11.彼氏ってことで
“キーンコーンカーンコーン…”
昼休み、亮太はせっせとシャープペンを走らせていた。
(ったく、こんなことなら昨日は行かなきゃよかったな。)
理科の宿題、実験の結果と感想の提出をすっかり忘れていた。5時間目が理科だから、まさに締め切り直前といったところだ。
“トン”
机の上に、何かが置かれた。ふっと顔を上げる。
「昨日の懐中電灯よ。返しておくわ。」
「あ、ああ。」
秋絵は懐中電灯を置くと、自分の席へと戻った。
(あと一つね…)
教室の窓から外を見渡した。秋晴れの空がどこまでも続いている。
「ねえねえ、柴原さんの彼氏ってさ…あれ?」
「?」
唐突に後から声をかけられた。
「ほらほら、秋月って男子。」
「えっ!?」
理科のノートを目の前に格闘している亮太を指し、ニヤッと笑うクラスの女子。
「な、なんでそう思うのよ…」
「だって、最近よく話してるじゃん。帰る方向も一緒だっていうし。」
「それは学校絡みのことで…。帰る方向だって、たまたま一緒ってだけだもの。」
「そうなの?昼休みに体育館で話してるのを、後輩が見たって言ってるし。」
しまった…。自分の知恵の浅さを後悔する秋絵。
「でも、この前さ波多野君が振られたって言ってたよねー。」
「やっぱり彼氏いるでしょー。あ、もしかしてキープしてる?」
カァーと赤くなった。
“ガタッ!”
「ごっごめん!ちょっとトイレ!」
「こらー、彼氏が誰なのか教えなさーい!」
返答に困り、教室を飛び出す秋絵。
「ちょっと、アンタも来なさい!」
“グイッ”
「えっ、ちょっおい!」
ついでに亮太を拉致し、廊下を走りぬけた。
“カチャ”
「ここなら、誰も来ないわね。アンタだって、こんなとこ見られたくないでしょ。」
「あのなぁ…」
「何よ?なにか文句でもある?」
「当たり前だろ!ここがどこだと思ってるんだ!」
今二人がいるのは、なんと女子トイレの一室。
「女子のお前はまだしも、俺は見つかったら即アウトだっつーの!」
「静かにしなさいよ。体育館でダメだと、もうここくらいしかないんだから。」
「体育館でいいじゃねーか。こんなとこ見つかるくらいなら、最初から見られてもいいよ。」
「うるさい!黙って私の話を聞きなさい。」
はぁ…これは何言っても無駄なパターンか…。
「で、話ってなんだよ。」
見つかったらオワリだと覚悟を決め、話を聞く亮太。
「クラスの女子に疑われてるのよ。」
「何を?」
「最近、アンタと話してるでしょ?」
「そうだな。」
「それで、デキてるんじゃないかって。」
「何が出来てるんだよ。」
「だから、体育館で話しているとことか、一緒に帰ってるところを見られたわけ。」
「だから、何が出来てるんだよ。」
“ゴン!”
「痛って~…。何で殴るんだよ。」
「遠まわしに言ってるんだから察しなさいよ!」
頭をさする亮太。
「私とアンタが付き合ってるんじゃないかって思われてるの!…そんなこともわからないの?」
「なんだそういうことかよ…。」
「いい?アンタにとってはどうでもよくても、私にとっては大事なことなんだからね!」
乙女の気持ちを察しなさいよ、腕を組む秋絵。
(そんなの無理に決まってんだろ…)
「で、ここからが本番よ。よっく聞きなさい。」
「はいはい。」
じっと亮太の目を見る秋絵。
「単刀直入に言うわ。アンタ、私と付き合ってることにしなさい。」
「…。」
「いいわね?」
「…はぁ?」
予想外の発言に、ポカンとする亮太。
「私が付き合ってると知ったら、他の男子は諦めるでしょう?」
「俺は囮かよ…」
「アンタも彼女いますって言えるじゃない。しかもそれが私だって知れたら…、男子は驚きそうね~。」
「…。」
嫌な記憶が思い浮かんだ。秋絵と一緒にいただけで、殴られ蹴られしたあの時…。
「どうしたのよ?怖い顔しちゃって。」
「俺はパスだ。…平和に学校生活を送りたいんだ。」
「そんなの、…!」
秋絵も、あの時のことを思い出したらしい。うつむいた秋絵、会話が止まる。
「…あの時は、ちょっと悪かったと思ってるわ。」
「なんだよ、いきなり…。」
「アンタに迷惑かけるつもりじゃなかったんだけど、結果的にそうなってしまった。」
「もういいよ、過ぎたことだろ。」
「…。」
顔を上げる秋絵。
「私から告白したってことでいいわ。何かあったら、私が何とかする。だから…」
「わかったよ。」
ふぅっと息を吐いた。
「俺からしたってことでいいよ。…いつまでも逃げてばかりは嫌だもんな。覚悟は決める。」
「そう。アンタも成長したわね。」
ふっと笑みを交わす二人。
「特別な行動は取らなくていいわ。一つだけやって欲しいことはあるけど。」
「なに?」
「…下の名前で、呼び合うこと。いい?」
下の名前…
「…秋絵?」
「そう、それでいいわ。私もアンタのこと、亮太って呼ぶから。」
急に心臓のドキドキし始める。初めて下の名前で呼んだ瞬間だった。
「後は話を上手く合わせてね。…あっと、そうだ。」
ポケットからケータイを取り出し、開く秋絵。
「電話番号とアドレスを渡しておくわ。案内人の手伝いの時も楽だし。」
「俺も教えるよ。」
“ブルルッ”
マナーモードになっているケータイが震えた。
「…よし、誰もいないわね。出るわよ。」
サッと女子トイレを脱出する二人。
「じゃあ私は先に行くから。」
「できるだけ引っ張ってくれよ。広めては欲しくない。」
「わかってるわよ。アンタと違って、ちゃんと学習能力あるんだから。」
髪をなびかせ、去っていく秋絵。
(秋絵…か。)
亮太のケータイに始めて入った女子の名前、“柴原 秋絵”の文字。




