第13話
よく行くデパートへと続いている道を歩いていた。
あれ、そうだったっけ? でもこの道はそのデパートに行くときにしか歩かない道のはずで......
そこへ向かうには電車に乗って決まった改札を通っていつもの出口からこの道を歩いて。
ん? 今日電車なんて乗ったっけ?
まぁ、ここにいるって事はそのはずだ。考え事でもしていて無意識でここまで来たんだろう。
いや、そもそも何のためにデパートに行こうとしてるんだっけ。何か欲しい物あったっけ。えーっと、服を見に来たとか? お母さんに何か頼まれた、記憶はないし、美味しいデザートでも食べに来たんだっけ? 全然覚えてないや。
思い出そうとしてみても頭にもやがかかったみたいに記憶の引き出しを開けることができない。
よく見ると周りの景色も見覚えがあるはずなのにどこか違っていたり、朧気でよく見えなかったり。
道間違えちゃったかな。
そう思った次の瞬間に意識が遠のくような感覚になって目の前が真っ暗になる。なった気がする。
再び意識が戻ってきた時には見覚えのないお店の中に立っていた。
でも何のお店なのかよくわからない。服が売っていたり、人形が置かれていたり。魚やケーキにゲームセンターで見るクレーンゲームがど真ん中に置かれていたりとどう考えてもミスマッチな気がする。
そのうえ、近くに行って商品棚を見てみようとしたのに何が並んでいるのかよく見えない。
いったい何がどうなっちゃったんだろう?
あれ、そういえばお姉の姿が見当たらない。
このデパートに来るときはいつもお姉も一緒のはずだ。
そう気づいた瞬間に意識が朧気になる。そしてまた次の瞬間には別の場所にいた。
ここは、ファミレスだろうか。いつの間にか座っていたらしい。
目の前にはお母さんが座っていた。買い物帰りにご飯でも食べに来たんだろうな。あれ、お母さんって一緒に来てたっけ。
「環樺、何食べる?」
そう聞かれてメニュー表を取ろうとしてメニュー立ての方を見る。すると横にお姉の姿が見えない事に気がつく。お母さんかお父さんがいる時は必ず横に座っていたはずだ。
一応お母さんの隣を見てみても居ない。
「お母さん、お姉は? 今日って一緒じゃないの?」
お母さんに聞いてみると何を言っているのか分からないといった風に首をかしげた。
「どういうこと?」
「だから、お姉だよ、お姉。ここに来てるのに一緒じゃないのって珍しいから何か用事でもあったのかな~って」
するとお母さんは眉間にしわを寄せて悲しげな表情を浮かべる。
数秒間考え込んだ様子を見せてからようやく口を開いてーー
「何言ってるの。円樺はもういないのよ」
「......え?」
それが耳に届いて理解する暇もないまま、世界は真っ暗い闇の中に落ちていった。
「......ば......」
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、闇の中から何かが聞こえる。
「......かば!」
少しずつ音が鮮明になっていって、闇の中に眩しい光が差し込む。
そこに向かって手を伸ばすと、何かに手を掴まれる感覚があって意識ごと光の中へと引っ張り上げられた。
「わーかーば!」
世界が光を取り戻すと、目の前にお母さんがいた。
視線を少しずらすとわたしの手が握られているのが見える。すぐにその手は離されて、わたしの手が視界の外に力無く落ちていくのだけが見えてその後すぐにポスッと手の甲に柔らかいものがぶつかる感触がする。
意識がまだ覚醒しきっていない中でお母さんが大きな声を出しているのだけが何となく分かる。
「環樺! はやく起きなきゃ遅刻するよ!」
数秒かけてようやくなんとなくの言葉の意味だけは理解できた。
自分が今眠りから目が覚めた状況を把握して、先程ベッドに落ちた手を支えにしながらよろよろと起き上がる。
大きく伸びをしながら、脳に酸素を回すために鼻から大きく息を吸い込む。身体から力を抜くと同時に大きく息を吐いて少しだけ意識がはっきりしてくる。
......あれ、わたしが起きるのが遅れた時に起こしに来てくれるのはいつもお姉のはずだ。逆に、お姉が起きてこないときに起こしに行くのはわたしで。なのにどうしてお母さんがここにいるんだろう?
もう一度わたしのことを起こしに来てくれた人をよく見てみても間違いなくお母さんで、不思議に思って質問してみる。
「お母さん、お姉は?」
「......何言ってるの」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか心臓がどくんと跳ねる。
(あれ、このやりとり、どこかで......)
「円樺はもういないのよ」
一瞬で全身の血の気が引いていく感覚に襲われる。心臓がバクバクと早鐘を打っているのに、周りの温度が急激に下がったかのように体が冷えて身体の末端の感覚が鈍くなりうまく動かせない。
どういうことなのか聞きたくても、口が震えてのどから声が出てくれず、目を見開いてただただお母さんを見つめることしかできない。
......まさか本当にお姉はもう......
「円樺は今日日直だから遅れられないって話だったんでしょ? さっき起こしに来たって言ってたけど」
「......そうだった!!!!!」
ベッドに勢いよく背中から倒れこむ。
お母さんは変なものを見るようにやれやれといった表情をした後、部屋を出ていった。
とりあえず心臓がうるさすぎるので深呼吸をして落ち着けながら枕元のスマホの画面を付けて時間を確認する。
入学式の日に撮ったお姉と一緒に写った写真の上に表示されている時間は、確かにこれ以上寝ていたら遅刻してしまうくらいの時間が表示されていた。
冷静になって甦ってきた記憶を辿ると、確かに昨日から、明日は日直だから遅れられないからねってお姉に言われていた。
そして少し前にお姉が一度、いつも通りに起きてこないわたしを起こしにきてくれて......
それから、えっと。どうしたんだっけ。
......
............あぁ、そうだ思い出した。
わたしを起こしてくれたお姉が部屋を出ていくのを見てから、起きようとして立ち上がって大きく伸びをしたらいきなり立ち上がったせいか立ち眩みがしちゃって、一旦ベッドにダイブして深呼吸してるうちにベッドが気持ちよくてそのまま目をつぶっちゃったんだっけ。
そこから記憶がないってことは、多分そのまま寝ちゃったんだろうな。
記憶の整理をしているとなんか既視感があると思ったさっきのお母さんが言っていたことが夢の中の出来事だったのも思い出す。
わたしにとってはずいぶん気分の悪い夢だ。
今まで見てきた夢の中でも常にお姉は一緒に居たはずで、お姉が出てこないなんて初めて、どころかもうお姉がいないなんてことを言われるなんて。
......ん? そういえば今のこの状況と重なるな。まさか、予知夢だったのか?
ってそうじゃん、わたしおいていかれてるんじゃん! 遅刻しちゃうし急がないと!
も~お姉~! もう一回起こしにきてよ~! おいてくなんてひどいじゃんか~~!
急いでベッドから飛び起きて着替えをしてリビングへ行く。
食パンを一枚トースターにセットして、焼けるのを待っている間に洗面所へ行き、うがいをして顔を洗う。洗面所に置いてあるタオルを一枚手に取って顔を拭きながらリビングに戻り、タオルを肩にかけて焼き終わったパンをトースターから取り出してテーブルに持っていって椅子に座る。
「いただきます」を言ってバターといちごジャムを塗り、のどを詰まらせないくらいに急いで胃の中へ落とし込んで行く。
食べ終わった後はもう一度洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨いて、肩にかけていたタオルを洗濯機の中に放り投げてからリビングへ居るお母さんに「起こしてくれてありがと、行ってきます」と言ってからバタバタと家を出た。




