第48話
「ほらほら! お姉、早くー!」
「もう! 急がなくても滝は逃げないから!」
私の手を引きながら石だらけの川岸をジャリジャリと音を鳴らしながら、雑木林の方へと走る環樺に、コテコテな言い回しで静止をかけようとする。
そんなに気温も高すぎはしないとはいえ、流石に走ると結構暑い。
「あははっ!」
「〜っ! 環樺、ストップ!」
「うおっとと」
さっきからいつにも増してテンションが高い環樺。こういう時は軽く言ったくらいじゃ止まらないので、繋いでいる手を引っ張って無理やり止める。
既に人が少なくなるくらいの場所まで走ってきていた。
「全然話聞かないんだから」
「ごめんごめん、楽しくってつい」
「楽しいのは私もだけど。だからこそゆっくり行こうよ」
「そうだね、まだ時間もいっぱいあるし」
環樺が一旦立ち止まって、繋いでいる手とは反対の手でポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
歩きスマホは危ないからね、こういう時でもちゃんと立ち止まって偉い。
「環樺、まだあっちの川もちゃんと見てなかったでしょ? 滝を見に行くのは友達と遊んでからでもよかったのに」
「そ、そうなんだけど。えっと......」
「ん?」
スマホをしまいなおして歩き始めた環樺は少し言いづらそうに口ごもる。
「どうしたの?」
「えっと、久しぶりの遠出だから、ちょっとだけお姉と二人っきりになりたかったーなんて......」
「............」
恥ずかしそうにしながらそんなことを言う。何だこの生き物、可愛いな。
だから人が少なくなるこの辺まで走ってきていたのかもしれないとも思える。
「ちょっとお姉! 黙られると恥ずかしいんだけど!」
「え、あぁうん、ごめん。可愛いなぁって思って」
「も~何それ!」
高校の入学式の日、こういう風にクラスメイトよりもお互いを優先することがないようにしようという約束をしたけど、あの時に比べてお互いにクラスでの立場を確かに積み上げてきているはずだ。
自由時間は残り二時間半くらいもあって、滝を見に行って帰ってきても三十分くらいだろうし、少しだけ二人きりの時間を楽しんじゃおうかな。
「ふふっ」
「お、お姉?」
いきなり笑ってしまったので環樺が怪訝な表情でこちらを見る。
「んーん。それじゃあ二人っきりで行こっか」
「! うん!」
私の言葉に環樺が嬉しそうに頷く。環樺が嬉しいことなら勿論私だって嬉しい。さっき環樺が言った通り久しぶりの遠出だし。
最後の遠出は去年の夏休みのおじいちゃんおばあちゃんのお家に行った時かな。クロエとクロノに出会った時だ。
そうしてお互いに手を離そうとすることもせずに手を繋いだまま、さっきいた場所よりも木々が生い茂る林の中に足を踏み入れていく。
「足元気をつけてねー」
「うん、ありがと」
周りの景色が変わっていくと当然のように足元の材質も変わっていって、足元が悪い中を私の手を引いてくれている環樺が注意を促してくれる。
隣に川が流れて、周りが高い木々に囲まれて日陰になっているのでとても涼しい。
「うーん、空気が綺麗~」
「ホントだね~。実感できるくらい美味しい」
二人で一緒に深呼吸して自然の空気を堪能すると、さっきですら綺麗だった空気がさらに澄んでいるのが感じられる。やっぱり光合成ってすごいんだろうか。
それに加えて、人の声がほとんど聞こえなくなってきているので、木々が風で揺れる音だったりさっきよりも勢いが強い川の流れる音、虫や鳥の鳴き声がはっきりと聞こえてきて、今自分達は大自然の中にいるんだという感覚がさっき居た所よりも色濃く全身で感じられる。
「あ! お姉、今川に何か居たよ!」
歩きながらチラッと川を見た環樺が何かを見たらしく再び立ち止まってそれを見たであろう場所を指さす。
「ほんと?」
「んー、もう見えなくなっちゃったけど」
「そういえばさっき、昔お父さんと一緒に釣り堀に行ったときに唐揚げで食べた魚が居たよ」
「え~そうなの!? ずるい! 見たかったな~」
教えてあげると羨ましそうにこちらを見る。
「だからさっき皆で遊んでたらよかったのに」
「うぅぅ、だってぇ......」
「ふふ、ごめんごめん。後で向こうに帰ったら一緒に皆と川で遊ぼうね」
「うん!」
すぐに機嫌を取り戻して笑顔で頷く。
さっき私達が旅立った時には既に結構な人数が川に来ていたけど、ほとんどは川岸で眺めているかほんの少しだけ入って浅瀬でちゃぷちゃぷしている人達ばかりで、真尋ちゃん達みたいに奥まで入っていって遊んでいる勢はそれほど多くなかったので、滝を見て戻ってからでも魚は居てくれるだろう。
ここはさっきのところよりも川の流れが速いし地形も険しくなってきているので入って遊ぶのは危険なので、もう少し我慢してもらう。
「とりあえず今は滝を目指して進もっか」
「そだね! 多分もうすぐそこだと思うし!」
気を取り直して石を登ったりしながらさらに奥へと進んでいくと、そこから数分のうちに遠くの方からうっすらと水が打ち付ける音が聞こえてきて、バッとお互いに顔を見合わせる。
「お姉! 聞こえる? この音......」
「うん! そろそろだね」
そろそろだというのが分かると、心のわくわくが大きくなっていくのも分かる。
足元も危ないので逸る気持ちを抑え、声を掛け合って気をつけながら少しずつ確実に進む。
少しずつ音も大きくなってきたと思ったら、すぐに今までよりも開けた場所に出て、遂にその音の発生源が視界に入った。
「やったぁ! 見えたよお姉!」
「そうだね! もっと近くに行ってみよ!」
「うん!」
二人とも興奮しつつ、近づけるだけ滝に近づいてみる。
「わぁ......綺麗......」
周りには木々が生い茂っている中で滝の上からだけ空が覗いていてそこから光が差し込み、苔むした岩の間から段を成しながら何股かに別れて水が流れ落ちてきている。
流れる水に光が反射してキラキラと輝いているようだ。
高さで言うと全部合わせて3mくらいだろうか。見上げるほどのすごい高さから水が一気に大量に落ちて水しぶきを上げるような迫力のあるタイプではないけど、周りの景色と相まって神秘的な美しさを醸し出していた。
お互いにしばらく無言のまま見入ってしまっていた。
環樺がきっと無意識に繋がれている手にぎゅっと力を込めて、私もそれに呼応してぎゅっと握り返す。
「......はっ! お姉! 一緒に写真撮ろうよ!」
環樺が思い出したかのようにいきなり声を出したので少しびっくりした。
「せっかくだしね。どこが良い角度かな」
勿論写真は思い出として撮っておきたいので一緒に移動しながらちょうどいい画角を探す。
「ここが良いんじゃない?」
「うん、オッケー! じゃあいくよー!」
少し滝から距離を取った所で背を向けると、環樺がスマホを取り出して内カメで撮影を始める。
「お姉、もうちょっとこっちかも!」
「ん、この辺かな?」
「えーと......うん、良い感じ!」
位置と角度を微調整してからパシャパシャと横と縦も何枚か写真が撮られた。
「ほら環樺、もうちょっと寄ったのも」
「あっ、う、うん」
環樺の腰を少し抱き寄せて、もっとくっついた状態の写真も数枚。
「よし、こんな感じかな!」
「良く撮れてるんじゃない?」
撮り終わってすぐに二人でスマホを覗き込んで写真を確認する。
「カメラマンが居て欲しかったな~」
「環樺が二人きりがいいって言って来たんでしょ」
「そうだけど! これとは話が別~」
「ふふっ。でもほら、きっとこの感じが今の私達にとって一番良い写真だと思うよ」
「えへへ、そうだね!」
環樺が腕をギリギリまで伸ばして頑張って撮っているこの感じも、こういう場所に二人だけでやってきたんだっていうのが現れているようでいいアクセントになっている。
「あ、この環樺が一番可愛い。スマホのホームに設定しよっと」
「え! お姉はこっちの写真の方が可愛いんだけど!」
「え~でも私こっちがいいなぁ」
「うぅ、絶対お揃いがいい......」
そんな言い合いをしていると、私達が来た方向から人の話し声が聞こえてきた。
周りに誰も居ないうちに二人きりでゆっくり眺めて写真も撮ることができてよかった。
「それじゃあ、どの写真にするかは帰ってからにしよっか」
「そだね! 皆のとこに戻ろっか」
最後に少し滝を眺めてから、やってきた人達と挨拶を交わしてこの神秘的な場所を後にした。
この綺麗な景色を見れたこともそうだけど、また環樺との良い思い出が増えたことが何よりも嬉しかった。




