41
さて今日はまちに待った約束の日。
別に誰かとデートという訳では無いのだが緊張で手汗が凄い。
「本当に大丈夫ですか太郎さん。私としてはついていきたいのですが」
玄関で靴を履く俺の後ろから細田さんの心配そうな声がする。
「大丈夫ですよ。危ない場所へは近寄らない。知らない人にはついて行かない。もしも危ないと感じたらこのボタンを押す、ですよね」
そう言いながら今朝渡されたキーホルダーをクルクルと指で回す。今にも吐瀉物を吐き出しそうな黄色い鶏だ。このトサカを強く押すと俺の位置が細田さんへと伝わる仕組みとのこと。
個人的には全く良さがわからないのだが、最近流行りのキャラみたいだ。
「些細な事でも構いません。少しでも危険を感じたら迷わず押して下さい」
もう何度目になるかわからないくらい念を押される。心配されるのは悪い気はしないけど、こうも言われ続けると自分が一人じゃ何も出来ないみたいな気がしてくる。ついつい生返事になってしまうのも仕方がないだろう。
「子供じゃないんだから平気ですって」
細田さんの心配をよそに俺はこの世界に来て初めて一人で出掛けた……一番最初のはノーカンだ。
男性専用エレベーターで階下まで降り、外に出た瞬間今までいつも細田さんが隣に居たという安心感が不安へと変わるが、それを上書きするかの様な高揚感を感じられた。
「中央駅の南口までお願いします」
外に待たせていた男性専用タクシーに乗ると今日の行き先をドライバーさんへと告げる。因みに男性専用タクシードライバーはこの世界ではかなり優秀な職になるらしい。男性を後ろに乗せていても襲いかからない忍耐力はかなりのものとか。
それを言ってしまえば殆ど四六時中一緒に生活している細田さんの忍耐力とは如何ほどなものか。
……まあ、耐えてはいるのだろうが声が漏れているのはご愛嬌だろう。そろそろ完全防音にでもしようかと思案していたところ「着きましたよ」と安全に車を停めたドライバーさんが教えてくれた。
「ありがとうございました。帰りもまたお願いしますね」
そう言って車を降りて時計を見ると約束の時間の五分前だ。個人的には十分前でもよかったのだが、待っている間に女性から声を掛けられる数を減らしたかったのでこの時間に到着。これでも早いらしく「時間丁度でもいんですよ。いえ寧ろ遅れても」と細田さんに言われたが流石に遅れるのはダメだろうと、説得するのにも苦労した。
「待たせたな太郎」
そうこうしているうちに本日の相手が到着。俺と同じくタクシーかと思いきや、どうやら専用の運転手に送られて来たのは京華院影継。
「いや、俺もさっき来たところだ。それに時間丁度だしな」
別に考えて答えた訳ではないのだが「本当にそう答えるのか」とブツブツ言いながらも納得したご様子。そこには深く追求しない方が良さそうだ。多分またわけわからん本のタイトルが出てくるに違いない。
「それで今日は何処へ行くんだ? ここに集合としか聞いてないんだけど」
以前影継と屋上で話していたのは今日の件についてだった。真剣な顔で何を言うのかと思いきや
「た、太郎。俺と二人で遊びに行かないか!」
と、告げられた時は「えっ、いいけど」と軽く答えると「軽いなっ。俺がどれだけ……」とブツブツ言っていたが気にしない。俺もこっちに来てから男友達と遊びに行くなんて無かったしな。この時ばかりは何時もの威厳ある影継ではなく、ただの高校二年生男子らしかったのが少し嬉しかった。
俺は細田さんに、影継も専属ボディガードの人を説得するのには骨が折れたが俺達の熱意に押され渋々了承してもらった今回の外出。
隣を歩く影継と今日の予定を話しながら最初の目的地、駅と併設されている大型ショッピングモールへと足を進める。
「ちょっとお兄さん達いいかなー。暇だったらあたし達と遊ばない?」
急に話しかけられて焦ってしまったがそこは影継。こういった対応にも馴れているんだろう。
「すまないが既に婚約者がいる」
と左手の薬指に輝く指輪を見せると直ぐに諦めたご様子。さてトラブルにもならなくて良かったと思っていたら
「そっちの仮面のお兄さんは!」
いかにも清楚風ですといった女性から急な問い詰めに焦っていた俺は思わず”いない”と答えそうになってしまったのを察したのか
「こいつも同じで婚約者いるんで」
肘で俺の脇腹を突きながら視線でそれを促してきた。「お、同じく婚約者が……」と尻すぼみ気味の答えと一緒に薬指の指輪を見せると諦めたのかそそくさと去っていった。
「助かった影継」
一息吐くと隣の友人へとお礼を言う。あそこで”いない”と答えていたらと思うとゾッとする。
「先程の女はまだ優しい方だ。しつこいヤツだとあそこから粘ってくるし最悪力づくってこともあるからな」
男だけで出掛けることの大変さを開始五分で体験してしまったが、隣を見るとまるで虫を払ったかのような何でもなさそうな顔で歩く影継。
「それにしてもこの指輪の効果って凄いんだな」
改めてこれを用意してくれた細田さんには感謝だ。わざわざ俺の薬指に嵌めてくれた時の緩みきった表情は思い出フォルダにしっかり保存済み。
「これを見ても強引なヤツがいたらそれこそ警察沙汰。下手したら一生塀の中ってのもあり得るからな」
この世界の厳しさを再確認させられた出来事だったが、今はコイツとの時間を楽しもう。
そこからは特にトラブルも無く、服を買ったりと買い物をしていると時間はお昼。すれ違う女性達からの視線で体に穴が空きそうだったがそれも馴れなのだろう。特に左手薬指なんてもげそうだ。
影継に聞くと「野菜か何かと認識すれば問題ない」とのこと。その境地に達するまでまだまだ時間は掛かりそうだ。
お腹も空いてきたのでレストラン街へと足を運ぶが、違和感を感じて後ろを振り返ると同じように後ろを振り返る女性達。
歩き始めると後ろから軍隊みたいに歩幅を合わせて歩く音が聞こえてくるし右に曲がれば右に、左に曲がると左にといった具合で完全にRPG状態だ。
「ここにするか」
そんな奇妙な光景なんて気にしていない影継は少し高級そうなイタリアンへと入っていく。慌ててその後を追って店内へ入ると人気なのか現在満席状態。仕方がないので待つか他の店を探そうと提案しようとすると
「満席だと。ならば食い終わった客を、んぐっ。何をする太郎!」
反射的に影継の口を塞いでそそくさとその場を離れる。
「いいか影継よく聞け。俺達の世界じゃあんな事は言わないし、言ったとしても相手にされない。それこそ最悪警察沙汰だ。次は俺が行くからよく見ておいてくれ」
今日の目的に”異世界での男の振る舞いを知りたい”という影継のお願いがある。コイツなりに何か思う所があるんだろう。本の知識より実際の異世界人から学びたいとのこと。ならばこそここは俺の出番だ。
「先程は失礼しました。いえ、とんでもない。名前を書いて……ここの椅子で待っていればいんですね」
俺の対応に心底驚いた様子の店員さんと影継。「これが普通……だと」と頭を抱えているが今はほっといてやろう。暫くして店内から女性客が出てきたので、俺達は定員さんの案内を待つことに。チラリと後ろの列を確認すると凄い事になっていたがもう何も言うまい。
それから奥のテーブルへと案内され、既に決めていたランチセットを二つ注文する。料理を待っている間、先程の影継の対応について指摘していると近くのテーブルで啜り泣く女性の声が聞こえてくる。「天使や、天使が舞い降りた」「いい話聞かせてもらったわ。もう思い残すことはない」「その優しさでご飯三杯はいける」「「「それな!」」」
それらを聞こえない振りしていると料理が運ばれてきたので、影継と学校のことやこっちの世界の常識なんかを話してる内に料理を完食。お皿をさげに来た定員さんに「ご馳走さま」と伝えると小柄な店員さんは驚いてしまったのか水の入ったコップを倒してしまった。
「す、すいませんすいません申し訳ございません。何でもしますからお許し下さい」
溢れた水は俺の方へと勢いよく流れてパンツを濡らす。「何でも?」と一瞬頭を過ぎったが俺は紳士だ。勿論「とりあえず拭いてもらおうか。おっと、誰が手を使っていいなんて言った?」なんて考えてすらいない。
そんな一瞬の間に店員さんは勢いよく土下座。何故か影継も「俺の友人へなんて事をしてくれる」とヒートアップ。友人と言ってくれる事は嬉しいが今は落ち着こうか。
この世界で暮らすのも楽じゃなさそうだ。




