12.私を心配してくれる人
夜―
(ん…)
眠れない。胸がドキドキして、目を閉じても眠気がこない。
…
『私もアンタのこと、亮太って呼ぶから。』
…
秋絵の台詞を思い出すだけでドキドキが止まらなくなる。
(柴原の彼氏役、か。)
仕方なく引き受けたはずなのに、内心は喜んでいる自分がいた。
(しかし、彼氏役って言われても…)
これから何をするんだろう。
亮太の頭に、カップルがデートするイメージが思い浮かんだ。男子役に自分を当てはめ、女子役に秋絵を…。
…
『りょーた?いっしょに映画見にいこ?』
『ああ、いいよ。』
『りょーた、疲れちゃった。』
『ちょっと、休んでくか。』
『りょーた…、好き…』
『ああ、俺も好きだ…』
…
“ドキドキドキドキ”
(ななな、何考えてんだ俺!あ、あくまで形だけだ形だけ!)
途方もない自分の想像に恥ずかしくなり、勝手に真っ赤になる亮太。
(あ、あんな自己中でツンツンしてる柴原なんか好きじゃねーし…)
ムキになって感情を否定しようとするが、
(…。)
どうもモヤモヤして仕方がない。
(変な想像したからか。)
つい数分前の自分を恨む亮太。
“キーンコーンカーンコーン…”
数日経ったある日に、帰宅の準備をしていた亮太。
「秋月、ちょっと。」
「あ、はい。」
担任に呼ばれた。
(俺、何かしたかな?)
少々怯えながら担任の前に立つ。
「これ、届けてくれないか?たしか近所だったろう?」
と言われ、袋を手渡された。
「あー、わかりました。」
袋に書いてあった字を見てわかった。今日休んだ秋絵へ渡すプリント類だ。
鞄に袋を仕舞いこむと、学校を後にする亮太。
(一雨きそうだな。)
この季節には珍しく、どんよりとした雲が空を覆っていた。朝に天気予報を見てくるのを忘れてたな。
“カン…カン…カン…”
「ここだったな。」
自宅裏のアパート、階段を上がってすぐの部屋。傾いた“柴原”のプレートが出ていた。
“カチ”
呼び鈴を押す。
(風邪って言ってたから、出られないかな。)
しばらく待ってみたが、返事はない。
“カチ”
もう一度押す。やはり返事はなかった。
(寝てるみたいだし、すぐ中において置けばいいか。)
外に置くのもナンだしと、ドアノブを回して室内を覗き込んだ。
“ガチャ”
「…。」
「え…。」
鍵のかかっていない扉、その向こうには着替え中の秋絵。
「あ…。」
「え…。」
下着姿の秋絵と目が合った。
「きっ、」
「あのっ…。」
「キャアーーーーーー!!!」
マズいと感じた時には既に遅かった。
「この変態!なに覗いてるのよっ、バカッ!」
「ちょっ!ごめ…!」
“ガンッ!”
「痛てっ!わっわっ、落ち着けって!」
「うるさいっ!この覗き魔っ!」
数分後、落ち着いた秋絵を前に、
「これ、届けに来たから。」
ようやくプリントの入った袋を差し出した。
「あのねぇ、一体どういう神経してるのよ?女の子の部屋に勝手に入ってくるなんて。」
「ちゃんと呼び鈴は鳴らしたぞ?返事がないから寝てると思ったんだ。」
「汗かいちゃったから着替えてたのよ。それに、呼び鈴は壊れてるんだから。それくらい察しなさいよ。」
呼び鈴が壊れているのを、どう察しろと…
「で、体調は大丈夫なのか?」
「なんでアンタが気にするのよ?」
「そりゃあ、…一応、学校休んだわけだし。」
素直に気になると言えず、目線を落とす亮太。
「朝よりはだいぶマシになったわ。こうして会話できるんだから、感謝しなさい。」
「なんで感謝しなきゃなんないんだよ…」
さて、そろそろ帰るか…。そう腰を上げた時だった。
“ザァーッ!”
急に強くなる雨。天井から、雨が屋根に叩きつけられる音が低くこだまする。
「雨、強くなったわね。」
「ああ…。」
沈黙が下りた。しばらく雨の音だけが聞こえた。
「…いいわよ、いても。」
「え?」
「雨ヒドイし、収まるまでここに居ていいから。」
「…そうか。」
そう言うと、布団にもぐりこむ秋絵。
“ドクン…ドクン…”
“ドッドッドッドッ…”
お互い、心臓が高鳴っていた。学校以外の場所で、こんな近くにいるのは初めてだ。
「な、なあ柴原。」
「…名前で、呼ぶ約束でしょ。」
「そうだったな…、秋絵。」
「…なに?」
「秋絵って…恋…したことあるのか?」
「い、いきなり何を言い出すのよ…」
「いや、今の学校じゃない所で…好きな人とか…いるのかなって。」
「…。」
亮太は、もう自分が何を言っているのか理解できなかった。
(何でこんな会話してるんだよ俺…)
「い、いるわけないじゃない…」
「そ、そうか…」
「…。」
「…。」
「…アンタは?」
「俺か?」
「い、居るわけないわよね。」
「うるさいな。…いるわけ、ないだろ。」
「そう…」
雨の音が部屋を包み込んでいた。
「ん…」
眩しい電灯。気づかない間に寝てしまったらしい。
「今…何時?」
もう8時ね。何か食べようかな。
「あっ…。」
起き上がった机の上には、小さな鍋とメモが置いてあった。
“卵スープを作っておきました 亮太”
(何よ…カッコつけちゃって…)
本心は嬉しかった。私を心配してくれる人がいるんだ、と。
まだ温かみの残る卵スープを口へと運んだ。




