第40話
「ピィーーーー! ハイ集合ーー」
体育館にホイッスルの音が響き渡り、先生が集合の号令を掛ける。
「だって。行こっか、久野さん」
パスの練習をしていたボールを受け止めて腕に抱えて、久野さんに言葉を掛ける。
「うん! 声掛けてくれてありがとう、環樺さん。あと色々教えてもくれて」
「ううん、わたしもついつい楽しくなって結局おせっかいみたいになっちゃった」
「全然そんなことないよ! すごく嬉しかった」
「ふふっ、それならよかった。偉そうに教えたもののわたしも素人なんだけどね」
「そうなんだ......でもそういえば環樺さん、部活入ってないもんね」
「そうなの。バスケはたまに遊んでたくらいでさ~」
話をしながらボールを籠に戻して先生のところに向かう。
ドムドムとそこら中で鳴っていたボールの音だったり話し声や笑い声も小さくなっていって、一か所に皆が集まっていく。
「それじゃ、またね」
「う、うん!」
久野さんと別れて定位置に行くとムスッとした明奈もそこに居た。
「わーかーばー」
「ごめんごめん」
「あはっ、全然いいけど! あれが環樺の良いところの1つだしね~」
「ありがとね」
謝るとすぐに耐え切れなくなったようにコロッと表情を変えて笑う明奈。
こちらとしても冗談だったと分かっているし、ああいう時の明奈はすごく臨機応変でどうとでもなってくれるのでわたしもあんな感じで任せられる。
といってあまり甘えるのも悪いとは思ってはいるんだけど。
少し話して先生が話し始めようとしていたので会話をやめて前を向く。
「えー、ここからは男女に分かれてハーフコートで試合形式でやっていきます。それでは——」
先生から軽く説明があった後に男女ともに十人の名前が呼ばれて、五人ずつのチームに分けられて試合が始まる。
わたしと明奈は呼ばれなかったので、次の試合を待ちながら一緒に体育館の壁に寄りかかって座ってコートの中で進むゲームを見守る。
ボールが右へ左へ行き来する度に隣の明奈が「お~」とか「わ~」とか言っていた。
「やっぱりバスケ部は上手いねぇ」
バスケ部の子がスリーポイントを決めて感嘆の声を上げる。
「まずほとんど届かないよね」
「マジでねー。コントロール無視して思いっきり投げてやっとだって」
わたしもきっと七回に一回くらいしか決められない。
試合を眺めながら雑談すること数分後、ビーーー、とブザーが鳴って今やっている試合が終了する。
「はい交代! では次のチーム分けは——」
そしてさっきと同じように順番にチーム分けが発表されていった。
「お~! 環樺、敵同士だねぇ!」
「みたいだね」
「こっちはバスケ部の渡辺ちゃんがいるから勝ったも同然! ね! 渡辺ちゃん、頑張ろー!」
明奈はそう言いながら張り切って渡辺さんやチームメイトに絡みに行った。
明奈が向こうに行くと久野さんが入れ替わりでこちらにやってくる。
「わ、環樺さん、またよろしくね」
「久野さん、一緒に頑張ろっか」
久野さんもわたしと同じチームで呼ばれていたので一緒に他のチームの人と合流しに行って皆でよろしくね、と挨拶を交わして、こちらのチームに配られた赤色のビブスを着用する。
「ジャンプボールするのでチームで一人決めて下さーい」
とのことでチームで話し合った結果、この中で一番背の高いわたしが行くことになった。
向こうはバスケ部でわたしよりも背が高い渡辺さん。
「よろしくね~」
「うん、よろしく」
ビーーー、という試合開始のブザーと共に、さっき試合をしていたバスケ部の一人がボールを上に高く投げる。
「んっ!」「よっ!」
と向かいの渡辺さんと同時に思い切りジャンプしたけど、流石に分が悪かったみたいでギリギリ届かず、渡辺さんが触ったそのボールがちょうど明奈の手に収まった。
「やったー! ナイス渡辺ちゃーん!」
「あっぶな~! 流石だね環樺さん、全力で飛んどいてよかったー」
「くやしー。いけたと思ったんだけどなぁ」
惜しくはあったものの、相手のボールには変わりないので小走りで自陣に戻ってディフェンスから試合が開始した。
「いったれー渡辺ちゃーん!」
「任せろーい!」
明奈からパスをもらった渡辺さんはすぐにゴールしてハイタッチを交わした。
「ナイスー!」「いえーい!」
「こっちもいくよー」
「オッケー」
ゴール下からパスを受け取ってドリブルで運び、横の人とパス交換をしながら敵陣に切り込んでシュートを決め、こちらも点を取り返す。
「すごいすごい! ナイスシュート!」
こちらもパス交換した者同士でハイタッチをする。
そしてまたディフェンスのターンになって、相手がパスしながら進んできて、渡辺さんが久野さんの立っているところの近くに迫る。
「え、あ......!」
あっさり躱されてしまってそのままシュートを決められてしまった。
「ごめんね、簡単に抜かれちゃって......」
「ドンマイドンマイ。気にせず楽しも」
「そうそう! てかあたし達も止めらんないし!」
目が合って少し申し訳なさそうに謝ってくる久野さんをわたしが励ますと、周りの子達も声を掛けてくれる。
それからも何度かの攻守を重ねていき、点が入ったり入らなかったりする時間が続いていく。
やっぱりバスケ部の渡辺さんの攻撃は止められてなくてバンバン点を決められていく。そんな中初めてわたしの前で渡辺さんがパスを受け取り、少しドリブルしてきて一対一の状況がやってきた。
ここまで全部いいようにやられているのと個人的にジャンプボールで負けていることもあって、一つやり返してやりたいと、目の前でドムドムとボールがつかれる音を聞きながら腰を落としてフーーと息を吐いて集中を高める。
渡辺さんもこちらを警戒してくれているのか膠着状態が続く。それはたった数秒間だけだったと思うけど感覚的にはすごく長く感じた。
そして動き出す雰囲気を感じ取ったその次の瞬間に鋭く切り込んでくるのに反応して何とかついていく。
「えっ......!?」
ついてこられるとは思っていなかったのか、渡辺さんは驚いて一度止まって切り替えしたタイミングでわずかにドリブルが乱れたのをわたしは見逃さない。もし止められるとしたら向こうがミスをしてくれたタイミングしかないと狙っていたから。
すばやくボールに手を伸ばして指先でギリギリ触ると、わたしの前のスペースにてんてんと弾んでルーズボールになる。
それを急いで回収すると、当然すぐさま渡辺さんも切り替えて追い付いてくる。
流石にここからドリブルで渡辺さんを剥がしながら決めに行くことはできないと思って周りを見ると、離れた位置にちらっと横に赤いビブスを着た人が目に入って、振り向きながらその人にパスを出す。
「おねが......あっ!」
プレッシャーを掛けられていて急いでパスを出してしまったことで、自分で思っていたよりも強いパスになってしまった。
そしてそこにいたのは久野さんだ。
まずい......! と思って反射的に目をギュッと細めてしまう。
避けてくれることを心の中で願ったが、久野さんは避けることをせずに私が教えたように両手を胸元の前に出して、正面からボールを受け止めてボールを床に落とす。
それを見てハッとして切り替えて全力で前に走り出すと、対して渡辺さんはボールを追って小走りで久野さんのところへ向かっていった。
「出して! 前!」
床にボールをバウンドさせてからボールを取ったのを確認して、久野さんの縦に走りながらそこに向けて手をかざして合図を出す。
「はいっ!」
顔を上げて走っているわたしを視認した久野さんは渡辺さんが辿り着く直前、今度もわたしが教えたようにしっかりとしたパスを出してくれた。
「行かせないよ環樺ー!」
明奈がわたしについてきていたらしくわたしとゴールの間に入ってくるが、走りながら後ろ向きで久野さんからのパスを受け取って、その勢いでくるっと反転しながら明奈を躱す。
「なにーー!?」
驚きの声を上げる明奈を置き去りに、後は無人のゴールまでドリブルで持っていき、左足で踏切ってレイアップをして右手でふわりとゴールにボールを置いていく感覚。
前にお姉と一緒に沢山練習した機会があったレイアップシュートが綺麗に決まって、バックボードにトンと軽く当たってからパサッと軽い音と共にゴールに吸い込まれていった。
「久野さん! ナイスパス!」
シュートを決めてすぐに久野さんのところに走っていって右手を上げる。
「環樺さんもナイスシュート! 凄かった!」
久野さんも右手を上げて二人でハイタッチをする。
「あ、手大丈夫? ごめんね、ついパス強くなっちゃって」
ハイタッチで手を合わせたことで思い出して聞いてみる。
「うん、大丈夫だよ! 環樺さんが教えてくれた通りにできた!」
「そうだね、完璧だった。きっとセンスあるんだね」
少しの時間、二人で喜び合っていてもまだゲームは終わってないのですぐに再開されてわたし達もゲームへと戻っていく。
その後もしばらく点を取ったり取られたりが続いた結果、チームは惜しくも(点数的にはそんなに惜しくはなかったんだけど気持ち的に)負けてしまったし、あれから二回渡辺さんとマッチアップしたけど全然止められなかった。
「いやー快勝快勝!」
「負けちゃったなぁ」
終わってからまた明奈と話したり、残った時間はやりたい人が自由参加で何試合かやったりして授業の終了を告げるチャイムが鳴って解散になった。
「ふ~楽しかったー!」
「今日は白熱したね」
「あ、あのっ環樺さん!」
「ん?」
明奈と体育館を出ようと出入り口に向かって歩いていたところで久野さんに声を掛けられる。
「久野さん、お疲れ様」
「久野ちゃんお疲れー!」
「うん、お疲れ様二人とも。......あのね!」
少し溜めてから、手を握り締め顔を上げて言葉を紡ぐ。
「環樺さんのおかげで初めて自分から体育の授業に参加してるって思えて、初めてこんなに楽しかった。今日は本当にありがとう!」
久野さんはそう言ってぺこりとお辞儀してから駆け足でさっさと出入り口に向かって行った。
「こっちこそ楽しかったよー! また一緒に何かしようねー!」
と聞こえているかは分からないけど、去っていく久野さんの背中に声を掛ける。
「環樺~、またやったの?」
「なにが? ていうかまたってなに」
「ほんと、無自覚って怖いわ~」
相変わらずこういう時の明奈は何を言っているか分からないけど、今日の一日も楽しい学校生活だった。




