんなに動揺させられていてもなおそれを嬉しくも思ってしまう私はよっぽどだな、と感じる。
ため息をひとつついて気持ちを切り替えてお弁当を食べ進める。
焼肉のたれをからめて焼かれたウインナーが美味しい。
「そういえば真尋ちゃんは部活何にするか決まった?」
それからしばらく色んな話をしていて、私がお弁当を食べ終わった頃に平野さんが真尋ちゃんに部活の質問をする。
食べているものを急いで飲み込んで、真尋ちゃんが口を開く。
「う~ん。美術部か写真部、それと服飾部かで迷ってるんだよねぇ。中学の頃は美術部だったんだけど、写真部と服飾部も面白そうだと思ったから体験入部に行こうかな~って」
「そうなんだ。真尋ちゃんは芸術系が好きなんだね」
「うん、そうなの!」
私が聞くと真尋ちゃんは笑顔で元気よく答えてから再びお弁当を食べ始める。
「平野さんは決まったの?」
「運動部には決めてるんだけど、色んなところに見学に行ってるところ。今日はバレー部に行ってみようと思ってるけど、今のところは陸上部かなって思ってる」
「へ~。円樺ちゃんは部活入る気ないんだよね?」
「うん。私はいいかなって」
「え~どうしてどうして?」
「えっと......部活以外に自由に色々やりたいなって」
「彼氏とか!?」
「違うってば......! あと声大きい......!」
平野さんが再び食いついてきて大きい声でクラスの注目を集めてしまう。
食堂でお昼ご飯を食べ終えたクラスメイト達が教室へと戻ってき始めていた為に、さっきより多くの人に聞かれてしまったようでさっきよりも多くの視線を感じてしまう。
ひそひそと小声で何かを言われてるのも聞こえてくるし、この状況で教室にいるのは少し恥ずかしい。都合よく次の授業は教室を移動しなければならないので、まだ移動するには早すぎるかもしれないけど少し一人になろうかなと思って、次の授業に使用する教科書やプリントを机から探して取り出す。
そして、きっといつもならこの後一緒に移動していただろう真尋ちゃんと平野さんに声を掛ける。
「少し用事があるから先に移動しちゃうね」
「はーい」
「オッケー」
という言葉が返ってくる。
一人になりたいからと言ってしまうとなにか心配させたりまた怪しまれたりするかもしれないと思ってなんとなく用事があるからと言ってしまった。
持ち物をもって立ち上がり、二人に軽く手を振ってから教室を出た。




