第七話
「よっし、終わった終わった」
晩御飯を食べ終わった後の食器と料理するときに使った鍋などを洗い終え、流し台の下に備え付けられているタオルで手を拭く。
お姉には先に部屋に戻って休んでもらっている。
と言ってもわたしが二人でご飯を食べ終わった後の恒例の、「洗いものする人決めあっちむいてほい対決」に負けてしまって片づけを任されただけなんだけど。
この対決は回数を重ねるにつれていつの間にかお互い全力になっていき、流石互いを知り尽くしているわたし達なだけあってなかなか決着がつかないことも多く、良い食後の軽い運動だ。
「さーてと」
部屋に戻ろうとしてリビングから出ようとドアを開けると、クロノとクロエが「みゃ」と鳴きながらトテトテと寄ってきた。
一度ドアを閉めて、片膝をついてしゃがみ込んで撫でてあげる。
「ん~? どうしたの、一緒に来る?」
「「みゃお」」
どうやら一緒に来たかったようだ。
わたしの問いに対して返事をしてからクロエが膝に飛び乗ってきたので、抱え上げてドアを開けるとクロノがシュッと廊下に出る。
そのまま階段を上って部屋へ戻る。ただし自分の部屋ではなく、お姉が居るお姉の部屋に。
コンコンとノックをすると「ん」という返事のようなのが来る。否定の言葉以外は入っていいよ、という合図だ。お姉がわたしの部屋に来る時もまた同様に。
部屋のドアを開けると、足元についてきていたクロノがさっきのようにシュッと部屋の中へ入り、それに続いてわたしと抱えられたクロエも入室する。
「わ、ずいぶんと大所帯だね」
ドアを閉めると、すでにクロノはベッドに腰かけて本を読んでいたお姉の太ももの上に丸まっていた。
傍まで歩いて行ってお姉の隣に座り、抱えていたクロエを下すとお姉の太ももにピョンッと飛び乗り、クロノとほぼ一体化して丸まった。
「あぁ~2人ともお姉に取られたぁ」
「ふふ、取っちゃった。あ~可愛い」
お姉が優しくクロノ達を撫でる。
「まだ子供で身体が小さいからギリギリ一緒に乗れてるけど、あと何か月かして大きくなりきるとこういうのも難しくなっちゃうかもしれないね」
「確かにね。でも環樺の脚も合わせたら大人になってからも一緒に乗せられるよ?」
ふふ、とお姉がこっちを見て楽しそうに笑いながらそんなことを言ってくる。
「こんな風に?」
少し座る位置をずらして身体を寄せる。
少しだけ空いていたお姉との距離をゼロにしてお姉の言うように脚をぴったりくっつけて並べてみる。
「うんうん。これならいけるでしょ?」
「そうだけど、もしそのまま二人が寝ちゃってずっと動かなくなったりしたらわたし達もずっとこのままなの結構キツイよ?」
「ふぅん? 私はそれでも全然いいけど。環樺はそれじゃいやなんだ」
お姉がこちらに少し傾いて肩で押してきながら圧を掛けてくる。
「そ、そんなわけないじゃん! あくまでも体勢の話であって......!」
「あははは」
「もお~、お姉~~」
慌てて否定するとやっぱりお姉は楽しそうに笑う。
わたし達が頭上でうるさくしていたからかクロエが顔を上げてこちらの方を見る。
「あ、ごめんね? うるさかった?」
と謝りながら頭を優しく撫でて機嫌を取りつつフワフワの毛並みを堪能する。頬を擦り付けて気持ちよさそうにしているのであまり気にしていないみたい。
少しの間お互いに撫でる撫でられるのを堪能すると、クロエは身体も起こしてお姉の脚の上から巣立って部屋の中を散歩し始める。
二人で身体をくっつけて丸まっていたのでクロエが動いたが分かってクロノも起き上がり、あくびをひとつしてから後を追うようにベッドの下に降りて毛づくろいをし始めた。
「あぁ......もう少しこのままいてくれてもよかったのに」
二人一緒に脚の上からいなくなってしまってお姉は少し寂しそうにする。
ベッドの上にはただぴったりくっついて座っているお姉とわたしだけが残されている形となってしまう。
自由気ままにしている二人の姿を眺めながらお姉の方に体重を掛けて肩で押す。すぐに押し返されて逆にこちら側に傾く。
しばらくお互いに何も言うわけでもなく何回か押して押されてを繰り返してゆらゆらと身体を揺らしていると少しずつ楽しくなってきて二人で笑い出す。
「もぉ、なに環樺? 環樺も上に乗りたかったの? それともひざ枕でもしてあげよっか?」
「ちーがーいーまーすー。そもそもくっついてきてほしいって言ったのはお姉の方だしぃ」
「そんな風に言ってません~。素直になったらいいのに、ほらおいで?」
「お姉の方こそ。あ、わたしがクロエ達みたいに撫でてあげよっか。よしよ~し、可愛いでちゅね~」
「あ、もう......! そんな生意気なこと言う子には......こうだ!」
「え!? あ、あはは! お姉、くすぐったいって......!」
いきなりお姉におなかをくすぐられ始めて、あまりのくすぐったさに身を捩って躱そうにも座っている状態でうまく力も入らないので逃げることができない。
「ほらほらいっぱい可愛がってあげるから観念しよっかぁ」
「く、くふふ......もう、こ、こっちだって......!」
「あ! ちょ、ちょっと! あはは! こら、環樺......!」
お姉のくすぐり攻撃から逃れようとするのをやめて、こちらもお姉の脇腹に手を伸ばして服の上からがむしゃらにくすぐり返す。
お互いに笑いながら何を考えてるわけでもなく、とりあえず適当にああでもないこうでもないと言い合ったりくすぐり合ったり、わちゃわちゃともみくちゃになる。
「はぁ~疲れたぁ」
「わたしも。お姉がムキになるから」
「環樺もでしょ」
しばらく続いたやりとりに満足したお姉は息を切らしながらうつ伏せでベッドに倒れこんでさっきまで読んでいた本を再び読み始めた。
わたしも一旦ベッドから降りてカーペットの上に座る。
入れ替わりでクロノがベッドの上にジャンプして飛び乗り、うつ伏せになっているお姉の上に座り込む。猫は寝ている人の上に乗りたがるらしいしなぁ、とか考えながらその様子を眺めているとさっきのじゃれ合いによって着崩れた服の間からほんの少しだけお姉の横腹がチラッと見えているのに気づいてしまう。
気づいてしまうと好奇心が出てきて止められなくなる。さっきのくすぐり合いは服の上からだったからなおさら気になってしまった。
気づかれないように音を殺してゆっくりとした動きですこしずつそこに指を近づけていく。
服の隙間のそこにブラックホールでもあるかのように吸い込まれていき、指先に服の感触がした瞬間にばれないように一瞬だけ止まる。
でも止まったのはそれで最後。
ついに......
ぷにっ
「ひゃん!?」
とお姉が声を出して身体がビクッと大きく跳ねる。
「にゃ”ああーー!?」
と同時に当然上に乗っていたクロノもびっくりしてすごい勢いで部屋の中を駆け回る。
やばっと思ってお姉を見ると何が起こったのか分からないというような少し赤らめた顔でこちらを見ていた。
「ご、ごめん! 自分を抑えきれなくてつい」
「わーかーばー?」
「ごめんってば! クロノもごめんね! 大丈夫、なにも怖くないからね!」
その後どうなるかを考えていなかった事を反省しながらびっくりして部屋の隅にいたクロノをなだめる為に抱っこしに行く。
「ホントびっくりした......さっきの続きでもしたいの?」
「いや、お姉の服の隙間からおなかが見えてたから、つい......」
「だからって......はぁ。もう、気を付けてよね」
「はぁい」
戻ってきてまたベッドに腰かける。
お姉が起き上がって服を整えてからわたしに抱っこされているクロノを撫でる。すぐに警戒も解いてくれたみたいで安心した。
「はぁ、お姉のおなかぷにってしたら身体測定のこと思い出しちゃった」
「だから、冗談だから気にしなくても」
「体重のことはもういいの、別に太ってないの分かってるし。でもわたしだって女の子ですから。いきなり体重についていじられたらびっくりしちゃっただけだし」
「そうなんだ。まぁ私もそうかもなぁ」
他の人に言われてもなんとも思わないだろうけど、お姉にそう思われるのだけはイヤだなぁ。
「クロノも太ってお姉にバカにされないように気を付けようねぇ」
クロノの手をもってシュッシュッっとお姉の方に向かってパンチしてやる。
「人をそんなノンデリみたいに言わないでよ」
お姉がパンチして伸ばされたクロノの手をきゅっと握って止める。
「それなら身長の方?」
「うん。やっぱり一刻でも早くお姉に追いつきたいなぁ」
何か大きな理由があるわけではないけれどもやっぱり160の大台を超えているお姉と超えていないわたしという現状はどこか嫌だと感じてしまう。二人の身長を数字で書いて比べた時に159と160だったら収まりが悪いというか、なんというか。
小さい差であるはずなのにとても壁があるように思えてしまう。せめて160と161とかだったらまだいいんだけど。
もしこのまま成長に差が開いて行ったらもう耐えられないし。同級生には去年と、または数年間も全く変わってないって言っている人もいたし、ありえない話ではないので少し危機感を感じる。
なのでせめてここは追いついておきたい。
「ホントにすぐだと思うから何もしなくていいと思うけど。じゃあ生活リズムとか直さなきゃね」
「う~ん。じゃあ土日のどっちかは朝早く起きて運動する習慣とか作ってみようかな」
お姉はこう見えて寝るのが結構好きなので夜は早く寝ているが、わたしはいつも何となく過ごして夜更かししてしまうことが度々あった。
まずは土日にちゃんとするように頑張ったら平日も少しいい影響が出てくるかもしれない。
「いいんじゃない?」
「もちろんお姉も一緒にだよ?」
「それだと身長差縮まらないじゃん」
「お姉、いやなの?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ決定! それじゃとりあえず明日からね!」
「えぇ......そんな急に」
そういうことで新しい習慣を作ることを決心して、寝る時間まではお姉の部屋で時間を過ごした。
いい時間になってお風呂に入り、歯を磨いてお姉とおやすみの挨拶をして自室に戻り眠りにつく。
眠りに......
......
............
「もう少しだけならいいかな」
少しだけスマホを開いて動画を見......ようとしたところでスマホが鳴り、お姉からーー早く寝なさいーーとメッセージが来る。
......流石お姉。




