第50話
「おーわり! ただいま~」
「おかえり、ありがと」
作ってくれたのはお姉だったのでわたしが洗い物をして、それを終わらせてソファでクロエを抱っこして遊んであげていたお姉の隣に座る。
「それで、今日はどうしようかね」
「家でできることと言ったら、やっぱり筋トレしかない? あ、それかピラティス? っていうのやってみる?」
「あー、最近聞くやつね。器具とかなくてもできるのかな」
「後で調べてやってみよっか」
「そだね! 少し休憩してからにしよ」
「今日は時間気にしなくていいしね」
ご飯を食べてすぐに動くとお腹が痛くなってしまうので少しだけ休憩することにして、わたしもお姉の膝の上でくつろいでいるクロエを撫でてあげると気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「クロエとクロノも大きくなったよね~」
「ほんとにね。来たばっかりの頃はこんなだったのに」
そう言いながら、お姉は両手で丸く形作ってドーナツくらいのサイズ感を表現する。
「えぇ~そんなに小っちゃかった?」
「うん。もしかしたらもっと小さかったかも」
「うっそだ~」
「ふふっ。それなら久しぶりに写真見てみよっか」
お姉がテーブルに置いてあったスマホを手に取って画面を点ける。チラッと見えたホーム画面は先日のレクリエーション学習の日に滝の前で撮ってお揃いにしたものだ。
ロックを解除して沢山の写真があるライブラリをスイスイっとスワイプしていって去年の夏あたりの日付の所を探すと、クロクロと出会った頃の写真が連続してスマホの画面を埋めた。
「あったあった。で、一番最初が——ほら」
「どれどれ。わぁ、かわいい~~!!」
お姉がタップして画面いっぱいに映し出された写真を見ると、小さいぬいぐるみのようにしか見えないクロクロとその兄弟姉妹が一緒に丸まって寝ていた。
これはおじいちゃんとおばあちゃんの家で撮った写真で、一緒に写っている他の子達は今もおじいちゃんとおばあちゃんの家に住んでいる。
今年も会いに行かせてあげたいな。
「確かに丸まったらあのくらいの大きさかも」
「でしょ? これでも産まれたばっかりよりは大きいんだよね」
「生命ってすごいなぁ。ね~クロエ」
リラックスしすぎて返事もせずにくつろいでいる。
その後もしばらく今までのクロクロの写真を二人で見ながら思い出に浸った。
「そろそろ運動する?」
「そうだね。それじゃあ、お姉の部屋にレッツゴー!」
「運動する格好に着替えなくても大丈夫?」
「あ~。それじゃあ着替えてお姉の部屋に集合ー!」
キリが良くなったところで今日の運動を開始するためにリビングから部屋に移動して、部屋着から運動する服に着替えて少し経ってからお姉の部屋に行く。
「お待たせー」
「軽い筋トレから始めよっか?」
「はーい!」
部屋の中央にあるテーブルを片付けて、まずはアップがてら一緒に腕立て伏せからスクワットをして、交代で足を抑えながら腹筋を始める。
「お姉......! ちょっと、休憩させてぇ......!」
「ダメダメ。こういうのは追い込んでこそ効果があるんだよ。ハイ、1、2!」
「ひぃ~! でもっ! お姉、はっ! 今休憩してるよね!」
「ふふん、それに気づけるとは。やるね環樺」
「ず、ずるい......!」
「ほらもっと頑張るよ! 7、8!」
「うぐぐ、鬼ーー!」
わたしには分かる。今お姉は目的が筋トレじゃなくてわたしが苦しんでいる姿を見て楽しむことになっている。
それでもわたしはお姉に言われるままに腹筋を続ける。身体を起こす度に楽しそうに笑うお姉の顔が近くに来ることをご褒美に。
でも流石に......
「も、もう限界~!」
「ラスト三回! いーち、にーい!」
「さぁ、ん! ぷはぁっ!」
「はい、よく頑張りました」
「えへへ......」
限界で床に倒れこんだわたしを労ってお姉が優しく頭を撫でてくれる。なんという飴と鞭の使い方だ。これを続けられたらきっとわたしは人間の枠を超えられる気がする。
「じゃなくて! 次お姉の番だから!」
「......はぁい」
バッと起き上がってお姉に言うと、渋々お姉が膝を立てて仰向けで横になってわたしがお姉の足を手で押さえる。
「わたしがやってる間休憩してたんだからわたしよりも多くできるよね」
「お手柔らかに......」
「ハイ、スタート!」
「うぅぅ。いーち、にーい......」
そして順調に回数を重ねていき、わたしが終わった回数まで到達する。
「お姉、調子はどう?」
「キ、キツイ......! もう無理......!」
「そっかぁ。それじゃ、もう五回いこっか」
「うそっ!? お、鬼......!」
「お姉ならいけるよ! ほら!」
「うぐぐ......いーちっ! にーいっ......!」
お姉もこうやって勢いで押し付ければ断らないので、いじわるをしてお姉の辛そうな表情を楽しむ。可愛い。たまには良いね、お姉をいじめるのも。
「んっ! はぁ、はぁ......!」
「後たった二回だよ! 頑張れお姉!」
「これでっ! おわりっ! ......っはぁ!」
「流石お姉、よく頑張ったね」
「も、もう無理......少し休憩しよ......」
「あははっ。そうだね、一緒に休憩しようね」
倒れたままのお姉の隣に寝転がって一緒に身体を休める。
最初はピラティスの前の軽いウォーミングアップみたいな感覚で始めたはずなのに、二人とも腹筋が限界に近くなってしまった。
「横になりながらピラティスのこと調べてみようかな」
「あ、そうだね」
横になって数分、しばらく休憩できた頃にお姉がスマホを取り出して調べ始める。
「えーと。器具がなくても床でできるみたいだよ」
「へ~。それならよかった」
「すごく身体に良いらしいよ。後は姿勢を良くする、美尻、美脚......」
「おおー、いいねぇ! やろやろ!」
起き上がってお姉の読み上げた文字に食い気味に反応する。
どういう目的でやるのが正しいのかは分からないけど、女の子ならやっぱりこういう言葉は魅力的に感じてしまう人は多いだろう。
「よいしょ。動画見ながら一緒にやってみよ」
わたしに続いてお姉も起き上がって、スマホの画面をこちらに見せてくる。
「これ、これにしよ!」
「それじゃあ、私が動画を見ながらやるから、環樺は私の真似してやってね」
「おっけー!」
そして画面に映し出されている動画サイトに連続して表示されているピラティスのやり方を説明する動画の中から、より魅力的に感じるサムネの動画を一緒に選んで再生する。
「えっと、まずは、こう?」
「ふんふん」
スマホを持ってもう一度横になって画面の中の人と同じポーズを取るお姉。それをわたしも真似てみるけど、途中でお姉はどうしてもやりずらそうになってしまっている。
「お姉、画面見ながらじゃやりずらい?」
「う、うん。結構キツイかも......」
「わたしの部屋行こうか」
「そうだね、ていうか最初から環樺の部屋で運動すればよかったね」
「いつもなんとなくお姉の部屋に来がちだからね~」
そんなこんなで珍しくお姉の部屋からわたしの部屋へ移動する。
「いやぁ今日は湿度が高いから汗が出てくるね」
「ほんと。まだ半分くらいなのにお互いに無理するから」
「お姉がイジワルするから~」
「それは何も言い返せない」
棚からタオルを一つ取り出して顔と首元の汗を拭く。
「はい。お姉もどうぞ」
「うん、ありがと」
わたしが汗を拭いたタオルを手渡すとお姉も汗を拭き始める。
その間にわたしはテーブルを片付けてからモニターを点けて、動画サイトを開いてさっきの動画を探して再生する。
「よーし。これで一緒に見ながらできるね」
「だね。どうせならもう一回最初からやろっか」
再び動画の中の人の説明通りにピラティスを開始する。
「ふぅー。これ、すごく体幹が鍛えられそう」
「激しい動きじゃないけど、慣れない動きをするから疲れるね」
息を吸って吐いてをちゃんとするのが大事みたいなのでそれに夢中になって、部屋の中に呼吸音とたまに苦しそうな声が響き、たまに少しの会話をしながらやり続ける。
開始から十数分、お疲れさまでしたという動画の声と共にピラティスが終了して床に倒れこむ。
「はぁー! 効くぅー!」
「これ結構良いかも......」
「お風呂上がりのストレッチの代わりとかにやろうかな」
「あー、良いねそれ」
「それじゃあ気が向いた時にでも一緒にやろっか」
「うん、そうしよ」
そうして本日の運動は終了ということになり、汗を拭いたお姉がタオルを渡してくれたのでわたしも汗を拭こうとしたんだけど、なぜだか手がピタリと止まる。
「......?」
かなり久しぶりにこうしてタオルの貸し借りをしたけど、こんなにも気になるものだったかな......
いや、決して嫌なわけじゃない。嫌なわけじゃないんだけど......
いきなり湧いて出たよく分からない感情をもろとも払拭するように、タオルに顔をうずめて汗を拭きとり、しばらくそのまま横になって身体を休めた。




