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ここ数日だけど少し俺の周囲で変化があった。例えば
「「「お、おはよう。田中君」」」
「おはよう東雲さん、小鳥遊さん、四月一日さん」
といった具合で朝の挨拶を交わす生徒が増えた。それにしても読みにくい名前ばかりなのは偶然だろうか。俺自身田中であり、前の席には佐藤さん。その隣は鈴木さんだというのに。
クラスメイトに挨拶を交わしながら自分の席へつく。
前の席では佐藤さんを囲んで女子達が楽しくおしゃべりをしている。まあこの距離なので内容は俺に筒抜けで
「男子の好みってどんな人なの?」
後ろに男の俺が居るのに佐藤さんに聞くのは直接本人には聞きずらいというのと、数日前に食堂で俺が佐藤さんとの会話で大爆笑したのが原因だと思われる。
男子を笑わすなんて佐藤さんって実は凄い人なんじゃ! と噂が立ち、あれよあれよという間に恋愛マスターの称号までついている始末。こらそこ困った顔でこっちを見ない。
「ぶ……ブルマの似合う女性かな?」
こらそこ変な事を吹き込まない!
確かにブルマが似合う女性は好きだ。嫌いなんて嘘でも言えない。すらっと伸びた白い脚との融合は正にマリアージュ。だからこっちを見るな。そこの女子達もメモを取るな、君たち騙されて……はないのか?
チャイムと共に「また色々教えてね」とそれぞれの席へ帰っていく女子達に手を振って応える佐藤さんに
「恋愛マスター」
ぼそっと呟くと「誰の所為よ」と言わんばかりに一瞬睨まれてしまったが、田中先生の入室と共に直ぐ前を向き直した。
これが新たな変化だろうか。今まで俺から佐藤さんに話しかけることはしなかったが食堂でのやり取りの後、俺から話しかけたことがあったのだが別に嫌そうな顔をされなかった。それどころか前以上に彼女から話しかけてくることが増えたのも原因だろう。
俺としても同じ世界の基準で話せる唯一の人物なので正直助かっている。
そして、食堂を利用して仲良くなったおばちゃん達。
あの日会ったおばちゃんは食堂の責任者らしく色々お勧めを教えてくれたりする。俺が利用し始めてから他の利用客が増えて嬉しいと言ってくれたが、毎日本当に忙しそうだ。一度「偶には売店でお昼買いますね」と言ったら、おばちゃん全員に「お願いだからここを使って」と懇願されてしまった。
その次の日から明らかにおばちゃん達の動きが変わり、長蛇の列もなんのその。
殆ど止まることなく列を捌いていく姿は見てて素直に関心した。
少しだけこんな生活も楽しいなと思ってしまった瞬間、「本当にそうか?」とも考えてしまう自分がいることに気が付いた。
彼女達は俺が男だから話しかけてくるし機嫌を取ろうとする。
俺がこの世界では貴重な資源だから自分の物にしようとしているんじゃないのか? それこそこの世界で女性をアクセサリーか何かと勘違いしている連中と同じように。
俺自身がそれに「違う」と明確な答えを持てる筈もないし、かと言って鈴木さん達に聞けるわけもない。聞いたとしてもその答えが本音なんて俺にはわからない……細田さんに感情を視て貰えば……馬鹿か俺は。一瞬でもなんてことを考えてるんだ!
そんな考えがグルグルと俺の中に渦巻いていき、結局体調不良ということでお昼前に細田さんに家まで送ってもらった。仕事が残っていたが校長先生に「一緒に帰っていいよ」と許可を貰い今は家に居てくれている。
「何かあったら気にせず呼んでくださいね」
そう言って俺の部屋の扉をそっと閉めて出て行った。
布団の中から「ありがとうございます」と言って体を丸める。いつからだっけ俺が素直に人を見れなくなったのは。
あれは確か小学校六年生の時だ。
当時俺には一年生から好きだった女の子がいた。小学生の好きなんてそれこそ本当に好きなのかどうかわからない。歌声が綺麗、ピアノが弾ける、ちょっと背が高くて大人びているとかそんなところに惚れたのかもしれない。全部その子のことだ。
でも、確かにその子の事を他の女子にはない感情を持っていたのは覚えている。
小学生最後のクラスは偶然にも仲の良い四人が集まって喜んだっけ。俺と友人にその子とその子の友人の男二女二。
小学五年のある日、俺の友人とその子の友人は両想いだということが発覚した。俺とその子で友人の好きな人を聞いたらまさかの両想い! これは恋のキューピットになるしかないと相談してバレンタイン作戦を決行。
失敗なんてするはずもなくめでたくカップルの誕生だ。その子と一緒にハイタッチをしたのを今でも鮮明に覚えている。
そうして俺には特に進展はなかったが、六年の梅雨の時期にそれは起こった。
「喜べ太郎。お前あの子と付き合えるぞ。聞いてみたらOKだそうだ!」
初め「こいつは何を言っているんだ」と思ったけどじわじわとその内容理解していくと
「マジか! でも勝手に言うなんて酷いな。でも許す」
とか言ってたかもしれない。あの時が人生で一番テンションが高かった時だろう。
その瞬間からあの子と付き合えるという事実が嬉しすぎて世界が変わったのを覚えている。見る物全てが輝いているかのようだった。
授業中もその子のことをチラッと見たりしてニヤニヤしていた。キモいな俺。
早速放課後一緒に帰ろうって誘おうかなとか、友人達と一緒にダブルデートなんていいかもしれないとか想像していた。そんな俺のハイテンションが滲み出ていたのか、他の友人からも「なんかいいことあったのか?」と聞かれて「秘密だ」と答えたりしていた。
そうしてそろそろ帰りの会が始まるという時
「ちょっといいか?」
と、友人が俺を人目のつかない階段まで連れてきて腰を下ろす。何の話かなとそわそわしている俺に
「……怒らずに聞いて欲しい」
真剣な表情で口を開く。
「大丈夫だ。今の俺は小さなことじゃ怒らない。で、なんだ?」
と、聞き返すもギュッと口をつぐんだまま続きを話そうとしない友人の姿に流石に不安になってきて
「おい、そんなに言い難いことなのか?」
そう催促すると漸く口を開いて一言
「実は……あの子はお前の事を別に好きじゃないんだ……」
「……嘘だろ?」
そう言うのが精いっぱいだった。
数時間前はあんなに喜んでくれたじゃないか! お前が教えてくれたんじゃないか!
しかし、沈黙がそれが本当だと物語っていた。
友人を階段に残して俺は教室へと戻る。少ししてからそいつも戻ってきた。帰りの会が終わった瞬間俺はランドセルをひったくるようにして教室を出て行く。
それから帰り道は走った。苦しくても走った。通学路なんて通らずに近道をした。
家に帰るなり自分の部屋に行き布団の中に潜り込んだであいつの言葉を思い出す。
「喜べ太郎。お前あの子と付き合えるぞ。聞いてみたらOKだそうだ!」
「実は……あの子はお前の事を別に好きじゃないんだ……」
その時の感情を言い表すなら”無”だったろう。
怒りなんて沸いて出てこなく、唯々その言葉だけが頭の中でループしているだけだ。
ご飯を食べる時もお風呂に入っている時もボーっとしていた。いつもより早い時間に布団に潜り込んで寝ようとするも寝れない。そこで漸く「なんで?」という感情が生まれてきた。なんであいつはあんなことを言ったんだろう。俺の喜ぶ姿を見て内心では悪戯が成功したと喜ぶためか? それが俺のあまりのはしゃぎ様に気まずくなってあんな事を言ったのか?
その答えはあいつしか知らない。いや、もしかするとあいつ等は知っているかもしれない。
そう考えた瞬間そいつらの事なんてどうでもよくなった気がしたんだっけ。
結局一粒の涙も流せないままいつの間にか眠りについていた。
次の日、仮病なんて親に通じる訳もなく重たい足を引きずるように自分のクラスへ行くと
「昨日はごめん。これ俺の宝物」
と言って差し出してきたのは袋に入って中身は見えないがノートのようなものだった。
それを無言で受け取り机の中にねじ込み、俺は黒板を見つめたままそいつを見ない。それでも机の横にずっと立っていたがチャイムが鳴ると自分の席へ帰って行った。
その日はそいつを意図的に避けて過ごした。勿論女子二人も。
家に帰って朝に渡された袋を開けると、そいつが好きだと言っていた野球選手のサイン色紙が入っていた。袋をグシャグシャにしてからゴミ箱に投げ入れ、引き出しからハサミを取り出すと俺は色紙をずたずたに切り裂いた。
「宝物」そうあいつは言っていたがそんなの関係ない。
「こんな物を渡すぐらいなら初めからあんなこと言うなよ」
そう言う頃には色紙は元の形なんてわからないくらいズタボロな姿で机の上に散らかっていた。
それをゴミ箱には捨てずに引き出しにしまう。多分この出来事を忘れない為、これを見て今回の出来事を思い出し”あいつを信用するな”と無意識に自分に言い聞かす為だったと今なら思う。
それから三人とは一言も会話をすることもなく夏休みに入る。
別になんてことない夏休みだ。友達と遊んで宿題して寝て食べて過ごす。
あっという間に小学生最後の夏休みが終わり久しぶりに学校へ行くと朝の会で先生が
「皆さんには残念なお知らせがあります。夏休み中の出来事で皆に挨拶出来なかったのが寂しいと言っていましたが、岡本さんは東京へ転校してしまいました」
岡本さん? その言葉に反応してしまいつい彼女の席を見るも、そこに居る筈の彼女の姿は無かった。
クラスの皆は「えー」とか「寂しい」とか言ってるけど俺はもう頭が混乱し過ぎてまともに考えることが出来なかったが流石に気になって、その子と仲が良かった別の女子に「転校のこと知ってた?」と聞くと
「うん。皆には黙っておいてって言われてたから言えなかったけど六月くらいには決まってたらしい」
六月……丁度あいつが俺にあのことを言ってきた時期だ。
成程。そこで漸く俺は納得する。
彼女が転校することを知ったあいつが転校までの短い間でも俺と彼女を恋人の関係にしたかったんだろう。それを彼女に聞いて「転校までの間なら」とかいう答えを貰って俺に彼女と付き合えると言ったんだろう。……全部俺の妄想だ。もしくは彼女の方から「夏休みに転校するから、それまでだったらあいつと付き合ってもいいよ」とか言ったんだろうか。
はは、どっちにしたって俺がピエロなことには代わりないか……
真実はわからない。
けど、俺にとっての真実はこれで十分だ。
もう少し大人になったら「あの時はどうしてあんなこと言ったんだ?」「ハハ、マジか!」とか言ってあいつと笑いあえる未来もあったのだろうか? それこそあの時に「どうして?」と言えていれば、真実を知っていればまた違った未来になっていたかもしれない。
それでも俺は……
これが始まりだったなと丸まっていた状態から更にまるくなり、シーツを握りしめる。
つづく




