ガルシュと白
私は永久凍土のニブル・ゴラドに生を受けた。
幼かったころの思い出でも拝氷教の洗礼を受けた日は忘れられない、当時の氷皇は【雪崩】と呼ばれるほどの暴君だった。
洗礼は通常聖別した氷を頭の上で司祭様が砕いて振りかけるものであった、しかし氷皇の眼鏡にかなってしまった数人は特別に氷皇の自室へと呼び出されるのだ。
幸い私は呼ばれることはなかったけれど隣の家の子が呼び出された、彼女は幼いながらに美しく白銀の髪と煌めく瞳が印象的だった。
そして一週間ほどして帰ってきたのは彼女の髪の一房のみ。
泣き崩れる大人を見たのも、悪意がどういうものかを知ったのもこのときだったように思う。
「あ……そっか……」
同時に私は黒というイメージをそれらの行動にもった。それは拝氷教に置ける聖色の白と透明の対局にある悪色である。
どうして黒が悪なのかをなんとなく理解した気がした。
そして黒をなくさなければいけないと、白く清く幸せな世界にしなければいけないと思った。
「お母さん、お父さん……お願いがあります」
その日のうちに私は拝氷教の幹部になるための養成カリキュラムに参加したいと言った、両親は当然反対した。せめて今の氷皇が退位してからじゃダメなのかと。両親は拝氷教の黄金時代を知っていた、だから今の氷皇で無くなればもっと良い環境になると。
「今じゃなきゃだめ……真っ黒な今を白くしたいの」
両親を説得するのには時間がかかった、たぶんあのままだったら絶対に首を縦に振ることはなかっただろう。
私は夢の中で純白の天使と会った。
『我が名はアガヴェル、白き愛を与える者。子よ汝は全てを包む愛を望むか?』
「むずかしくてなにを言ってるか分からないです」
当時は学もろくに無かったから仕方ない。
『……ふむ……それでは汝がこの意味を理解し、再び望んだときにもう一度まみえよう』
「……?」
起きたとき、私の全ては白に染まっていた。
髪も肌も目も白、ここの人間の体色が薄いことを差し引いても異常な白さ。白色個体ではない、血液が透けて赤くなることもない。なぜなら血も白だから。
両親は私が神に愛された子であると思い、きっと救世主のようになる定めなのだと言って涙ながらに私を送り出した。
結果としては
「……君、平凡なんだね」
教官から言われたこの一言が全てである。
悲しいかな、私は見た目で目立つほどの成績を収めることができなかった。志と資格はあったのかもしれないが絶対的に能力が足りなかった。
地道に地道に積み重ねてようやく幹部の末席になったときに私は知った。【雪崩】はもう長くないらしい。
「これで……白くできる……」
好機だと思った、【雪崩】が死んだときには少なからずの混乱があるだろう。それに乗じて内部の洗浄を行える。
だが、それは私の無想に終わった。
「君が次の氷皇だ」
根回しを始めた段階で【雪崩】の側近の者にそう告げられた、背筋が凍ったようだった。
「どうして……私が……?」
回らない頭でなんとか絞り出した言葉には確認以上の意味は無かった。
「君が相応しいからだよ。君の能力は凡夫だがその容姿は有用だ」
つまりは私は何かする前に既に詰んだ状態に置かれたということだ、私に告げたということはその道筋は既に整ったということだろう。
外堀はもう埋められたと見ていい。
「引き受けてくれるだろう?断ってもいいがそのときは……」
ちらりと見せられたのは知り合いと家族の名前と居場所の書かれた紙だった。
断ったら皆殺し、そういう脅しだ。
「喜んで引き受けさせていただきますよう。私が氷皇だなんてまるで夢みたいです」
「おお!!ありがとう、追って連絡はするよ次期氷皇様」
その笑顔は真っ黒だった。
「私が第四代氷皇、ガルシュ・エホフである。我が民に氷の加護のあらんことを」
予定通りに【雪崩】が死に、私が氷皇になった。
特に言うべきことはない、筋書き通りに事が運んだだけだ。
私はもう何もできない、氷皇としての権力など無いに等しく、抵抗しようものなら人質が死ぬだろう。
それは許容できない、もしかするとそういうところを切り捨てれば私は歴史に名をのこす人物になれるのかもしれないけれど。
ただひとつ僥倖だったのは、私の行動自体は制限されなかったことだ。
何一つ関われない代わりに特に縛り付けることもない、ただし少しでも反抗を見せたら殺す。
そんな状況だった。
それでも。
それでも。
それでも。
私は白くしたかった。たとえ涙が止まらないとしても。
「そんなことを言わないでくださいよう……みんなが可哀想ですよう」
「なにをおっしゃりますか氷皇様、これは皆のためなのですよ。分かってくださいますな?」
わざと公衆の面前で理不尽を行い、止められない私を見せつける。
少しずつ氷皇から司祭達へと人心を動かすつもりだろうか。
私は無力だ。
「あのう……配給を行いたいんですが」
「良いですよ、氷皇様がご自身でなさるのですよね?」
食料の配給は定期的に行う国の事業だ、もちろん一人で行うような規模ではない。
「大変業務が混み合っていまして、手を回すことができないのです。誠に申し訳ありません」
真っ黒な笑顔。
「分かりました、私が一人でやります」
この配給がなければ飢える層が確実にいる、それを分かった上で言っているのだ。
そして、一人で膨大な量の調理を行う私の不手際をこいつらは笑うのだ。
私は無力だ。
「あの……拝氷祭の準備は……?」
「ああ忘れていました、氷皇様お願いします」
「え?もしかしてまだ何も……?」
「申し訳ありません氷皇様……なにぶん歳のせいで忘れやすくて……」
醜悪で黒い笑顔
「ですので氷皇様がなさってください」
「私が……一人でですか……?」
「ええ、なにかご不満でも?」
そしてちらつく紙。
「いえ……分かりました」
やるだけのことはやった、どうにか形にするだけのことは。
「氷皇様……何をなさっているんですか。そんな粗末なものでは祭りに相応しくありませんな」
こいつらは全ての準備を滞りなく終えていた、私のしたことは全て無駄だった。
ああ、笑っている。真っ黒な笑顔がたくさんだ。
「では後は氷皇様にお任せしますよ。あ、そこのゴミはご自分で片付けてください」
そしてその後の雑務は全て私に押しつけるのだ。
私は無力だ。
私は何も変えることができない、私にはみんなを助けることができない。
こんな氷皇をみんなは認めてくれないだろう。こんな氷カスのような氷皇なんて。
逃げたい、嫌だ、こんなのは……もう、誰か助けてほしい。
まあ……そんなことを言うわけにはいかないのだけれど。
「これは……?」
それは私にとっては良いことであったと同時に悪いことでもあった。
目の前には私を蔑んだ者の死屍累々、そして二人の少年少女。
「なにが……おこっているんですか」
一人はひどく歪な翼を背にしていた、それは色とりどりの羽を無理矢理くっつけたようなもの。
もう一人は灰のようなドレスを身に纏っていた。
「へえ……こいつが氷皇か。どうする?」
「……見せしめにする」
「それでいくか」
このままでは確実に殺される。
「や、やめてくださいい!!?ころさないでぇえええええええ!!!」
どこまでも哀れにどこまでも無害な弱者の振るまい。
とは言うものの半分以上素だ。
「……やりづらい」
「……うん」
二人は相談を始めた、もしかするとどうにかなるかもしれない。
「お前、自分で首から負けましたって書いた札を下げて街を歩け」
「それで拝氷教が地に落ちたってことを宣伝して回って」
思ったよりこの二人は甘い。
「わ、わかりましたああああああ!!」
一目散に逃げ出す、そして言われたとおり札を首から提げて街を歩いた。
それで命が助かるなら安いものだ。
私は死ぬわけにはいかない、まだ白くできていないのだから。
だけどどうすれば良いのかは全く分からない、どうすればいいのだろう。
「あわわわわ……どうしましょう……お城はとられちゃいましたし……行く当てもないですよう……私はお飾りですから信者のみんなは話を聞いてくれないでしょうし……困りましたあ……」
笑われるのは全くかまわない、無様なのは自覚している。
ああ、でも今の姿が自分にはお似合いかも知れない。
しかし、その考えはその後の出来事で微塵に打ち砕かれた。
私には味方がいた、とてもついてきてくれない思っていたみんなが私にはいた。
その日の夜に私は夢を見た。
純白の天使は子供の頃に見たときよりも美しく見えた。
『我が名はアガヴェル、汝は白き愛を望むか?』
「白き愛はみんなを幸せにできますか」
『汝しだいだ……白きは汝の心を映す」
「私は……白くなれますか」
『保証しよう。汝は白き者となる』
「それじゃあ……私は白き愛を望みます」
『了解した、これより汝は【白愛】の使徒となる』
目が覚めたとき、全てが白くなっていた。
私は【白愛】を理解した。
「みんな……私はニブル・ゴラドを奪還します。みんなを白く正しく幸せにします」
私はどうしても付いていきたいという志願兵を連れて城へと向かった。
大丈夫だ、私は無力ではない。私は負けない。
白く、白く、みんなが幸せになるまでは。




