第33話
「ごちそうさまでした」
わたしが晩御飯を食べ終えて少ししてからお姉も食べ終えたようで背後から声が聞こえてくる。
わたしは食べ終えた食器を流し台に運んでからそれまでの間、ソファに座ってクロクロのお世話をしたりしていた。
「お姉食べ終わったー?」
「ん」
それを聞いていつものように洗い物担当を決めるためのあっち向いてほい対決をしようと、遊んでいたクロクロを撫でて落ち着けてから立ち上がって食べ終えて一息ついているお姉のところに行く。
「じゃあ、さっそくやっちゃいますかー」
「環樺」
名前だけを呼ばれてなんだろ? と思っていると、お姉は立ち上がって食べ終わった食器に手を伸ばした。
「今日は一緒に洗い物しようよ」
「......え? 一緒に?」
お姉のいつもと違った突然の提案に少し驚く。
「一緒にって言っても二人じゃやりにくくない?」
そう、いつもご飯を作るのは一緒でも洗い物だけはあっちむいてほい対決をしてまでどちらか一人に決めるのは、一緒にやっても片方が手持ち無沙汰になってしまうだけだからだ。
「まぁ、やりにくくたっていいじゃん。こんな日くらい」
「そ、そう? じゃあそうしよっか」
ふんわりとした優しい顔つきで言ってくるお姉に言われるがままに、食器を持って流し台まで運んでいくお姉について行く。
別に断る理由もないし、お姉が言うならわたしはそれでいい。
食器を水に浸してからスポンジに洗剤を付けてクシュクシュと何度か握って泡立ててからわたしに手渡してくるのでそれを受け取る。
「はい、環樺。よろしくね」
「うん、オッケー」
お皿を持って蛇口から出てきているお湯にさらしてからお姉に手渡された泡立ったスポンジで擦って洗い流していく。
我が家の流し台がすごい大きいとかそんなことはもちろんなくて、一般的な大きさなのでこのスペースに二人で並んで作業をすると当然のように狭い。
頻繁に腕がぶつかったりもするし、お姉以外とだったら、まぁ、こんなことする意味ないかなと思うくらい。
そのまま特に何も起こることもなく食べ終わった食器をスポンジで洗って、その泡が付いた食器をお姉が洗い流して水切りに置く作業が続いた。
「はいお姉、これで最後」
「うん」
当然のようにいつもよりもやりにくかったけどお姉となら少し楽しかった。
全部の食器が洗い終わってスポンジを置いて下に掛けられているタオルで手を拭く。特に何もなかったけど、本当にお姉はただこうしたかっただけなのかも。
「どうかした、環樺?」
「ん? ううん、なんにも!」
普通にそのままお姉は手を拭いてソファに歩いて行って丸まっていたクロクロを構い始めた。
「環樺、お風呂から上がったら髪やってあげる」
「やった! 行ってくる!」
ご飯の後少しだけリビングで休んでからお姉の部屋に来て、ちょっとだけテストの復習をしたりしながら過ごしているとあっという間に夜になる。
そしてそれが終わってのんびりしようと横になると、そう言われたのでルンルンでお風呂に入ってきた。
「はい、こっちおいで」
「は~い、んふふ」
お姉が隣をポンポンと叩くので喜んでそこに滑り込むように座る。
こうして髪を乾かしてもらうのもちょっとだけ久しぶりで嬉しくなってしまって、ゆらゆらと揺れているとポンと頭に手を置かれて止められた。
「揺れないの」
「んふ~」
櫛で髪を梳かしてくれてからヘアオイルをしてくれてドライヤーでブオーーと髪を乾かしてくれる。
「よし」
身を任せているとそれなりに時間は掛かっているはずなのに、嬉しさからかあっという間に乾かされ終わってしまったような錯覚になり少しだけ名残惜しい。
「ありがと~お姉~」
「今日はまーだ」
お礼を言って動こうとしたところで、両肩に手を置かれて動きを止められた。
「髪やってあげるって言ったでしょ? もうちょっとそのままね」
「あーそういうことね! やったぁ!」
さっきの髪をやってあげるっていうのは乾かしてあげるっていうことだけじゃなかったようで、まだこの時間を続けてもらえるのがさらに嬉しい気持ちを大きくしてくれる。
「時間もまだいっぱいあるし、せっかくなら一番可愛い状態の環樺で誕生日迎えさせてあげたいなって」
「お姉......! 嬉しい、ありがと!」
わたしのことを世界で一番考えてくれてるんだなぁと思えるようなお姉の言葉で胸がきゅーって締め付けられるくらい愛おしく感じる。
後数時間で迎える大切な日に向けて気持ちが高められていっているようで、わたしはなんて幸せなんだろうという気持ちが溢れ出てくる。
「じゃあまずは傷んでる髪とか枝毛があったらカットしていくね」
「おねがいしまーす!」
そう言うと近くにあったゴミ箱に手を伸ばして傍に持ってくる。
そしてよく見るとドライヤーやヘアオイルが置いてあるのと一緒に用意されていたヘアカット用のハサミを手に取って、櫛で髪を梳かしながら細かく確認していってくれる。
ごくたまーにだけどこうしてお互いの髪の傷んでいるところがないかチェックし合うことがあった。
「お姉、どう?」
「うん、きれいな髪だよ。これならすぐ終わるね」
「そ、そう? えへへ......」
改めて言われると少し照れる。女の子にとって髪はもう一つの命って言われるくらいだし。
言ってくれる人がお姉なら尚更。
普段から自分でもちゃんとケアするようにしているし、お姉が髪を乾かしてくれる時も丁寧に丁寧にやってくれるからより大事にしようって思える。
一本ずつ先端だけをカットされてるからこちらとしては髪を切られている感覚はあまりない。
お姉も集中しているようで無言で少しの間作業していたけど、さっき言ったようにそんなに時間が経たずに「よし!」っていう声と一緒に再び肩にポンと手が置かれた。
「完璧! じゃあ次ね」
「ありがと~」
立ち上がってアイロンを持ってくるとコンセントに繋いで温度を上げ始める。
「お姉がこうやって髪作ってくれるのっていつ振りだろ?」
「もうかなり前だよねー。初めて今の髪型やってあげた日が懐かしいなぁ」
「ふふっ、そうだね」
二人で昔を懐かしむ。
実は今のわたしの髪型は小学生の頃、とある機会に初めてお姉がわたしの髪をやってくれた時に、こういう感じが環樺らしいよって考えて作ってくれたもので、それが嬉しくてそれからずっとこの髪型にしている。
その時代は小さかったからほぼ毎日お母さんが軽く髪をやってくれていただけだったから、いつもより可愛くなったことも相まって輝かしい記憶としてはっきり残っていた。
だからこの髪型はわたしにとって大切なものだ。
アイロンが温まると再びお姉は無言で集中してわたしの髪を触る。
お姉の今日の提案がなかったら、普段こうして夜お風呂上りの寝る前に髪を作ることなんてないので新鮮な感覚だ。
「前髪やるよー」
「はーい」
しばらく後ろ髪や横髪を何度かアイロンでスーッと軽く巻いてくれる時間が続いてから、お姉が正面に移動してきて前髪をやってくれるみたいなので目を瞑る。
前髪を掴まれて軽く引っ張られる感覚とおでこに近づく熱源を何度か感じつつ、目を瞑ったまま待つこと一分くらいで再び「よし!」という声を聞いて目を開ける。
「後はこの髪飾りを付けて......っと。はい、最高に可愛い環樺の出来上がり」
「も、もぉ......。ありがと、お姉」
正面から目を見つめられてそんなことを言われるのでまた照れてしまう。
さっきおでこに感じたぼんやりした熱がそのまま顔全体に移ってしまったようにな感覚を自覚してしまって、目を逸らしながらお礼を言う。
「ほら! 次はわたしがやってあげるからお姉もお風呂入ってきてよ!」
「ふふっ。じゃあそうしようかな」
急かすように言うと、お姉は楽しそうに笑いながら立ち上がって部屋を出ていった。
時間が経ってお姉が戻ってくると、さっきわたしが座っていたところにお姉を座らせていつものように髪を乾かしてあげる。
「はーい、じゃあお姉の髪も綺麗にしてあげるね」
「ん、おねがいね」
乾かし終わったら、続けてハサミと櫛を持ってお姉の髪を細かく確認していく。
「おお~。お姉の髪、このままでもすっごく綺麗だよ」
「いつも環樺が丁寧にケアしてくれてるおかげかもね」
「ふふん! それなら、これからもやってあげるからね~」
ほんとに傷んでる髪は全然なくて、数本をピンピンとハサミで弾くだけでこの作業が終わってしまった。
「最後にアイロンしまーす」
ハサミと櫛を置いて、事前に温度を上げておいたアイロンに持ち替え、お姉の髪に当てていく。
わたしと違ってお姉の髪型はいつもストレートで、元々が美しい絹のような感じなのでアイロンを使う必要すらないレベルだけど、せっかくだからね。
「前髪にいくからねー」
全体を一通りアイロンを通してからお姉がしてくれたのと同じように前髪もやっていく。
やはりそれほど時間が掛からずに終わって、アイロンの電源を落として置いてから、お姉の両肩に手を置く。
「はい、できた!」
「ん、ありがとね」
「......世界一可愛いよ、お姉」
さっきのお返しにと、目を見つめながらなるべく平常心を装って言ってみるけど、言った傍から顔が熱くなってくるのが分かってしまう。
「......いつもありがとう、環樺」
それでも頑張って目を見つめたままでいると、お姉は一瞬止まったけどふわっと優しく微笑んでお礼の言葉を発する。
なんなんだ、わたしのお姉ちゃんは女神なのか?
「もお~~~」
これ以上はこっちが耐えられずに目を逸らして、そのままお姉のベッドに顔をうずめる。
なんでいっつもこっちばっかりこんなに照れて、お姉はそんなに普通にしてるのさ! ずるいずるい!
「もーいきなりどうしたの、環樺」
「なんでもない!」
わたしはいつまで経ってもこういうのでお姉には勝てないのか......
でもこの感情もきらいじゃない。




