第34話
時計を見ると、お姉がいつもはとっくに寝ている時間になっている。
今日は日付が変わるまで起きていると決めてるみたいだけど、かなり眠そうにしている。
ここまで頑張って起きてきて、あと40分くらいで日付は変わるんだけど、なにもしていないといつの間にか寝ちゃいそうだ。
「お姉、大丈夫?」
「うん......だいじょうぶ......ふわぁ......」
「あはは、眠そうだねぇ」
大丈夫といった矢先に口元を抑えながらあくびをしていた。
それに釣られてわたしも喉の下まで欠伸が出かける。
「うーん。あ、良いこと思いついた」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと待っててねー」
色々やってここまで時間を過ごしてきたけど、あと少し起きているために何かできることがないかなと考えて、一つ思いついたのでお姉に一言言ってからパタパタと急ぎ目にお姉の部屋を出て私の部屋に向かう。
部屋で目当ての物を棚から探して、それを持ってお姉の部屋に戻る。
「お姉、お待たせー」
「ぜんぜんまってもないけど、なにもってきたの?」
「ふっふ~。じゃーん!」
そしてお姉の正面に座ってから見せたのは爪切りと爪やすり、ハンドクリーム。
それから、昔一回使ってみたけど、それ以来出番がなかった爪の表面を磨くバッファーとシャイナー。
最初はピカピカで綺麗になったと喜んだけど、しばらくするとピカピカすぎて違和感を感じてずっと使ってなかったけど、こんな日だからちょっとだけ磨いて綺麗にしてあげようかなって。
「お姉、さっきせっかくなら一番可愛い状態で誕生日迎えさせてあげたいって言ってくれたでしょ? だからこれもやってあげたいなって」
「じゃあ、おねがいしようかな」
「うん!」
持ってきた一式を隣のテーブルに置いてから、まずはお姉の右手を持ってマッサージを始める。
手のマッサージの仕方なんてよく知らないからテキトーだけど。
「ふふっ、わかば、なんかくすぐったい」
「こうやってずっと手を触られてたら寝れなそうじゃない? だから丁度いいかなーって」
「たしかに、そうかも」
しばらくマッサージをした後、ゴミ箱を手の下にセットして爪切りで少し伸びかけているところを切っていく。
「お姉、眠いから手がポカポカだよ」
「え、ほんと?」
「ふふっ、赤ちゃんみたい」
パチンパチンという音を背景に、なんてことない会話をしてできるだけお姉に眠気が来ないようにする。
「むっ。そんなこというならわかばのてだってあったかいけど」
「え~、そう? お揃いだね」
「ふたごだしね」
「だったら当然か~」
わたしも最近はこの時間にはちゃんと寝ていたし、お姉ほどではないけど眠くなってはきているし。
でもお姉も少し目が覚めてきてそうだ。
「爪切りはこのくらいかな」
「ちゃんと定期的に切ってるからね」
爪切りの出番はすぐに終わって、次は爪やすりに持ち替える。
すりすりと親指から順番にお姉の爪の形を整えて綺麗にしていく。
「人にやってもらうのを見てるの、結構面白いかも」
「わたしも。お姉にやってあげるの楽しい」
わたしもお姉もマニキュアとかネイルとかもしないし、爪切りとかも普段わざわざ他の人にやってもらったりやってあげることでもないので新鮮で楽しいと感じる。
「あははっ。やっぱりちょっとくすぐったい」
「我慢。我慢だよお姉ー。......ふーっ、ふっ」
小指まで整え終わったのでお姉の手に向かって息を吹きかけて削った爪の粉をゴミ箱へと飛ばす。
「あとは、これをちょっとだけ......」
バッファーとシャイナーをちょっとずつだけ使って爪の表面を磨いていく。ピッカピカまではしないで、いつもよりちょっと綺麗ってくらいでお姉には十分すぎるだろう。
「ふっ、ふっ。はいできた。じゃあ反対の手ちょうだい」
「どうぞ」
右の手が離れると、今度はお姉の左の手がわたしの手に収まる。
そしてさっきと同じように軽くマッサージをしてからパチンパチンとちょっとだけ爪を切って、やすりで整えてから爪の表面をちょっとだけ磨く。
「ふーーっ。よし、最後の仕上げにハンドクリームを、っと」
ハンドクリームの蓋を開けて自分の手に適量出して、手のひらで広げる。
それをお姉の手に移していく。
「あっ、ふふっ」
指のおなか、爪の周りや指の付け根、水かきのところまで余すことなく丁寧に。
そして反対の手も。
「んっ......! 環樺、くすぐったいってば......!」
「だーめ、逃げないのー」
「ちょっ......! んふっ......!」
逃げようとする手をちゃんと掴んで最後まで。しーっかりと。
「......はい、終わり!」
「はぁ、はぁ......。やっと終わった......?」
なんかお姉、少し息が上がってる。
「ほら、とっても綺麗なおててになりましたよー」
もう片方のお姉の手も持ち上げて両手を並べると手をパーに広げてくれて改めて仕上がりを見せてみる。
「ふぅ。ホントだね。環樺が気持ちを込めてやってくれたから人生で一番かも」
「へへ~ん、でっしょ~? じゃあ次は足を——」
「待って。足までやってたら環樺のをやる時間がないでしょ。せっかくだけど、交代ね」
「え、でも......」
「私も環樺を可愛くしてあげたいからさ」
「う、うん。分かった」
手を差し出すと、優しく握られてわたしがやったのと同じ作業が開始される。
「あはは、確かにくすぐったいね」
「でしょ?」
誰かに爪を整えてもらう感覚とむずむずするくすぐったさにお姉もこんな気持ちだったのかと思いながら、その作業の様子とたまに真剣なお姉の表情を盗み見たりする。
「これでよし、と。それじゃあこれ塗ってあげるからね」
「おねがいしまーす」
全部の爪を整え終わって最後に保湿してくれようとお姉が手のひらにクリームを出して両手ですりすりしてからわたしのてにピタッと触れてくる。
「くすぐったくても逃がさないからね~」
「わたしがお姉から逃げるわけないじゃん」
そしてやけに丁寧な手つきでわたしの手にクリームを塗ってくれる。
「あっ、ちょっとお姉、わざとくすぐったくやってない?」
「え~そんなことないよ?」
「でも、んっ、ちょっと待って!」
「逃がさないって言ったでしょー」
くすぐったくて背筋がむずむずするような感覚に耐え切れず、手を引っ込めようとするけど、さっきのお返しとばかりにお姉にガッチリと掴まれてそれを許されない。
隅々まで手を撫でられて、ちょっと恥ずかしいかも......
「んくっ、ふふっ。お姉、まだ?」
「あとちょっとだよ~。......はい終わり!」
「はぁ......ふぅ~......」
さっきわたしがやってあげた時にお姉もちょっと息が上がっていたのがなんとなく理解できた。それとなんかよくわからないけど少し体温が上がって疲れた気がする。
「ほらどう? 環樺の手も綺麗になったでしょ?」
お姉がわたしの両手を持ってくれたので手を広げて改めて確認する。
「うん、人生で一番! ありがと、お姉」
「それならよかった。またやってあげるね?」
「えっと、いつかね......」
「ふふっ。......ふわぁ」
ここまで気を紛らわせていたものの、眠気が戻ってきたようでお姉が口元を隠しながらあくびを漏らす。
「流石に眠い?」
「そうみたい。環樺のおかげでちょっと目が覚めてたんだけど」
「まぁ仕方ないって。でも、ほらあと10分切ったよ」
スマホで時間を確認すると23時53分と表示されていてお姉にもそれを見せる。
「ほんとだ。これならちゃんと起きていれそう」
「すぐに寝れるようにベッドに行こっか?」
「ギリギリで寝ちゃったらどうしよ」
「寝ないようにずっと話といてあげるからさ」
立ち上がって、ゴミ箱を元の位置に戻して一緒にベッドの上に行く。
お姉は毛布を膝まで掛けて座って、わたしはベッドの縁に腰かける。
「じゃあ30秒くらい前にアラームかけてっと」
話している間に日付が変わっていた、なんてことがないようにスマホのタイマーをセットしておく。
「十五歳も楽しかった?」
「うん。毎日すっごく楽しかったよ」
「わたしも。お姉のおかげだよ」
「こっちこそ。ふわぁ......」
お姉が寝ないように手を握ってあげる。
「十六歳はどんな年にしたい?」
「環樺と一緒に色んなことしたいな。高校生になったから出来ることもあるだろうし」
「お姉と一緒ならどんなことでも楽しいだろうなぁ」
「お父さんとお母さんに許可もらってちょっと遠出してみたりとか」
「いいね、それ! ふふっ、どこに行こうかなぁ」
「一泊二日とかでね」
「おお〜。大人に近づいて行ってる感じがするね」
お姉と色々な話をしながらこれからの想像を膨らませていく。
泊まりで出掛けるのとかはすぐには難しいかもしれない。来年、再来年になるかもしれないけど想像するのを話し合うだけでも楽しい。
「でもいちばんは、わかばがげんきでいてくれれば、それでいいかな......」
「お姉......。うん、わたしも。やっぱりそれが一番だな」
そうまとまったところでスマホのアラームがなってもうすぐ誕生日を迎えるということを知らせてくれる。
「じゃあ誕生日を迎える瞬間、一緒に見よっか」
「うん」
現在の時間を可視化できるアプリを開いてわたし達の誕生日へと一秒一秒近づいていく時間を感じる。
「くるよー。せーの......」
「「5、4、3、2、1......」」
5秒前から二人で一緒にカウントダウンを開始して、ついにその瞬間を迎える。
「環樺」「お姉!」
「「誕生日おめでとう!」」
日付が変わる時間ぴったりに見つめ合って、世界で一番最初にお互いに心のこもった祝福の言葉を伝え合う。
「ふわぁぁ......。ごめんね。もうすこしおきてはなしてたいんだけど......」
「こうやって日付が変わった瞬間に祝ってもらえただけで十分だよ。起きてからも、夜の誕生日パーティーでも、その後もいっぱい話せるんだから」
「うん......たのしみ......」
お姉が寝やすいように電気を消して常夜灯の明かりだけにしてあげる。
お姉は素直に横になって眠そうにとろんとした目でこっちを見る。
「わかば。だいすき。あいしてるよ」
「わたしも。お姉、大好きだよ。世界で一番愛してる」
いつもはわたしも少し恥ずかしいし、お姉も恥ずかしがってなかなか言えないことも、こんな日には素直に心から伝えられる。
「いつでも寝ていいからねお姉。おやすみ」
「うん、おやすみ......」
寝かしつけるように頭を軽く撫でてあげると、限界を迎えてゆっくりとお姉の瞼が落ちていく。
心が満たされている感覚を享受しながら、しばらく暗がりの中でお姉の寝顔を見つめる。
最後に起こさないようお姉の髪を一房だけ手に取ってゆっくり口づけを落とした。




