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~鈴木 哀~
私は教室を飛び出すと当てもなく走り出した。自分がなぜ走っているかもわからずに。
周囲の生徒から声を掛けられた気がしたけど何も聞こえない。聞きたくない。聞こえるのは自分の乱れた息遣いと心臓の鼓動だけ。
「なんであんなことを」そう頭の中で繰り返し自問自答しても答えなんて出てこない。田中君と京華院君が屋上でなにやらかなり近い距離で話していたと聞いた佐藤さんが田中君に「男子が好きなのか?」と問いただしたのが始まりなのは覚えている。
結果は女子が好きって言葉を本人から聞けたのでクラス一同安心した。その後は無性に田中君には好きな人がいるのかどうかがすごく気になり始めたんだっけ。
そして無意識のうちに「好きな人はいるの?」と田中君の袖を掴む自分がいたことに驚いてた。こんなこと男性にしたら直ぐに罵詈荘厳を言われるかもと一瞬考えたりもしたっけ。
でも、心の中で「大丈夫」という根拠のない安心感もあったんだと思う。なんだかんだ田中君は優しいのだ。まだまだ彼と過ごした時間は短いけど「異世界の男性」ってことでどこか緩んでいたんだ……あれは
あれは拒絶。
凄い勢いで振り払われた自分の手に勿論怪我なんてない。だけど痛い。その痛みから逃げる様に私は走った。
「逃げる事なんて出来ないのに」
誰に聞かせるわけでもなく学校近くの公園のベンチに座り込んで息を整えながら自然と零れた言葉。
「田中君怒ってるかな?」
少し鼓動も落ち着いたころに、自分の軽はずみな言動で気分を害してしまった男性の事を考えると気が沈む。もう話すことも出来ないのかな? 佐藤さんと三人でご飯を食べれないのかな? 明日私の席はあそこにあるのかな? 考えれば考えるだけ自分にとって嫌なことばかり思い浮かべてしまう。
「私ってやっぱり最低だ」
こんな時でも自分都合の事しか考えられないなんて最低だ。彼は何にも悪くないのに。私が作った幻想を押し付けただけなのに。その自分の中の答えと違ったから落ち込むなんて卑怯な人間、卑しい人間だなと……
「雨でも降らないかな」
どうか私の頭を冷やしてほしい。考える事なんて出来ない位に濡らしてほしい。
雨なんて降りようがない空を見上げながら呟く。明日学校へ行くのが憂鬱だな。まあ自業自得だしいっか。もともと田中君というイレギュラーな出逢いが無かった事になるだけ。
だから私は彼に縋ることも夢見ることも無いただの鈴木哀に戻るだけだ。
そうして家の決めた婚約者と結婚して家を発展させていくんだ。子供が出来たらその子にも私と同じような人生を歩ませよう。なに不自由ない生活が約束された人生を歩ませよう。
「そんなの……そんなのって」
そんなのってないよ
ほんの数日だけでも味わってしまった今の生活を捨てることなんて出来ないよ。折角出会えた二人と別れるなんて出来ないよ。
流れ落ちる涙を両手で拭うけど止まってくれない、止めることが出来ない自分が恥ずかしくて更に雫が溢れてくる。
〜佐藤 花子〜
あいつに哀ちゃんの分もご飯を奢らすことを約束させた私は哀ちゃんを探しに走り出した。
あれ? 奢るという返事はなかった気もしないような。
まああの状況で奢らないなんて選択肢あるわけもないかと言い聞かせ哀ちゃんを探す。通り過ぎる生徒に訪ねながら進んでいくと彼女は既に学校を出たようだ。
「靴履いてないじゃん」
スニーカーへ履き変えようと靴箱へ立ち寄った際ふと哀ちゃんの靴箱へ視線を向けると彼女のローファーは入ったままだ。どれだけ急いでいたんだか。
まっ、こっちで男子を怒らす事がどれだけ女性にとってマイナスになるかは日が浅い私でもわかっているつもりだ。というか、大体朝のニュースで全国の何処かで女性が何かやらかしているのが報道されているのだ。
「……あいつは怒ってる訳じゃないんだけどな」
教室でのあいつの対応は最悪だった。
そりゃ哀ちゃんからしたら勢いよく振払われた手は衝撃だっただろう。もし私だった場合でも相当ショックだ。いやいや、もし相手が田中太郎以外だった場合であって決してあいつで想像した訳じゃないんだけど。
自分に言い訳をしながらあいつの様子が頭に過る。
私に胸倉を掴まれてもしれっとしていたのはほんの数秒。人の話を聞いている感じもしなかった。それが気に食わなくて更に言葉を重ねていると段々様子がおかしくなってきた。
それは目に見えて不調だった。呼吸は不規則で汗もかきはじめて思わず掴んでいた手を離した。もしかして私が首締めてた!?
だけど手を離したにも関わらず体調が悪そうで今にも倒れそうにフラフラし始めた時にかけた声で漸くあいつと目が合った。
「ああ、大丈夫だありがとう」
大丈夫かという問いの答えがこれだ。さっきまで酷い言葉で自分を責めていた相手に対する回答ではないだろう。
そんな気の抜けた返事で一気に場の熱も冷め、私は一つの仮説にたどり着く。「こいつも人間関係で色々あったのかも知れない」なんだか自分と似ている感じがしたとかそんなレベルだけど……だからって好感度アップとか言う話にならない。
あっちの世界の思春期真っ盛りな男子が女子から「好きな人いるの?」なんて聞かれて平常心を保てる筈なんて無いんだから。
「いや、別にいないけど?」大半の男子は心臓の鼓動を三倍速にしながらもこう答えるだろう。
しかしあいつの答えは「いるわけがない」だった。これだけで面倒臭さが伺える。
もし、もしもあいつから話してくれるなら聴いてあげない訳じゃないけど。
そんなことを考えながら走っていると公園のベンチで泣いてる女の子が視界を過ぎった。
思いの外早く見つけた大事な友達へと歩を進める。今にも消えそうで壊れそうで幼い子供のように泣きじゃくる私の大事な大事な友達へと。
「哀ちゃんみっけ」




