第14話
久しぶりの、高校に入ってからは初めてのお姉のいない一人での登校に思わずため息が出てしまう。
せっかく何度か下校を一緒に出来るようになってきたとはいえ、この毎日の登校時間も貴重なお姉との時間なのに。
家を出てから、いつもの登校に掛かっている時間から逆算しながら、たまに疲れないくらいに小走りしたりして始業のチャイムが鳴る五分前には学校が見える所まで来ることができた。
ただでさえ今日は朝から嫌な気分を味わってしまったというのに。
登校している間に、すっきりしてきた頭が夢の内容を思い出させてしまった。夢特有のぐちゃぐちゃでよく分からない内容だったけど、最後のお姉はもういないんだっていう一言だけはハッキリしていて、お姉の存在が消えてしまったのかと不安になった。
その夢だけでも嫌だったのに、起きたらお母さんに夢の最後と同じセリフを言われて、頭がちゃんと起きていなかったために何が起きているのか分からずにパニックになってしまったり。
そして追い打ちのようにお姉がわたしをおいて家を先に出てしまったり。
これがいちばんイヤだった! お姉さえ居てくれて一緒に登校できていたら嫌な夢を見たことだって気にしないくらい帳消しにもできたのに!
も~! ホント、なんでおいてっちゃうの! お姉のバカ!
......お姉が起こしに来てくれたのに不可抗力とはいえ二度寝しちゃったわたしが悪いのはわかってるんだけど。
校門をくぐると、急いでいる他の生徒達が後ろから走って追い越していったり、自転車で登校してきた生徒が勢いよく自転車置き場に向かって行ったりするのが目に入る。
まだ三分くらいはあるのしギリギリ間に合うだろうからわたしは走らなくていいかな、と思ってそのまま歩いて校舎へと入り、靴を履き替えて教室の方に向かって廊下を歩き始めた。
「あれ~? お~い」
廊下を歩き始めてすぐに後ろからパタパタと足音を鳴らしながら声を掛けて近づいてくる気配を感じた。
かなり近いような気がするけど、声にも聞き覚えがないし、わたしじゃないよねと思いながらそのまま進んでいると明らかにわたしの隣に来て速度を合わせて並んで歩いてくる。
流石にその状況で無視することはできないので隣を見てみると、少し背の小さい、ぽわぽわしてそうな女の子がいた。
でもやはり見覚えはないその子は目を合わせるとニコッと笑って口を開いた。
「円樺ちゃんおはよー! こんなギリギリの時間に来てるなんて珍しいね」
......ああ、なるほど。どうやらこの子はお姉の友達の子らしい。
そしてわたしのことをお姉と勘違いしてしまって声を掛けてきた、という状況だろう。
確かにいつもだったらわたしが髪を少し巻いていたりと少しお姉と違いがあるけど、今日は起きるのが遅くなってしまって、鏡の前で髪をちょろっと直したくらいで何もしてきてないので、後ろから見たらお姉だと思ってしまうだろう。
そして顔を見たとしても昔からわたし達のことを知っている人達でなければなかなかパッと見分けられないかもしれない。ましてや高校生活は始まって間もないので無理もない。
あとはお姉はいつも黒いストッキングを履いていて、わたしは履いていないという違いはあるけど、別人だと思わないなら大した違和感にはならないか。
「あ~ええっと......」
実は人違いだと教えようとしたところで口を閉じる。
今日、これまで起こった嫌な出来事に少なからずストレスが募っていたことと、この子のふわふわした雰囲気が相まって、少しだけいたずらしてしまおうかという好奇心が顔を出してしまったのだ。
「おはよう。そうなの、今日はちょっと寝坊しちゃって」
人違いだということは伝えずにそのままお姉のフリをして話を続けてみることにした。
「そうなんだねぇ。遅い時間まで起きちゃってたの?」
「あぁ、うん......」
お姉のフリをしてみるだけにしようと思っていたけれど、すぐに教室について、本物のお姉とわたしが一緒に居るところを見たらこの話が冗談だったというのは分かるだろうからもう少しだけふざけてみようかなとーー
「そうなの! 昨日の夜、ミュージカル映画を見ながら一緒に歌って踊ってたら時間を忘れちゃってて!」
ーーなんてことをつい言い放ってしまった。
「そ、そうなんだぁ......」
目の前のふわふわしてニコニコと笑顔を浮かべていた子ですらちょっと引いていた。まぁ当然だよね、わざとオーバーなことを言ったから。
もちろん、どんなにおかしくなっていたとしてもお姉はこういうことはしないだろうというのはしばらく一緒に居ればなんとなく分かるはず。だから教室についてネタばらしすればすぐに解決! ちゃんちゃん。で終わらせられる。
はずだったのだがーー
「あ、あたしお手洗いに行ってから教室に行くから円樺ちゃん先に行ってて~」
その子は教室へと向かう途中にあるトイレの前で止まってそう言う。
「あ、え? ちょっと待って!?」
「大丈夫、先生いつもチャイムが鳴ってしばらくしてから教室に来るでしょ? でもギリギリだから急いで行ってくるね」
わたしの呼び止める声も虚しく、小走りでトイレに入って行ってしまった。
「えぇ......」
まずい......。
一緒に教室に行けなきゃネタばらしができない。でももう時間がないので待っていることもできない。
わたしに残された選択肢は一人で自分の教室に行くことだけだった。
ギリギリまでゆっくり教室へと向かったが、チャイムが鳴ってしまったので諦めてすぐに教室に入って自分の席に座る。
あ〜あ。後でお姉に叱られるかもなぁ。でもお姉がわたしを置いて行ったせいなんだからね!
もしかしたらこれがきっかけでクラスのみんなともっと仲良くなれるかもしれないし!
......いや、ないか。しかもお姉は別に悪くないし。
「おはよ、環樺。今日は遅かったね」
「おはよ、明奈......」
「どしたん? 朝から元気ないじゃん」
「うん、ちょっとね......」
隣の明奈と挨拶を交わすと心配される。それに気づいた周りの子達からも心配されてしまったので、後でお姉のお叱りは甘んじて受け入れることにして、いつも通りに振る舞うことにした。
一応最後にお姉にーーごめん。ーーとだけメッセージを送っておいたらーーなにが? ーーと返ってきたが先生が来てしまったのでそれ以上のやり取りをすることなくスマホをしまった。
廊下ではパタパタと誰かが走っていく音が聞こえたがきっとさっきの子だろう。
先生の挨拶から朝のホームルームが始まり、走ってきたこともあって少し崩れてしまっていた身だしなみを整えたりしつつ話を聞く。
そういえば、さっきは懐かしい感覚だった。
小さい頃はたまにお姉と一緒に入れ替わったフリをしてお母さんとお父さんにいたずらをしたりしてたっけ。
小さい頃は髪型も一緒だったし、声ももっと似ていたり顔も幼いので本気でお互いになりきったら親でもいきなりだとなかなか気づけなかったりして楽しかったな。
さっきわたしが久しぶりになりきったお姉はどうだったんだろう。
流石にお互いが一緒に居ないときはどんな風に人と接しているかなんて知りようがないし、新しく始まったばかりの関係の人に対してだからもっと分からない。
でも結構楽しかったかも。機会があればいつかわたしになりきっているお姉も見てみたいな。
さっきのわたしみたいにわたしのフリをして変なことを言うのは勘弁してもらいたいけど。
「んふっ」
そんなことを考えているうちに朝のホームルームが終わったので、一時間目の授業が始まるまでの間に髪を整えようと、バッグに入れてきたたまにしか出番のないお姉と共用で持っているコードレスのヘアアイロンと鏡を取り出す。
「ん? 環樺、髪やるの?」
すぐに気づいた隣の席の明奈に声を掛けられる。
「うん。今日朝遅くなちゃって時間なかったからさ」
「確かに! 今日めっちゃストレートじゃん! それも似合ってるね」
「ふふ、でしょ?」
この髪形を褒められるということはお姉を褒められているということにもなるので素直に嬉しい。
そして「えーなになに?」と周りに居る人達の注目も集めてしまう。
その人達に「ちょっとアイロンを使うね」とことわりを入れてアイロンの温度を上げ始める。
「藤咲さん、可愛いから他の髪形も似合いそうだよね」
「分かるー。綺麗な髪で羨ましい~」
「そうだ、環樺、せっかくだからアタシに髪いじらせてよ!」
周りの人達が言ってきたことに明奈が乗っかってそんな提案をしてくる。
うーん、と少しだけ考えてから答えを返す。
「ごめんね、この髪型ってわたしにとって大事なものだから別のにする気はないんだよね」
「そっかぁ」
みんな少し残念そうにしているので「もしいつか機会があったらね」と謝ってから、アイロンを使って髪を軽く巻いていく。全体的に少しフワっとさせてから前髪を整えて、仕上げに横髪を少し束にして髪留めをする。
時間を掛けないように手際よくパパッと終わらせると、それからは「ひとまず」のいつも通りの日常が始まった。




