鬼の恩返し(了)
裁定者達が勇者に手こずるなかで精霊の二柱は観察を続けていた。
「勇者やってるだけはあるにゃ……それでも介入したら一瞬で終わると思うにゃが……クリアはどうするにゃ?ぶっちゃけ一発殴ったら終わりでいいと思ってるにゃ。はらわたはグラグラと煮えたぎっていても契約者が望まない戦いは早めに終わらせる方がいいにゃ」
そう言った口は牙がむき出しで手は爪が限界まで伸ばされた状態である。加えて周りのものがプラズマによって焼失し始めていた。
「ええ……私たち精霊が世界に影響を及ぼす個人に対して自ら危害を加えるのはダメよ。そうね一発殴って終わりというのはいい落としどころかもしれない。本当なら光に変えてやってもいいんだけどね」
やはりこちらも理性的な口調とは逆に爪が食い込むほど握りこんだ拳と奥歯をかみ砕きそうなほど食いしばった口元である。
「「その一発で死んだらごめんなさい(にゃ)」」
にこやかな二柱の右手に込められた力は生かす気などないほどの殺意と怒りがマシマシである。本当に生かす気があるのかは精霊のみぞ知る。
「なんじゃ……とてつもない悪寒がする……!」
それをいち早く察知したスモモは躊躇している暇がないことを本能的に理解した。
「こんな時でもないと使わんと言っても……ぶっつけでやるものではないのじゃが……」
懐から取り出したのは今までの戦いでは使う事がなかった丸薬。親からもらった謎の薬である。その表面には謎の言葉「きび」と書いてある。
スモモは「きび」なんなのかを知らないためにそれを使うのをためらっていた。持って行けと言われて肌身離さず持っていたものであるがついぞ使わないままここまできた。しかし今こそがその時であるのかもしれない。
なんでも力を解放してくれる薬とのことだが……そんな都合のいいものがあるのか、そんな疑問は精霊の殺意によって霧散した。なんでもやらなければならないことを瞬時に悟ったのだ。
「なむさんっ……むぐっ……ごくん……」
親から教わった魔除けの呪文を唱えながらその丸薬を飲み込む。
次の瞬間にはスモモが出し続けていた影達が全て消え去っていた、つまり今は本当に7対1の状態となった。
「観念したの?じゃあ燃やす」
「溺死か溶け出すか好きな方をえらびなさい」
「……土に……かえって……」
「ふっとべー!!」
「異空間旅行か、永遠の幽閉か、それともこの場でのねじまげてもいいわ」
「一発だけ殴るわ。それで私は満足してあげる」
「フシャー!!」
覚悟を決めたと判断した裁定者と精霊はそれぞれが攻撃を放った。
最初にスモモに届いたのはレンの風の鎚であった。
「つぶれちゃえ!!」
「あ……ああ……」
スモモの目の焦点は合わず、口の端からよだれがこぼれかけている。先ほどまでの芯の入った立ち姿とは似ても似つかない無様さである。
まるで夢を見ている廃人のようなそんな風体であった。
「え?」
風は確かにスモモに当たっていた、しかしスモモはその場から一歩も動いていない。
ダメージがあるようにもとても見えない。
「この距離で外すなんて……鈍りすぎよ」
次にスモモに到達したのはワツミの渦であった。全てを溶かし込む水がスモモに殺到する。
しかし手応えは皆無。確かに当たっているはずなのに。
「なんなの……?」
「……どうしたのみんな……私がもらうね?」
巨大な岩石がスモモを圧殺すべく落ちた、質量によるもっとも単純で凶悪な一撃である。
確かにスモモは身動き一つせずにつぶされた、しかし目の前には全く無傷のスモモがいる。
「……どういうこと?」
「避けているのなら避けられない攻撃をすればいい」
ポウはスモモのいる一帯を焔の檻によって包みこんだ。
「これならどうしても避けられない」
「いや、それは無意味だわ」
パンドラが指さすとそこには焔の中でなんの影響も受けていないスモモがそこにいた。
「あれは多分この世界にいるけどいない曖昧な状態よ、あそこの空間だけうまく把握できない」
「じゃあどうすればアレを焼けるの?」
「こっちがそれに合わせればいいの、こんな風にね」
パンドラが歪んだ空間内に腕を突っ込んだ、すると初めてスモモに動きがあった
「ああ……うああ……!!」
明らかに嫌がるような素振りである。子供が駄々をこねるように首を左右に振っている
「ここをこうすれば……あれ……感覚が……?」
ぼとり
何かが落ちた音がした。
「嘘……でしょ……私は何もされてない……はずなのに……」
驚愕に目を開いたパンドラの腕はスモモの前に落ちていた、しかし血は出ていない。
「なに……これ……治ってる?」
それだけ言うとパンドラは崩れ落ちた、消耗しきった顔で伏すパンドラはもう動くことができないようだった。
それを見たクリアは何かを察した様子で眉をひそめた。
「何をされたかは今のでだいたい分かったけれど……アレを一発殴るのは骨が折れるわね」
「あああ……ああああああああああああああ!!!!!」
スモモが焦点の合わない瞳で裁定者を見る、その顔に表情はなく、ただぼうっとしているようにしか見えない。
「ひ……ひひひ……いひひひひひひひひひひひひひ……」
笑った、醜悪に、嘲るように、侮るように、冒涜するように、スモモは笑った。
悪意そのものを込めたような笑顔はおよそ人がしていいものではない。なにか良くないものが呼び起こされた。それが裁定者と精霊の見解だった。
しかし時既に遅し。
真の鬼はもう目覚めてしまった。
スモモはピタリと笑うの止めた
「わたあぁしはぁ…………」
紡ぐ言葉は不明瞭、まるで聞こえたことがない者が無理やり喋るよう。
スモモは前に一歩踏み出した、それだけで彼我の距離は無に帰す。正確にはあまりにも滑らかで理解不能な足運びで一歩のように錯覚させたのだ。
「っ!?」
レンが反応するよりも先に視線を動かすような気軽さで村正の切っ先がレンを貫いた。言葉もなくレンが崩れおちる。あまりにも自然すぎて認識が追いつかないほどの刺突である。
「そんなものっ!!」
「刃は効かない」
「……これで無意味になる……」
裁定者は自らをそれぞれの属性に変化させた、物理攻撃を無効化するための策である。
それを意にも介さずスモモは歩む、動きの起こりも終わりもまるで分からない不可解な動きである。
そしてそのままいつの間にか刀が振られていた。
倒れる三人、いずれも体の変化は戻っており身動きがとれないほどに消耗していた。
「そんな……なにがおこって……」
「ありえない……わ」
「……わけが分からない……」
スモモはそのまま精霊達の方へ進んでいく。
「あなた……そこまでの……いいわ、一発よ」
クリアの拳が光を帯びていく、聖性による殴打は対象の不浄を滅する必滅の力。
鈍い音が響いた
クリアの拳は確かにスモモの顔面を捉えていた。
それと同時にスモモの刀は振り終わっていた。
「やっぱりか……純粋ね……とても……」
スモモにダメージはない、スモモは不浄などではない。鬼は不浄などではない。
しかし体勢はわずかに崩れた、動きが止まる。
「シャー!!」
爪がスモモの体をえぐった、本来ならば命に届くような深さまで。
しかしそれは瞬く間に消えた。
「これでチャラにゃ……ぐふ……」
スモモの刀はしっかりと振り抜かれていた。
裁定者と精霊の力が削がれたことにより聖者は解放された、地面の上に横たわる聖者にスモモはよろよろと近づいていく。
「わたぁしの……まな……は……なぁに……わたぁしはぁ……だれぇ……」
ぼんやりとした目から涙を流しながらスモモはつぶやく。
失われた自分の名前などこの世にもうありはしない、そんなことをまとまらない思考の中でなんとなく思っていた。
聖者を見たときにその脳裏にある記憶が鮮明に蘇った。
それは名前、自分の名前、失った、捨ててしまった、自分という楔、それが今戻ってくる。
「そうか……私はスモモ……この人が思い出させてくれた……私の名前」
スモモは体の動くままに聖者を膝枕した。




