第29話
「お姉いくよー! それっ!」
「おぉ、ナイスー! 久しぶりでもうまいじゃん環樺ー!」
快晴の空の下、広い芝生の上で環樺がこっちに思い切り蹴ったサッカーボールが二回バウンドしてから私の近くにトントンと転がってくる。
「じゃあこっちもいくよー! ふっ!」
少しの距離を小走りしてトラップして、少しの助走をつけてから私も環樺の方に蹴りだす。
「おおー! お姉もいいねえー!」
少し横にずれてしまったけど、ポーンと高く飛んだボールは環樺の手前でバウンドすると、そのままの勢いで環樺も取れずに後ろに逸れていった。
「わーー!」
「ごめーん、大丈夫ー?」
「大丈夫ーだけどちょっとむずかったー! あはは!」
楽しそうに後ろにいってしまったボールを走って取りに行く環樺を私も楽しい気持ちでその様子を眺める。
日曜日の朝7時過ぎ、私達は習慣にしている運動をする為に運動公園の一般開放の有料スペースにやってきていた。
前みたいにランニングするだけだったらいつでも無料でコートの周りを走っていれるけど、今日はボールを使いたかったので有料スペースを利用している。
有料とは言っても一時間100円もしないくらいで利用できるものなのでお財布に優しい。
今日は軽い準備運動から始めて、少しの間短い距離でのパス交換をしてから今は30メートルくらい離れた距離で思いっきりボールを蹴り合っている。
まだ解放されたばかりの時間帯で人も全然いないので今だけは気兼ねなくボールを蹴れる。
「よーしいくよー! えいっ! あぁ全然浮かなかった~」
環樺の蹴ったボールは今度は低い弾道で勢いよくコロコロ転がってきて私の足元に収まった。
「いくよ環樺ー! んっ!」
すぐに私が蹴り返したボールは綺麗な軌道で飛んでいって、二回バウンドしながら環樺がほとんど移動することなくトラップした。
「すごーい!」
「ふふっ、サッカーは私の方が上手いかもねー!」
「なにおう! まだただボール蹴ってるだけだもんー!」
軽く煽ると環樺から文句が返ってくる。
身体を大きく動かすのも気持ちいいけど、こうして普段は出さないくらいの大きな声を出せるのもまた気持ちいい。
「「ただいまぁ......」」
家に帰ってくるともう二人してヘロヘロで靴を脱ぐ前に荷物を置くのと一緒に玄関に勢いよく座り込む。
「うへぇ、ちかれたぁ......」
「環樺がムキになるから......」
「そんなこと言うならお姉だって......!」
「最後だって言ったのにもう一回って言い続けたのは......! はぁ、ごめん。お互い様だね」
「うん、そだね......こっちこそごめん、お姉......」
さっき帰ってくる前もやったこのやり取りで、全然言い争いを出来る体力ではないのに気づいてお互いの非を認めて謝り合うと、環樺がゆっくりと廊下に寝そべった。
あの後、人もちらほら増えてきたので広いスペースを取る遠距離での大きいパスから1対1に切り替えて交互にオフェンスとディフェンスを交代しながら遊び始めたんだけど、最初はわちゃわちゃやっていたはずなのにいつの間にかヒートアップしてしまって、負けた方がもう一回! もう一回! と。
これで最後にしようという話も途中で出たのに、それもどこか彼方に放り投げて足がもつれる限界までやり続けてしまったというわけだ。
やっている最中はアドレナリンが出てしまってあまり気づかなかったけど、普通に走るのと違ってボールを足で扱いながらやるサッカーは、久しぶりなこともあって脚の変な筋肉が疲れた。
「入念にストレッチはしたけど、明日絶対筋肉痛だね」
「うん......お姉はこの後出掛けるんだよね? 大丈夫?」
「あ~......まぁ、少し休んだら大丈夫。多分」
今日はこの後、環樺の誕生日プレゼントを探すために出掛ける予定があった。
誕生日にはあと数日あるとはいえ、ゆっくりちゃんと探せる休日は今日が最後だ。
最終的に買うのはこの後の数日のうちの学校帰りとかでもいいけど、今日のうちに目星くらいを付けるか、最悪でもどういうものにするかくらいは決めておきたい。
要するに、私はまだ誕生日プレゼントを何にするか決めあぐねている。
事前から出掛けることは決めてたんだからこんなに意地になって限界まで動きまくってしまった自分を恨......むことはないんだけど。おかげで環樺と楽しく運動出来たし。
でももう少し考えて動けたでしょ、くらいは思ってしまう。
「じゃあお姉、朝だけどお風呂沸かして入っちゃったら? わたしもゆっくり浸かりたいし」
「うーん、そうだね。そうしよっかな」
「わたしがやってきてあげるからお姉はリビングで休んでて! よいしょ!」
「え? 自分でやるからいいよ」
環樺は身体を起こして靴を脱いだ。私もそれを見てようやく靴を脱いで足を自由にする。
「いいのいいの、わたし今日この後なんもないし!」
「あ」
そう言って環樺はふらふらとお風呂場に行ってしまった。
こうなったならお言葉に甘えてゆっくりしていようと立ち上がってリビングに入ってそのままソファに座る、のは憚られるのでその後ろの椅子の方に座った。
「ふぅ」
ちなみになぜ昨日のうちに出掛けずに今日出掛けるのかというと、昨日は環樺が出掛けていたからだ。
一人で出掛けると言われていただけでプレゼントを見に行くとは言われていないけど、一人でと言っていたからには私と同じようにそういうことだろう。
せっかくの誕生日プレゼントを一緒に選びに行くのもアレだし、同じ日に買いに行くことにしてしまうと、別行動でどこに行くかを言わなかったとしても私達ならなんとなく遭遇してしまうことになりそうだから、それを回避するために別日にしている。
行動範囲がほぼ一緒だし。
「はーい、お風呂沸くまでちょっと待っててねー」
そう言いながら環樺がリビングに入ってくる。
そのままキッチンの方に入っていくと冷蔵庫を開けて何やらした後、扉を閉めてこちらにやってきた環樺の両手にはコップが持たれていた。
「はいどうぞ」
「ありがとね」
テーブルにコトンと置かれた麦茶入りのコップを受け取ると、環樺も私の隣の椅子に腰かけた。
我が家では暑くなってくると冷蔵庫にお茶パックで作る麦茶が常備される。
運動した後にもちゃんと水分補給していたはずなのにまだまだ足りなかったのか、二人とも一気にその麦茶を飲み干す。
「っぷはぁ! 生き返る~」
「あ~おいしい~身体の芯まで染み渡る~」
いつもの何倍も美味しく感じる麦茶が全身にいきわたるような感覚に浸りながらテーブルにコップを置いてリラックスする。
「......あ。手だけでも先にちゃんと洗わなきゃ」
数十秒くらい環樺も私も無言で背もたれに身体を預けて休んでいたところに、そういえば疲れ果ててしまっていて帰ってから手洗いうがいをしていなかったことを思い出してゆっくりと立ち上がる。
「えらいね~お姉~」
「環樺、麦茶もう一杯飲む?」
「のむ~」
環樺のコップも一緒に持ってキッチンの流し台で手を洗って、一応軽くうがいもする。
コップも軽く洗って拭いてから冷蔵庫を開けて麦茶のおかわりを注いで、再びテーブルに置いて座った。
「はい」
「ありがと~」
環樺は受け取ってすぐに口を付けると半分くらい飲む。
「ぷはぁ、おいし~。お姉が入れてくれたからもっと美味しいっ」
「ふふ、なにそれ」
まぁ私も気持ちは分かるけど。
そのまま麦茶を飲みながら身体を休めていると、数分してリビングに聞き慣れた音楽と共にお風呂が沸きましたという機会音声が鳴った。
「それじゃあお風呂入って来ちゃおうかな」
「いってらー」
重い身体を上げるために「よいしょ」と言いながら荷物を持って立ち上がってリビングを出る。
部屋に着替えを取りに行く前にバッグからタオルを取り出して脱衣所の洗濯機にポイっと放り込んでから、手摺で身体を支えつついつもより重い脚を一歩一歩頑張って上げながら階段を上がっていく。
この後出掛けるけど、一旦部屋着でいいかと部屋着を取りだして準備を終わらせると、下に戻ってお風呂を堪能した。




