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〜鈴木 哀〜
涙で滲んだ視界に見慣れたスニーカーが写り込んだ。これは間違いなく彼女の靴だ。きっと教室を飛び出した私を心配して探しに来てくれたんだろう。こっちの女性はそんなのことしない。ライバルが一人減ったくらいにしか考えないのだから。
だけど今は会いたくなかったな。折角追い掛けて来てくれたのに申し訳ないけどこんな姿佐藤さんには見られたくない。
「哀ちゃん大丈夫だよ」
折角気が付かない振りをしていたのに、私の横へ座ったかと思うと優しく背中を叩きながら佐藤さんが呟いた。
私にはその言葉で今まで荒んでいた心がフッと軽くなるのを感じた。「大丈夫?」って言う心配する言葉ではなく「大丈夫だよ」って響きに助けられる。
「全然……だいじょうぶなんか……じゃ、ないよ。たなか君おこって……るもん」
掛けられた優しく甘い言葉を信じて安心したいと思う自分とは裏腹に、違うって言って欲しい、彼が怒っていると、私とはもう関わらないと言っていたと。
彼女が慰めで言ってくれているだけなんだ。本当はもう……
「大丈夫」
先程よりも確信めいた口調だ。なんで彼女はこうも言い切れるのだろうか。一緒の世界観を持ってるから? 私より彼の事を知ってるから? ずるいよ。偶々一緒の世界で暮らしてただけで何でもわかってるって感じがずるいよ。もしそこに居たのが私だったら。
今更たらればを語ったとこでどうにもならないのは知ってるけど、一度胸の奥で燻ぶったこの想いを吐出そうと涙でくしゃくしゃになった顔ってことすら忘れて顔を上げた。
「なんでそんなこと佐藤……さん、に……」
最後まで言い返すことが出来なかった。
彼女の瞳は真っ直ぐに私を見つめて離さない。希望的観測なんかで言ってないなんて初めからわかってたのに。
「やっとこっち見た」
にしし、という擬音が聞こえそうな笑みを返されたらもう何にも言えなくなってしまった。私は幸せ者だ。こんなに素晴らしい友人と出会えたのだから。
「それにしても哀ちゃん、顔がひど……凄いことになってるよ」
前言撤回。人の顔を見て酷いとは何事だろう。
「ふふ、人の顔見て酷いはないんじゃない」
それでも笑ってそう返せた。自分の顔が今途轍もないことになっているのはわかってる。
ごめんごめんと言いながらハンカチで私の顔を拭ってくれる彼女に甘えること数秒。
「これでよし。やっぱし哀ちゃんは可愛いなあ。羨ましいぞ」
ワシャワシャと今度は乱暴に髪を撫でられた。でも全然痛くなんてなくて逆に凄く安心する。
田中君の事も含めてまだ一ヶ月も経ってないのに、初めての感情があり過ぎて心が追いつかない。今日みたいに泣くこともあるだろう。もしかしたら私が田中君に怒ることだってあるかもしれない。花っちと喧嘩だってするかも。これからまだまだ知らない自分の感情と対面して戸惑う事もあるだろう。
だけどそれを全部受け入れていこうと決めた。それら全部が私を強くするんだから。まずは
「ありがとう花っち。元気でた」
迷惑掛けてしまった友人へ遅くなったけどお礼を言おう。そして振払われた手を今度は私から繋ぎ直すんだ。そう決心するといても立っても居られなく勢いよくベンチから立ち上がる。
「まあまあ落ち着いて哀ちゃん。とりあえず私の話を聞いてよ」
折角人がやる気を出したのにと友人へ顔を向ける。彼女はポンポンとベンチを軽く叩きながら座り直すように促してきた。
出鼻をくじかれた私は一度深呼吸をしてベンチに座り直す。
そこで私が出て行った後の話を効くのだが……
「田中君の胸倉掴んでいた汚い言葉で罵ったですって!」
まさかである。
つい先程マイベストフレンドなるポジションについたこの女性はあろう事か件の男性にもの凄いことをしたと証言したのである。私は急いで周りを見渡した。これを誰かに聞かれていたらただでは済まない。勿論社会的に。
ひとまず誰にも聞かれた様子が無いことに一安心をするが、目の前の友人は何食わぬ顔で「?」マークを浮かべているのが凄い。これが文化の違いってやつねと、納得するしか無い。まあこんなこともあるわよねと無理矢理自分に納得させるしかない。
「えっと、続けていいかしら?」
この始末。
全く自分が異端であると認識していない様子に驚きを通り越して恐怖すら感じ始めた。
しかし続きを聞いていくうちに田中君の様子が明らかに悪い方へと変わっていった。
「私の言葉なんて何一つ聞こえてないみたいだった」
花っちが言うには途中から服を着たマネキンへ話しかけているようだったとも、分厚い壁の向こうにいる人へ話しかけているような手応えだったらしい。
暫くして花っちの問いかけに答えた時にはかなり弱々しく立っていたみたいで、心配になってきた。自分の行為がそこまで彼を追い詰めていたと知ると、先程の決意が揺らぐのを誰が責められようか。そんな私の不安が手に取るようにわかったのか
「あー、その辺は大丈夫だよ。哀ちゃんの所為じゃないから」
「で、でもっ。私があんな事しなければ田中君はっ」
急に彼女の人差し指で言葉を止められた私が驚いていると
「哀ちゃんは好きな人いるの?」
なんの脈絡もなく花っちが問いかけてきた。
その瞬間頭の中には彼の姿が過ぎる。
「いるの? いないの?」
私が答えに戸惑っていると、さもわかってますよみたいな口調で
「そういうことよ」
と教えてくれた。
そういうこと? 少し首を傾けてみると花っちが「私に聞いてみて」と言うので同じ問を投げかけた瞬間
「いないわ」
用意されていたであろう回答が質問と同時に返ってきた。一瞬彼女の雰囲気が鋭くなったのは気の所為だろうか。
それでも首をかしげる私に、出来の悪い生徒に教えるかのようにゆっくりと答えを教えてくれた。
「この問にはいる、いないの二択しかないの。そこに第三のいるわけがないなんて出てくることがおかしいのよ。それも反射的にね。まあもしこの答えが出るんならそれなりの理由があるんでしょうね」
「それなりの理由…って」
手を振り払われたことで気が動転していた私はそこまで気が回っていなかった。いや、どんな状態でもそこには気が付かなかっただろう。
「例えば哀ちゃんがその言葉を使うとしたらどんな時?」
私が? 相手の立場に自分がなってみてどう思うか考えてと花っちは言いたいのだろう。もし田中君に袖を掴まれながら「好きな人いる?」と聞かれた日にはもう狂喜乱舞だろう……いやいやそういうことじゃない。頭を振って邪念を祓う。
もう一度想像すると自然と答えが出てきた。これが合ってるなんて確証は無いけど、これが一番納得出来る。
「過去になにか嫌なトラブルがあった?」
恐る恐る答えた私にグッと親指を立てる花っち。正解して嬉しいようなそうじゃないような複雑な感情だ。もう恋なんてしない。そう自分に言い聞かせているような。
でもそれって少し寂しいな。
私じゃ力になれないかもしれない。けど、もしも次があるならその時は少し照れた顔で「好きな人……いるよ」と彼に言って欲しいな。勿論仮面なんて外して。想像しただけでご飯三杯はいける!
下から覗き込む私の視線から逃げるように頬を軽く掻きながら答える彼に「えっ、誰だれ? 私の知ってる子?」と問い詰めると観念した彼は……。
ああ、それもいいけどしっかりと私の目を見返して言うのもそそられる。
もしくは「誰だと思う?」悪戯っ子みたいに笑いながら答えた彼に「誰?」と問い直すと耳元で名前を…………
「ちょっと哀ちゃん!」
自分の名前が呼ばれてハッと我に返る。もう少しでいいとこだったのに。想像の中とはいえ途中止めにされて少し不貞腐れたのが伝わったのか
「はいはい。そういう想像は家に帰ってからして下さい」
からかわれているのが十分伝わってきたので、私も少し意地悪な質問を投げかけることに。
「そう言う花っちは気になる男子はいるんだよね!」
「な、何言ってるのよ哀ちゃん。田中なんてただの同郷ってだけで全然気になってないし」
この慌て様である。
誰も田中君なんて言ってないのに、そこにすら気が付かない彼女は私の隣で言い訳を続けている。それが可笑しくてクスッと笑ってしまうのは許してね花っち。
「ちょっと哀ちゃん。何が可笑しいのよ」
少し怒った私の親友はやっぱり……
「やっぱり」
「やっぱりって何よ」
「ふふ、教えない」
前よりずっと仲良くなれた彼女はやっぱりツンデレさんなのである。
作者の小話
流石に付き合いきれなくなったので隣人とはそれ以降話すことも無くなった。
しかし悲しいかな、職場がレストランということもあり客としてくる隣人にはそれなりの対応をしなければいけない。
そして僕の接客態度で何を勘違いしたのかまたまた話かけてくるように……悪夢だ
そこから何日か窓ガラスを叩く音が聞こえてきた。扉ではなく窓ガラスをだ。
勿論答える訳もなく、電気がついていようが寝たフリを続ける。
そうしていると窓ガラスを叩く音は途絶えた数日後、小さい紙にびっしりと文字が書かれた手紙がポストにあった。正直読んでない。そっとポストに戻した。
さらに数日後「手紙なんて入れたんですね?すみません気が付きませんでした。何か用事でも?」で乗り切った!
そろそろ終わる。




