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〜京華院 影継〜
今日もまた俺の視界にはアイツが映り込む。
今日もアイツは髑髏の仮面を付けている。
今日もアイツの周りの女達は笑っている。
今日もアイツの周りの女達は……
今日もアイツは…………
「影継様、いかがなさいましたか」
食堂でアイツの方へと意識が集中していたのか、隣の沙羅から心配されてしまった。これは本格的にいかんな。「問題ない」とだけ答えて意識をこちら側へ持ってくるが視界の隅ではどこかでアイツを見つけてしまう。
俺がこんな事になったのもつい最近の事だ。
初めは転入してくる男子が異世界人と聞かされた時は多少なりとも驚いたが、まさか本当に本に書かれている様なヤツだとは思わなかった。
いや、それ以上だった。興味本位でわざわざ足を運んだ先で見つけたソイツは今まさに女子トイレに入ろうとしていた豪傑だったのだ。その後姿は正に覚悟を決めた者の背中だった。呼び止めて何をするのか聞いたら
「見ればわかると思うが」
と、さも当然の事のように答えが返ってきた。コイツはヤバいと頭の中で最大級の警報が鳴った気がしたな。
しかし、話を聞けばただ単に膀胱が限界なだけらしい。初日だし男子トイレの場所がわからなかったのだろうと推測出来る。
トイレの場所を教えたついでに「異世界男子は変態なのか?」という問うと「また今度議論しようと」言い残しソイツは去っていった。その歩く姿は若干腰が引けていたのが印象的だったが
「ありがとう……か」
ヤツが去り際に残していった言葉だ。生まれて初めて聞いた同性からの純粋な言葉に胸を撃ち抜かれた瞬間だったのは今でも覚えている。
物心ついた頃から周囲の人間が俺に対して特別な対応をしているのが子供ながらに感じられた。
いや違うな俺が男だからだろう。男子の出生率が極端に低い世の中なだけあって、男に産まれ落ちた瞬間に勝ち組が確定する。
それに違和感なんて感じる筈もなく俺はこの世界の常識で幼少期を過ごす。今にして思えば軽い気持ちでクラスの女子達に無理難題を押し付けたことや、理不尽な事を言ったことも数え切れないかもしれない。
だけど俺は出会ってしまった。
「異世界男子の日常〜小学生編 好きな女子にはいたずらしちゃう! だって男子だもん〜」それが俺の人生観を変えた本のタイトルだ。
小学生だったある日の放課後、クラスの女子達が教室で集まって何やら騒いでいるのが妙に気になった。普段だと「煩い奴らだ」くらいにしか思わないのだが、気が付けば俺は女子達の直ぐ近くまで足を進めていた。
驚いたのは向こうも同じらしく「煩くてすいませんすいません」と蜘蛛の子を散らすように去っていった。その場所に取り残されていたのが例の本だった。
話には聞いたことがある。極稀に異世界なる場所から男性が迷い込む事件がある事を。
気が付けば日も暮れ始め、教室には誰も居なくなっていた。暗くなる前にタクシーでも呼んでおくかと電話を掛け教室の扉を開けた瞬間
「きゃっ」
と、女子の驚く声がした。どうやら尻もちをついてしまったらしく、「いたたた」と臀部をさすっている。
「すまない。驚かせたな」
言葉と同時に差し出した右手に自分でも驚いたが、女子は俺以上驚いたらしく俺の顔と右手に何度も視線を向けてくる。
「一人で立てるなら立て。立てないなら早くしろ」
おかしい……普段の俺ならこんな言葉は使わない筈だ。
「何をしている。さっさとどけ」だとか
「もしやストーカー行為か? 警察へ通報するからそこで這いつくばっていろ」とか言ってたのに。
いつの間にか掴まれていた右手の感触で我に返ると、顔をこれでもかと言う程赤く染めた女子が繋がれた右手をずっと見ていた。
「あ、ありがと京華院くん」
慌てて手を離すと目の前の女子のはにかんだ笑顔が映り込む。あれ? 女子手ってこんな柔らかかったのかといつもは思わない事を考えていると、おどおどした態度は変らないが何かを言いたそうに俺の持っている本を指差していた。
「これはお前のか?」
その問いに女子は静かに頷く。
俺が勝手にこいつの本を読んでいたのを邪魔出来ずに、今まで教室の外で待っていたのだろう……バカだなコイツは。
「そうか」とだけ答え廊下を進み帰ろうとすると「あっ」と小さくこぼして俺の手を掴もうとした手を咄嗟に引っ込める女子が目に入ったが気にせず歩き始めた。本は諦めたのだろうか追ってくることも無くただ立ち尽くしている。
俺は数歩先へ進み足を止めると前を向いたまま
「お前、名前は?」
と、その女子に聞いたのだが返事は無い。今日はどうしてこんな事をするのか自分でもわからない。
「名前を聞いている。俺を待たすな」
体半分振り返り同じ質問をすると漸く女子が口を開いた。
「つ、四十九院沙羅だよ!」
何がそんなに嬉しいのか泣きながら笑う沙羅は大きな声で返事を返してきた。
「一度しか聞かないぞ沙羅。お前はこの本のシリーズを持っているのか?」
まさか女子の固有名詞を呼ぶ日がくるとは。本当に今日はおかしい……まあたまにはこういう日があってもいいだろう。悪い気はしないしな。
しかし沙羅からの返答はなかなか返って来ない。半分向けていた体を前に戻して帰ろうとすると
「もってる。全部持ってるよ京華院くん」
慌てた沙羅の声が聞こえてきた。
「そうか、なら行くぞ。案内しろ」
俺の言葉の意味がわかっていないのか呆けている沙羅。数秒後に漸く思考回路が繋がったのか「えっ、家に来るの?」と驚いている。「それ以外何がある。外にタクシーを待たしているからさっさと準備しろ」と急かすと教室へと戻り駆け足で自分の鞄を取ってきた。
そこから度々沙羅の家に行って新しい本を借りては感想を言い合ったりする関係になっていた。そんな俺達もあと少しで小学校を卒業する頃に。
しかしこのシリーズは既に完結しているのだ。終わりがくるのは必然だろう。最後の一ページを読み終えては戻るという無意味な行動の意味を考えることなんてないまま俺達の関係は……
「きょうか……いえ、影継様」
いつもは「京華院くん」と呼んでいた俺の事を初めて名前で呼び止める沙羅がそこに居た。
「……なんだ四十九院か。俺は忙しい。要件は簡潔に言え」
それに俺は”沙羅”といつも通り返すこと出来なく”四十九院”と意地悪な返事をするのが精一杯だった。
そんな俺の心情すらわかっているかのように彼女は笑う。
「それでは簡潔に。あなたを愛しております。どうかお側に置いて下さい」
「それは俺が男というブランドだからだろう」
「いえ、京華院影継様だからです」
男というブランドに目が眩まない人間ということはわかってる。
「ただ一緒に本を読んだだけだろう」
「はい。本を呼んだだけですがそれだけで十分です」
ただ本を一緒に読んだだけ? まさにその時間が俺にとっては今までの中で一番の時間だった。
「隣のクラスには俺より格好良い男がいるだろう」
「それは影継様の主観です。私の主観ではあなたが一番格好良いのです」
そう言えば”女に口で勝てる気がしない”とどこかに書いてあったな。
「……好きにしろ」
「はい、好きにさせていただきます」
今まで見た中で最高の笑顔で俺の腕に抱きつく沙羅に
「当たって…るのかこれ?」
つい本音が出てしまった。しまったと思って沙羅を見ると少し不貞腐れた様に頬を膨らませて
「いつか当ててみせますから覚悟して下さいね」
回想も程々に食事を終えて廊下を歩きながらふと隣の沙羅を見ると自然と視線が交わった。
気が付けば俺の右腕にはしっかりと感触が伝わってきた。もう一度沙羅の方を見ると、悪戯に成功したのが嬉しいのかペロっと下を出して
「当ててるんですの」
俺は幸せ者だ。
だからこそ気になるアイツの事が。




