第41話
「円樺ちゃあん! 離れてても友達だからあ!」
「真尋ちゃん......もう決まってることだから」
真尋ちゃんが涙ぐみながら私の両手を握って上目遣い気味に見つめてくる。
私はその真尋ちゃんから目を逸らす。
「うううぅぅ......」
「真尋ちゃん、あのね......」
それでも縋ってくる真尋ちゃんにもう一度向き直り、小さい声で優しく諭すように語り掛ける。
「ただの席替えだから落ち着こ? ほら、注目集めちゃってるから......!」
「だってぇ」
真尋ちゃんの大袈裟すぎるリアクションで周りからクスクスと笑い声が聞こえてきたり、先生は何とも言えない表情をしてこちらを見ていた。
今は帰りのホームルーム。6時間目の授業が終わってすぐ、いつもより少しだけ早い時間から先生が教室に来てウチのクラスだけ先に始まる。
数日前から今日の帰りのホームルームでこのクラスでの初めての席替えをするということが担任の先生から伝えられていた。
「えーと、津川~。パパッとやってしまいたいんだが、そろそろいいか?」
「うぅ......はぁい」
先生に言われて渋々ちゃんと席に座りなおして前を向く真尋ちゃん。私も改めて前を向く。
「それでは、くじを二種類作ってきました。公平に、一つ目のくじで出た出席番号の人からこっちの席を決めるくじを引きに来てもらいます。さっそく、一番最初の人は——」
先生からの説明があった後、席替えのくじ引きが開幕した。
「円樺ちゃあん、寂しいねぇ」
「私もー。円樺ちゃんの隣は居心地よかったのになー」
真尋ちゃんに続いて反対側の子も席替えで席が変わってしまうことを惜しむ声を掛けてくれる。
「あはは、二人ともありがとう。もし席が離れちゃっても沢山お喋りしようね」
「うん!」
「これからもよろしくね」
少ししみじみとした挨拶を二人としながら、教壇のところで進んでいくくじ引きの行く末を見守る。
でも、実のところ、私も席替えっていうものがあまり得意ではなくて、生活し慣れた環境が変わってしまうというのは少なからず精神的に疲れてしまうものだ。
それと、あまり考えたくないんだけど、どうしてもいずれは訪れてしまう環樺との未来についてのことが頭をよぎってしまうから苦手だ。
今は好きな時に一緒に居られるけど、数年後にいつか訪れる未来は不安定で一緒に居られるとは限らない。
そういう考えが大きいところだと進学、それから進級、小さいものだとこういう席替えなどの環境の変化のタイミングでどうしても連想されてしまう。
どういう未来が待っていたとしても、環樺が幸せでいてくれることが私にとっての一番だけど。
そしていつものように頭によぎるこういう不安を振り払うように小さく頭を横に振って思考を切り替えることにする。
ずっとこういうことばかりを考えてしまうのはよくない。
「はい次、7番ー」
「うおおお! いくぜええ!」
「静かにしろー、早く来い」
どんどん番号が呼ばれて一つずつ座席が埋まっていく。
一番前の席になって絶望している人や、窓際や後ろの席になって喜ぶ人。誰かと近くの席になれて嬉しがる人。
きっとどこの席になったとしてもどうなったとしても、その人なりに嬉しかったり悲しかったりする理由があって、それをどう思うかはその人の考え一つ次第で変わるものだろう。
私はどこがいいかなぁ。窓際はこれから気温が高い日が続くからちょっと嫌かも。授業が聞きやすいように前側が良いけど、一番前は少し避けたいかな。身体の大きい男子の後ろだと黒板が見にくくなっちゃうから交換とかしてもらえるかな。
なんて残ってる席を確認して妄想を膨らませていく。
前向きに考えれば、席替えは新しい出会いや新しい関係の始まりの機会なんだから精一杯楽しい気持ちの方が良い。
「次ー、えっとこの番号は。藤咲ー」
「あ、はーい!」
座席の四割くらいが埋まったくらいの頃、ついに先生から私の名前が呼ばれた。
「円樺ちゃんが先か~」
「円樺ちゃん、頑張ってね!」
「うん、お先に行ってくるね二人とも」
立ち上がると両隣の二人から背中に声を掛けられて、振り返って軽く手を振りながら前に歩いて行く。
頑張ることはないんだけど、頑張ってこよう。
「こっちの箱から一枚引いてな」
「はい」
箱の口に手を入れてカサカサと紙をかき混ぜる。
根拠なんて何もないけど、今人差し指に当たっている一つだけ存在感を放っているような気がする紙を箱から取り出す。
四つ折りになっていた紙を開いて番号を確認してから先生に渡す。
目の前の黒板で座席表を確認すると先生が私の名前をその番号の場所に書いていく。
別にその選んだ紙が劇的に良かったなんてことはなくて、私の席は教室の左後ろ辺りに決まった。
まだ前とか隣も埋まってないらしく、これから私を取り巻く人間関係も他の人の結果次第だった。
席の移動は最後に全員がくじを引いて全ての席順が決まってから一斉にするので、私はそのまま今の自分の席に戻る。
「お~。円樺ちゃん結構いい席引いたねぇ」
「そう?」
席に座りなおすと真尋ちゃんが羨ましそうに黒板を見ていた。
「うん。あたしだったらあの辺の席羨ましいなぁ」
「あはは、一つ埋めちゃったね。近くのところ引けるといいけど」
「まだかなまだかな~」
真尋ちゃんは机の下で両足をプラプラさせながら前の方で進んでいるくじ引きを見守っていて、自分の番を心待ちにしているようだった。
「次は、えーと。津川ーお待ちかねだぞー」
「はぁい! やったぁ行ってくるね!」
「うん、頑張ってね」
名前を呼ばれて素早く立ち上がってウキウキで前に出ていく真尋ちゃんにさっき私が言われたのと言葉を掛けて送り出す。
それから帰りのホームルームが終わるギリギリくらいで全員が引き終わって、皆で大移動する時が来た。
「円樺ちゃん、元気でねえ!」
「うん、大丈夫。これからも毎日話せるからね」
「それじゃ、ありがとー円樺ちゃん」
「こちらこそありがとう」
両隣と挨拶をして、全部の荷物を持って立ち上がり、高校生活が始まってからずっと一緒に過ごしてきた机に手を置く。
心の中でお礼を言ってから新しい席に向かって移動した。
「わー! 円樺ちゃんだー! 嬉しいー!」
皆が一斉に移動しているので当然ごちゃごちゃとして、人の波をかき分けながらようやく新しい席に辿り着くと、私の隣の席を引き当てたらしい子が凄く喜んでくれている様子で迎えてくれた。
「そんなに喜んでもらえるなんてこっちこそ嬉しいな。よろしくね」
「うん! やったー」
その子と軽く挨拶をして机の上にバッグを置いて席に座る。
教室中でもこんな風に席の周りの人と会話したりでざわざわとしていた。
「うあ~目悪くなったなぁ、ギリギリ黒板見づらいかも......」
背後からぼそりとそんな声が聞こえた。
聞こえたからには無視もできないので振り返って後ろの子に声を掛ける。
「えっと、大丈夫? 席交換しようか?」
「え゙っ!?」
と先に声を上げたのは隣の席になった子。そんな悲しそうにされたらちょっとだけ申し訳なくなる。
「え、いいの? でも......」
「ホント!? 円樺ちゃん隣に来てくれるの?」
後ろの子が迷っていると斜め後ろの席の子も興奮気味に会話に参加してくる。
「おいでよ円樺ちゃん!」
「ええ~! 行かないで円樺ちゃん~!」
すごく嬉しいことだけど板挟みになってしまった。後ろの子もこれはどうすればみたいになってしまっている。
「あはは......えっと、どうしよっか?」
「そ、そうだなぁ、全然見えないってわけでもないし......」
「あ、それなら俺と交換する? 俺目良いから! あと後ろの席のが良いし......」
どうしようか困っていると、私の前の席の男子の耳にも聞こえていたらしく、席の交換に名乗り出てくれた。言葉の後半は小さい声だったけど。
「じゃあ、そうしよっかな。円樺ちゃんもありがとね」
「ううん、解決したならよかった」
そういうことで後ろの子と前の男子が席を交換するということでその場は収まった。
「セーフ! よかったー」
「ちぇー。まぁ斜めでも嬉しいけど」
「あはは......皆よろしくね」
「よーし、そろそろ静かにしろー。一つだけ連絡事項を伝えて、ホームルームを終了しまーす」
先生が改めて挨拶をした教室の喧騒を鎮めた。その後少しだけ話をすると、帰りのホームルームと席替えが終わり、チャイムが鳴って放課後へと移り変わっていく。




