氷層大帝
「おいおい、なんだあれ。不死身の化け物になってんのか」
「焼いてもえぐっても駄目なのね」
リュウジとリンカの顔色はすぐれない、理解不能の存在に対しての反応としては至極当然ではあるが。
「ひどいこと言わないでくださいよう。私は【白愛】に身を委ねているだけなんですから」
対するガルシュの顔は穏やかな笑顔であった、しかしそこになにか薄ら寒いものを感じざるをえない。たしかに二度の致命傷を受けているはずなの身体には全くその跡が見られないのだ。
「どうするか……俺のじゃどうしようもないぞたぶん」
リュウジの【羽をください】は良くも悪くも翼でできる以上のことは全くできない。故に物理攻撃で突破できないような相手には太刀打ちできない。
「私のだって奥の手はあるけど……ここで使うためのものじゃないでしょう?」
「じゃあ、やることは決まったな」
「ええ」
リンカの【私は灰でいい】は灰による発火が主な攻撃手段である、たしかに奥の手は存在しているがそれは一度しか使えない文字通りの最終手段であった。
「「逃げる」」
あっさりと逃亡を決めた二人の動きは迅速だった。
窓を羽で破るとリンカを掴んだリュウジが飛びあがる。
「あばよ!!」
しかし、その逃亡は意味のないものだった、窓の外は真っ白で外の景色なんて見えもしない。
「なん……だこれ!?」
「だめですよう、あなた達を逃がしてしまったら黒い点が残ってしまうじゃないですかあ?」
白の侵食が始まっていた、ガルシュを中心として白が空間を埋めていった。
それが攻撃なのか何なのか二人には分からない、それでも白を止めることは自分たちにはできず甘んじて受けるしかないことだけは分かっていた。
「くそっ!!ここまで来たのによお!!」
「いや……いやあ……私たちはまた会いたいだけなのに……!」
涙を浮かべるもそれはガルシュの琴線には響かない、彼女はもう決めていた。
全て白にすると。
「……それじゃあ、真っ白になってからお話をききますね」
残りの空間はあとわずか、空中さえも白く染まっていく。
「さようなら……」
白の終焉は唐突に訪れた。
それは地下からの矛、太陽の顕現だった。
床を溶かし崩しながら太陽が現れたのだ。
『ふははははははははははやるではないか!!!』
太陽神スカラベの見る先にはボロボロになった第一魔王ソロと半分以上の体積を失った第二魔王ヅヴァロがいた
「ほんとに勘弁して欲しいね……ここの主神より強いんじゃないの?」
「こんなに……なくなったのは初めてよ」
目の前の超常の戦いはガルシュ達の精神を空白にたたき込むには十分すぎた。
白の侵食が消え色づき始める。
リュウジとリンカの意識が一瞬早く戻ったのは太陽神をもとから知っていたことと、このタイミングを誰よりも心待ちにしていたからだろう。
二人の視線が交差した。
「分かってる。私は灰かぶり、それでいい、私はそれでいい、だからお願いよ、一瞬の夢を、魔法をかけて」
灰でできたドレスは瞬く間に上等の生地へと姿を変える、しかしそれは一瞬。ガラスの靴も砕けて消えた。
「俺の翼は偽物だ……飛ばしたいのは俺じゃない、俺が飛ばしたいのはただ一人。偽物でも良い、陽に焼かれて落ちても構わない。それでも俺は手を伸ばす」
背にある蝋の翼が大きく強く広げられる、その翼はすぐそばにある太陽によって溶けてしまう。羽だけが大量に宙を舞う。されども羽は飛ぶものだ、翼でなくとも、願いとともに羽は飛びゆく。
「魔法はこのために」
願いを叶える魔法によって二人の眼前に召喚されたのは巨大な氷塊、永久に耐える始祖の氷。
「翼はこのために」
羽が運ぶは太陽への旅路、永久を否定する始まりにして終わりの光。
「「いっっけえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」」
氷塊はまっすぐに撃ち出され、スカラベへと激突した。
『無駄なことよ、我に斯様なことをしてもなんの意味も無い。痛痒の一つも感じぬわ』
「へっ……!そんなことをしたいわけじゃねえんだ」
「ふふっ……私たちの目的は攻撃じゃないのよ」
『そんなことはどうでもよい、魔王どもで身体は動くようになった。貴様らを貫いて此度の顕現は終わりよ』
スカラベは力を使い果たしたリュウジとリンカへ向けて矛を向けた。
『疾く死ぬがよい』
投げられた矛は光の一条となって二人へと飛んでいく。
まもなく約束された滅びが二人を包むというとき、不可解なことが起こった。
矛が止まった、何の前触れも妨害するような現象もなく。
ただ止まった。
まるで凍り付いたように。
「あー、申し訳ないんだが。うちの妹と弟を殺さないでもらいたい、これでもたった三人の家族なんだ。まあそっちが怒ってるのも重々承知してるんだけどな?」
「「お兄ちゃん!!」」
ニブル・ゴラドの始祖【氷層大帝】ことトウドウ・コタロウその人であった。
「ずいぶんとまあ……しっちゃかめっちゃかな状況だなこりゃ」
『貴様……我が矛を止めたな?』
「ああ、すまんが少しだけ時間をくれ」
コタロウはいつの間にかリンカとリュウジの近くへと移動していた。
「凛華、龍二、また会えたな」
「に……にいぢゃん……おれ……おれぇ……にいちゃんがいなくなってから頑張ったんだ……それで……それで……」
「ひっく……ぐすっ……よかったぁ……おにいちゃん……あいたかったぁ……」
「ああ、俺も会いたかった」
三人はキツく抱きしめあった、今までの時間を補うように。
「「うわああああああああああああああああああああああああん!!」」
しばらくすると泣きじゃくる二人を優しい瞳で見つめていたコタロウの雰囲気が変化し始めた。
「それはそれとして……」
「「へ?」」
コタロウの大きな手のひらが二人の頭をがっしりと掴んだ
「え?え?兄ちゃん?」
「あれ?お兄ちゃん?」
コタロウが大きく息を吸い込んだ。
「人様に迷惑をかけるんじゃないって言ったろうがああああああああああ!!!!」
怒号と共に二人の頭からメキメキと音がし始める。
「いたたたたたたたたたたた!!!懐かしいけどすげえ痛い!!」
「きゃああああああああああ!!!久しぶりだけどすごく痛い!!」
「確かにお前ら用の伝言にな、太陽神なら俺を溶かせるって言ったけどな。協力を仰げってことだろうが。なんで敵対して呼び寄せてんだ!!」
「「だってそのほうが「口答えはゆるさあああああああああああん!!!」
やがて二人から力が抜けた。
「……落ちたか、待たせたな」
『良い、たまには臭い芝居とて見てみたいときもある』
「ここで俺が頭を下げたら引き下がってくれたりは……しないよな?」
『それは無理というものだ。神が顕現した以上やるべきをやらずに帰るなどありえん。早くそこをどけ、そこのふたりの首をはねたら帰るとしよう』
「それをさせるとでも?」
『我にできないとでも?』
視線がぶつかる。
しかし予想外の方向から攻撃はやってきた。
「ガあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
飛来した刀がスカラベの鎧を貫通して突き刺さる。
それは瞬時に持ち手へと返っていった。
『がふっ……!なんだ……あれは?』
スカラベが捉えたのは人型に纏わりついた瘴気の塊だった。
『く……はは……ふははははは……あれはすさまじい……日をも喰らうアレを捨て置くくらいならばこちらの小童など些事よ。アレをどうにかしてみよ、それで手打ちにしてやろう』
スカラベは武装を解いて空いた玉座に腰掛けた。
『さあ、始めるが良い』
「よく分からんが、あれを止めれば良いんだな?」
『そうだ、それで今回のことは終わったこととしてやろう。そら魔王どもも手伝うが良い』
「……あれって……」
「うん、一緒にいた勇者」
「……闇落ちした勇者って僕ら側のはずだけどなあ……」
「それじゃあまた太陽神と戦う?」
「それは勘弁。じゃあやるしかないか、僕たちのせいだし。おーい冬堂くん、加勢するよ!!」
懐かしい姿にコタロウは目をむく。
「お前まだ生きてんのか?」
「おかげさまでね」
「まあいいや、それじゃあやるとしますか」
「ガぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
大量の瘴気とともにまっすぐに突進してくる鬼の口は言葉でなく叫びしか発さない。
それでも口は言葉を語ろうとする。
「ふむ……「かえせ」「どこ?」「だんなさま」「ゆるさない」ってところかな?」
「なにがだ?」
「あの鬼が言ってること」
「分かるのか?」
「なんとなくね。それよりもアレの動きを止めてくれたら面白いことができるんだけど?」
「どうせお前の言うことだ。さして信用はしてねえが……上手くやれよ」
コタロウの手がなにかを掴んだ。




