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本日二話目です。
〜京華院 影継〜
まだ太郎と遊び始めて数時間だと言うのに驚かされる事が多過ぎて整理仕切れない。今日は俺の”二人だけで遊びに行きたい”という無茶な注文にも答えてもらっているが、いつか太郎はその脇の甘さ故に痛い目を見るかもしれない。
いや、あの細田なる警護がついている限りそんな事は……あれ、そう言えば今日はいないんだったか。大丈夫だよな?
「これとこれどっちがいいと思う?」
パンツを二着両手で掲げながら聞いてくる声に顔を上げると、そこには「やっぱり黒かな」と悩んでいる友人の姿が。
「因みにだが太郎。もう一着の紫色は女性を誘っている合図になる。もしお前の下半身で棒倒しでもされたいのなら勧めるぞ」
こっち世界の常識に疎い太郎に教えてやることに。その色を取った瞬間、店員の目が血走っていたからな一応忠告だ。
「まじか。助かったよ影継」
と、言いながらも棚へ戻す姿には躊躇いが見られた。コイツは俗に言うムッツリさんと言うヤツなのだろう。
俺は太郎にこの世界の常識を。太郎は俺にあっちの世界の常識を、互いに教え合いながら買い物をしていく。
気が付けばそろそろランチの時間だ。男性専用レストランもあるが恐らくは太郎が嫌がるので仕方がないが一般の店にするか。レストラン街を物色していると良さそうなイタリアンを見つけるもどうやら満席のようだ。ならば席を空けて貰うだけと店員に指示しようとすると急に誰かに口を押さえられた。何をする! と振り向こうとするもズルズルと隅の方へ引っ張られてしまった。
そこで俺は驚愕の事実を知る。
まさか席を譲ることすら渋るというのかそっちの女性は! 更に目の前で行われている太郎と店員のやり取りすら驚きだ。ほら見ろ店員すら驚きすぎて泣いているではないか。お前の常識はこっちでは非常識なん……だが。
まあ店員も悲しくて泣いている訳では無さそうだし、今のやり取りを覚えていても損は無さそうだな。
席へと案内された俺達は並んでいる間に決めていたランチセットを注文すると、太郎から先程のやり取りで俺の悪かった点を指摘された。言いたい事はあったが太郎の説明を聞いている内に周りの席から女性達の啜り泣く声が聞こえてくる。一体なんなのだこの店は! 泣くほど料理が不味いのかと困惑していると、どうやら太郎の話に感激しているらしい。
もしや俺達男の常識というのはこの世界でも非常識なのかもしれんな。一度沙羅に相談してみるかと考えていると時間はあっという間に過ぎて料理も完食していた。
友人と食事をすると言う事がこんなにも楽しいことだったと、太郎との食事に満足していたら「ご馳走さま」と食器をさげに来た店員にまで礼をしている友人がいた。
おいおい、いくらなんでもそれはやり過ぎではないかと怪しんだが、やはり店員の態度を見る限りおかしな言動ではなさそうだ。店員は慌ててはいるようだが、どこか嬉しそうにも見える。それなら俺も太郎に倣って感謝の言葉の一つでもと思っていると
「す、すいませんすいません申し訳ございません。何でもしますからお許し下さい」
動揺し過ぎたのか、あろう事かコップを倒してしまい太郎のパンツを盛大に濡らしているではないか。その後にコップが割れる音も聞こえて感謝の言葉なぞ何処へやら。俺は気が付けば店員を叱りつけていた。これにはさすがの太郎も怒るだろうと期待していたのだが、まさかの対応に頭が真っ白になった。
「ああ、大丈夫ですよ濡れただけですし。それに丁度パンツを買ったところですから替えはありますし。それより怪我はしてないですか? 割れたコップの床で土下座なんて危ないですよ」
ほら切っているじゃないですかと絆創膏を肩掛け鞄から取り出すと店員へ渡している。「ちゃんと消毒してから貼って下さいね」とアフターフォローも完璧だ。一体俺の目の前の人間は本当に俺と同じ人類なのだろうかと疑ってしまうのも無理はない。
ちょっとトイレで着替えてくると言う友人の言葉に上手く返事が出来たかも怪しい。
少しして着替え終わった太郎は何事もなかったかのように「出よっか」と伝票を持ってレジへと向かっていく。未だ動揺している俺はただ後ろをついて行くのが精一杯だ。レジでのやり取りでは店側の勝ちと言っていいのだろうか、頑なに料金を払おうとする太郎が何とか折れた形で幕を閉じた。
この後も予定ではゲームセンターへ行ったり、買い物を続けるつもりだったがそんな気分では無くなってしまったので、申し訳無いが太郎を連れて男性専用のカフェへ連れて行く。
その際やはりと言うか「普通のカフェでいい」と言い出したが、そこをなんとか曲げてもらって今はカフェの中。俺達以外に客は居らず丁度良い音量でBGMが流れている。
「それで太郎、お前に聞きたいことがある」
俺の態度で何かを察したのか姿勢を少し正すと続きを促してくる。
「先程のレストランでの対応だ。入店から皿を下げる際の”ご馳走さま”まではわからんこと……ない。ないのだが水を零されても怒らないとはどう言う事だ。お前は仏か神か?」
一気に言い切った俺を余所に珈琲を一口飲んで一息つく太郎。
「まさかおれは何処にでもいる紳士だ。確かに水を掛けられて怒る人間もそりゃいるさ。でも、別にワザとじゃないし怪我もしてない。直ぐに謝罪の言葉も受け取ったしさ」
着替えがあってよかったと、本当に何でもなかったかのように言い放つ太郎の言葉に違和感を覚えた。言っている事は確かに凄い。俺だったら店員への叱責は勿論、お金なんて払わないのが普通だと考えるが自分の事を……
「自分の事を紳士と言うヤツ程怪しい異世界人は居ないと本で読んだが太郎、お前はどっちだ?」
その言葉にギクっと音が出そうな程怪しい雰囲気を纏ったこの男。もう少し突いてみるかと質問を重ねることに。
「そう言えば、店員が”何でもします”と言った時のお前の顔といったら一瞬だが口角が上がっていたぞ。一体何を考えていたんだ?」
カマをかけてみると面白いくらい動揺し始めるこの男が紳士な訳がない。観念したのか両手を軽く上げて降参と言わんばかりのポーズをとる。
「で、一体何を考えていた? 教えろ」
興味本位で聞いただけでそこまで内容には期待していなかった。世界が違えどお互い男だ。考えることなどどうせ似たようなものだろうと高を括っていた俺を誰か叱ってくれ。コイツはそんなチンケな男じゃない。
紳士という皮を被った紳士だ!
変態の話をまとめるとこうだ。
水を溢した女性店員に自分のパンツを拭かせる? なんだ別に普通ではないか。寧ろ女性に御褒美をあげているようなものではないか。
なになに。その時に手を使ってはいけないだと? ではどうやって拭けというのだ。まさか足でか! 何違うだと……く、口でだと。何と言う鬼畜。俺もそこまでは考えつかない。
えっ、タオルを使っちゃいけない? 何を言ってるんだお前は。それでは水を吸取れないではないか。
く、口で吸取れ……だと。まさかの方法にこの辺りから頭がついていけなくなってくる。しかし口で吸い取ったところで正直効果は期待出来そうにもないのだが。
「だがそれがいい」
そう言ってのけるのは勿論目の前の変態仮面。その笑みは仮面でも隠しきれていないのがわかる程滲み出ている。
そしてまだ続きがあるらしい。正直これ以上は俺の常識が崩れそうになるのを感じたが、聞いたのは俺だ。毒を喰らわば皿までと言うしな。ドンとこい!
……聞くんじゃ無かった。
確か「自分で溢した水すら満足に拭けないのか」だったか。それに「タオルを使わせていただければ」とこれは店員の言。「言い訳はいい。それに溢した時よりお前の唾液で濡れているではないか。どうしてくれる」と、声色を変えて話す太郎のなんとイキイキした事か。
ここで終わればまだ正気を保てたかもしれなかったがそれももう遅い。
そんな押し問答で困った店員に「そんなお前に挽回のチャンスを与えよう」飴と鞭の使い分けってこれで合ってるのかと疑いたくなる。
ここからは正直覚えていない。というか許容範囲を超えたのか聴いてはいるが頭では認識出来ていないと言った方が正しい。
ここまでが一連の流れだなと漸く説明を終えた頃に俺の意識も戻ってきた。「別パターンだが……」と続けようとする太郎を何とか宥める。
「ここからが良いところなのに」
少し拗ねた物言いになっているが今は俺の精神状態の方が重要なのだ。まさかあれで終わりじゃないのかと思う反面、もう少し聴いてみたいという……いやいや待て待て待つんだ京華院影継。俺は今何を考えた?
だけど俺は自分の変化に戸惑いつつも、こうやってバカみたいな話が出来る関係を望んでいたんだと思う。話の内容は兎も角としてだが。
それからは学校の話や趣味の話、俺と沙羅の出会いについてなんかを語った。まさかこんな話をする日がくるとは思ってもいなかったが、先程とは違った笑みで話を聞いてくれる太郎。一体どちらの太郎が本物なのだろうか。
紳士か変態なのか……
考えるのがあほ臭くなった俺は取り敢えず”変態紳士”と名付けることに。これは墓場まで俺が持っていこうとも決心する。
そんな俺達を影から睨む視線に気が付かぬまま。




